第三部

第二十六話 エレメンタルマスター


 いよいよ初登校。

 寝ぼけ眼のティータを連れて寮の入口にやってくると、なぜだかその一角に、妙な人込みが出来ているのが見えた。


「あれ? そこにいるのって……」


 僕が思わず声をあげると、人込みの中心にいた金髪の美丈夫が振り返る。


「ああ、よかった。入れ違いになったかと思ったよ」

「兄さん!!」


 一目見ただけですさまじくモテるだろうことが容易に想像出来る甘いマスクと、実年齢よりも落ち着きのあるこの態度。

 そして何よりも、聞いただけで耳を痺れさせるほどの石影 明ボイスを間違えるはずがない。


 寮の入口に立っていたのは、二年前に僕より一足先に学園に向かった、レイヴァン兄さんだった。


「兄さん、どうしてここに?」


 僕が駆け寄って尋ねると、人込みから脱出した兄さんは、苦笑を浮かべて答えた。


「なんで、って。アルマを待っていたに決まっているだろう?」

「僕を……?」


 きょとんとした顔をしていると、兄さんはまったくとばかりにため息をついた。


「流石に、一年も離れていた家族に声もかけないほど僕は薄情じゃないよ。誰かさんと違って、ね」

「あ、あははは……」


 言外に兄さんのことを忘れていたことを責められて、僕は言葉に窮した。


「本当は、昨日のうちに会いに行こうかとも考えたんだけど、アルマも昨日は『色々と』あったみたいだから、ね」


 こう見えて気を使ったんだよ、なんて追撃のような言葉をかけられてしまえば、僕は愛想笑いでお茶を濁すほかなかった。


 兄さんはそんな僕の様子にまた苦笑を浮かべたあと、



「なんにせよ、入学おめでとう。アルマと一緒に学園に通う夢が叶って、僕も嬉しいよ」



 今度は屈託ない笑みで、僕の入学を祝福してくれた。


「う、うん。ありがとう、兄さん」


 兄さんにここまで素直に祝われると、流石の僕も照れくさくなってしまう。


(こんなの女の子なら絶対落ちちゃうって!)


 これがすごいのは、兄さんがその場だけのリップサービスでこんなことを言っていないということ。

 何しろ九年前から言ってきたことだ、言葉の重みが違う。


「そういえば、上級の精霊と契約出来たんだって?」

「う、うん。まあ、あくまでも上級だから、兄さんのニクスほどじゃないけど」


 兄さんが契約しているのは上級よりさらに上。

 大精霊だの神霊だのが伝説の存在だから、実質的な最上位の精霊になる火の超級精霊〈フェニックス〉。


 ニクスという名前をつけて、可愛がっていると聞いた。

 しかし、兄さんは嫌味ない態度で首を振った。


「そんなことはないよ。アルマは魔法はすごいのに、位階はまだそこまで高くなさそうだったからね。それで上級精霊と契約出来るなんて、流石だと思うよ」

「あ、ありがとう、兄さん」


 僕はうなずいたが、今度は素直には喜べなかった。


(兄さんも、僕のステータスが低いの気付いてたんじゃないか!)


 だったら言ってくれればいいのに、と思ったが、兄さんは昔から僕に甘いというか、僕を何かと過大評価する癖があった。

 あるいは僕が分かっていてレベルを上げてないと勘違いでもしていたのかもしれない。


 場合によっては「謀ったな、兄さん! 僕の気持ちを裏切ったんだ!」と包丁片手に部屋に押し入る必要があるかと思っていたから、まあこれはよしとしとこう。


「でも、まさか風の〈シルフ〉とはね。触媒には〈炎竜の牙〉を使ったんだろう?」

「え? あ、ううん。途中で気が変わって羽根の方に切り替えたんだよ」


 僕が答えると、兄さんはぎょっと目を丸くした。


「羽根って……妖精の羽根!? もしかして、おじいさんの道具屋の隅でしなびてた、アレ?」

「しなび……まあ、そう、かな?」


 でも、しなびてたってほどしなびては……。

 いや、ちょっと元気はなかったけどさ。


 そんな弁解を口の中でもごもごとするが、兄さんはそれどころではなかったらしい。

 疲れたように額を押さえると、


「……あいかわらずだね、アルマは。いいかい? そのことは、誰にも話しちゃいけないよ」


 とわざわざ声を潜めて忠告してきた。

 別にそこまで小声で話さなくても誰も聞いてないのに、と思ったけれど、周りに気を配ると、


「ねー。あの子だれ?」

「知らない子ね。レイヴァン様のお知り合いかしら?」

「弟じゃねえか? ほら、新入生で……」


 なんて感じで、登校前の生徒たちがこそこそと話をしているのが耳に入ってくる。


(あいかわらず、兄さんはすごい人気だなぁ……)


 でもまあ、それも無理はない。


 九年前はまだ幼さを残していたが、十七歳になった今、兄さんはCV石影 明の声が似合う腹黒系イケメンに成長していた。

 こんなイケメンに、耳元でCV石影 明ASMRでもされた日には、全人類の七割くらいはコロっていってしまっても不思議はない。


(って、そうだ!)


 僕の方も、兄さんに追及しておきたいことがあるのを思い出した。


「兄さんこそ、一体何をやったのさ!」

「うん?」


 いちいち様になる仕種で首を傾げる兄さんに、僕は勢い込んで尋ねる。


「昨日新入生の子に名前を聞かれて名乗ったら、兄さんのこと怖がって逃げてったんだけど?」

「僕のことを?」


 そこまで言っても不思議そうにしている兄さんにさらに詳しい状況を話すと、得心がいったとばかりにうなずいた。


「……なるほど、ね。マイン・スイーツということは、スイーツ家の子か」

「知ってるの?」


 僕の言葉に、兄さんは苦笑した。


「前にアルマにも話しただろう? 僕は二年次から、風紀委員をやっているんだ。その関係で少し、ね」

「あー……」


 兄さんは確かに見た目はストーリー終盤で裏切ってきそうな気配を醸しているし、突然「歌はいいね」とか返しにくい話題を振ってきそうな浮世離れした雰囲気のある人だけど、実際には優しくて頼りがいがあるし、正義感だって人一倍強い。


 風紀委員というのなら、一部のヤンチャをするグループには恐れられていると言われてもおかしくはなかった。


「あと、エレメンタルマスターとかって呼ばれてるって聞いたんだけど……」


 そう尋ねた途端、兄さんの笑顔が凍った。


「兄さん?」


 僕がもう一度声をかけると、兄さんはわざとらしく時計を見た。


「少し、話しすぎてしまったようだね。続きはまた今度にしよう」


 あからさまな話題そらしだったけど、時間が押しているのも確かだった。

 ただでさえ悪目立ちしているのに、初日から遅刻なんてしたくはない。


「今日はアルマの元気な姿を見られて安心したよ。それじゃあ、また時間を取ってゆっくり話そう!」


 そんな逃げ口上と共に足早に歩き去っていく兄さんを、僕は見送ろうとして……。


「あ、待った、兄さん!」


 直前で思い直して、呼び止める。


 怪訝な顔で立ち止まった兄さんを前に、僕はモノクルを取り出して片目にあてた。

 すると……。




  LV125




 兄さん……。

 兄さんはやっぱり、エレメンタルマスターだよ。


―――――――――――――――――――――

兄の風格!

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ミリしら転生ゲーマー ~1ミリも知らないゲームの世界に転生したけど全力で原作を守護ります~ ウスバー @usber

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