第二十七話 必要な技能


「もう! お兄さんと会ってたならアタシに言いなさいよね! アンタの兄にふさわしいか、しっかりと見極めてやったのに!」


 プンスカと怒りながら僕の周りを飛び回るのは、寝起き状態から復活したティータ。


 ただ、その声が周りを驚かせる、なんてことはない。

 精霊というのは契約すると基本契約者以外には見えなくなり、声も聞こえなくなるようなので、僕以外には見えないし聞こえないのだ。


「ごめんごめん。でも、兄さんはすごい人だからね。そんな心配は要らないよ」


 何しろエレメンタルマスターだからね。

 ……まあ、どういう意味かは分からないんだけど。


 そんな風に飛び回るティータと話しながら校舎を歩いていると、


「あ、『1―A』って書いてあるわよ。ここじゃないの?」


 目的地には、あっという間に着いてしまった。


 よくある横開きの教室の扉の上には、「1―A」と書かれた札が貼りつけられている。

 世界観は完全にファンタジーなのに、学校の要所要所に日本が感じられるのはいまだにちょっと違和感だ。


(でもまあ、〈フォースランドストーリー〉もそんな感じだったしな)


 あまりなじみのない教室を投げつけられても困るし、ゲームスタンダードなのかもしれない。

 それよりも、心の準備が出来ていない方が問題だ。


(近いのは、いいことなんだけど)


 寮から学園までは目と鼻の先で、Aクラスの教室は学年の中で一番手前に位置している。

 登校が楽なのはありがたいが、今日に限ってはちょっと困りものだ。


(……ここが、正真正銘原作の舞台か)


 そう思うと、なんだかちょっと緊張してしまう。

 でも、こんなことで臆してはいられない。



 ――なんたって僕はこのゲームの主人公、原作絶対守護るマンなのだから!



 そう自分を鼓舞して、意を決して扉を開けようとした瞬間に、期せずして内側から扉が開く。


「あ」

「あ」


 中から出ようとした人と目が合って、思わずお互いに驚いた。


 そこにいたのは、因縁の鎧少女。

 確かセシリアという名前の彼女が、呆けた顔で僕を見ていたのだ。


「お、お前!」


 しかし、そんな驚きも一瞬、彼女は立ち直るなり、僕をすごい目つきでにらみつけてくる。

 そして、僕に向かって指を突きつけると、



「――アルマ・レオハルト! お前がAクラスなんて、絶対に認めない!」



 と、なんだかイベントっぽい言い回しで僕に向かってそんな宣言をしてきたのだ。


(お、おお? この子も「ファイブスター」らしいし、やっぱりネームドキャラかな)


 そう思って彼女を眺めると、いかにもギャルゲに出てきそうな赤いショートカットの髪に、小柄で細身だけれど凛とした雰囲気。


 鎧はキャラ付け的にちょっと過剰な気はするけれども、なくても十二分に可愛い。

 あと声も……ちょっと声優とかは分からないが、アニメなんかでよく聞いている声な気がしてきた。


(しまったなぁ。こんなことなら日本にいた時に声優についてもうちょっと調べておけばよかった)


 芸は身を助けるとは言うけれど、まさかダメな方向の絶対音感がこの世界を生き抜くカギになるなんて流石にちょっと予想出来なかった。


 なんて、考え込んでいたのがよくなかった。


「……お前は、ここまで言われて言い返すことも出来ないのか?」


 何も言わずに黙り込んでいる僕に、セシリアの表情がさらに険しくなる。


 まさかセシリアも、僕が日本の声優業界に思いをはせていたとは想像出来ていないだろうけど、話したらもっと機嫌が悪くなりそうだ。


(こ、困ったな。選択肢さえ出ればなんとかなるんだけど)


 なんてないものねだりをしてしまうほど、僕の対人コミュニケーション能力は低いし、原作がどういう方向性の作品なのか分からないから、主人公が言いそうな台詞も思いつかない。


 とはいえ、これ以上黙っていても状況は好転しないようなので、とりあえず適当に話し出すことにした。


「ええと……セシリア・レッドハート、さん?」


 だけど、ただ名前を呼んだだけなのに、彼女の顔がみるみるうちに真っ赤になって、



「――ボクの名前は、〈セイリア・レッドハウト〉だ!!」



 叫ぶなり、バンと音を立てて扉が閉められた。


 やっちまった、と思っても、もう遅い。

 まるで彼女の心の扉のように固く閉ざされたドアを前に、



「……ボクっ娘だったのかぁ」



 僕は呆然とそうつぶやき、ティータが「ねー、遅れるわよー」と僕の肩をツンツンするまで、教室の前で固まっていたのだった。


―――――――――――――――――――――

前途多難!(いつも)

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