第十二話 過去からの預言書


 メニューからの魔法使用のように、もしかするとぼくの知らない落とし穴が、まだメニューには隠れているかもしれない。


 そんな警戒をしながら、ぼくは今まで調べていなかったメニューの項目を一つずつチェックしていったのだが、結果から言うと「若干期待外れ」という結果だった。

 情報源として一番期待していた「ヘルプ」の項目と「図鑑」の項目が、グレーアウトしていて選択出来なかったのだ。


(まだ、本編が開始されてないから、かなぁ)


 仕様の理解が重要だと分かった以上、特にヘルプは読みたかったのだけど、残念だ。


 ただ、思いがけない場所から収穫があった。

 コンフィグを眺めていたら、「MP切れの時、最大HPを消費してスキルや魔法を使う前に警告を表示する」というチェックボックスがあったのだ。


(これで、確定だな)


 やはり、あの時の体調不良は最大HPを燃やして無理に魔法を使ったせいだった。

 ぼくは二度とMP切れの状態で魔法は使わないことを誓って、警告表示もオンにしておく。



 ※ ※ ※



 すでに何度も見たステータス欄やら魔法欄やらは飛ばしていったため、メニューの探索は意外とすぐに終わった。


(あと、調べていないのは……)


 残った項目は、一つ。

「プレイヤーメモ」という、効果も存在意義も謎な項目だけ。


(名前からすると、備忘録的なものだと思うけど……。うーん、戦績か、ストーリーやクエストの履歴、とかかなぁ)


 期待半分、不安半分に「プレイヤーメモ」を開く。


(あれ、これって……)


 そこには、見覚えのある文字列が躍っていた。


 一番上にあったのは、「あなたが転生者に選ばれました」という見覚えのありすぎる一文。

 開いてみると、案の定だった。


(これ、「俺」に届いたメールだ!)


 どうやら、転生後も条件のチェックが出来るように、神様がゲームメニューを利用して控えを転送してくれていたらしい。


(神様有能! 神様有能!)


 転生ルールはあとで見返したいとずっと思っていた。

 これは素直に嬉しい。


(……問題は、もう一件か)


 これには見出しがなく、内容は想像も出来ない。

 ぼくは何があっても驚かない覚悟を決めて、二つ目のメモをチェックした。



――――――――――


有馬 悠斗 アンケート内容


理想の世界  : フォールランドストーリー

なりたい人物 : アル


――――――――――



(う、うわああああああああああ!!)


 声を出さずにその場で転げまわる。


 これは間違いなく、「俺」が書いたアンケート。

 そして間違いなく、「俺」は全世界最高クラスの大バカ野郎だ。


(やっぱタイトル間違えてるじゃんかああああああああ!!)


 このミスさえなければぼくはこんなミリしらな世界に来ることはなかったし、今頃はメルティーユとキャッキャウフフしていたはずなのだ!

 いや、転生ということは赤ちゃんスタートだったんだから、頑張ればリアル赤ちゃんプレイだって……!!


「ふぅぅぅ……」


 意識的に深呼吸をして、気を落ち着ける。


 やってしまったものはしょうがない。

 とにかく今は内容の確認だ。


 そう思ってアンケートの残りに目を落とすが……。


(なんだこのクソ長文……)


 はっきり言って読む気が失せる。

 それでも仕方なく、最後の方だけ目を通した。



――――――――――



 その中でも、一番好きになれたのがアルだというのは、すでに答えた通り。


 ただ、俺がアルのことを一番好きになれた理由はちょっと変わっていて、彼が「最初から最強な主人公」などではなく、「プレイヤーと一緒に最強になっていく」タイプのキャラクターだったことが、案外決め手になったのだと思う。


 主人公が実は勇者の血筋だと判明して……なんてのはよくある展開だし、この作品にもその要素はあったけれど、それはアルの本質とは無関係。

 実際、アルはその恵まれた血筋とは裏腹に、本編開始時の十五歳の時には「落ちこぼれ」だった。


 優秀な者たちが集う学園の中で、碌に魔法も使えない彼はステータス的にも物語的にも「弱者」だったのだ。



 だが、だからこそ成長した時が映えるし、育ててやりたいという気概も湧く。



 ――「最弱」から「最強」になる。



 言葉にすれば陳腐なそれを、ゲームのUIを、コントローラーを通して、ほかならぬ自分自身の手で成し遂げられるからこそ、アルというキャラクターは「特別」なのだ。



 その道のりは決して平坦ではなかったけれど、だからこそ数多の初見殺しを駆け抜け、少しでも効率的な成長を模索してアルを極限まで鍛え上げ、五周目にやっと魔王を一対一で討ち果たすことが出来た時は、数えきれないほど泣いた。


 いや、難易度自体は正直周回前提でもきついというあたおかレベルだったけれど、アルの出自を含めて全ての要素が芸術的にピタリとハマっていて、「ああ、全てはこの時のためにあったんだ」「アルだからこそ、魔王を倒すことが出来たんだな」と素直に腑に落ちる、控えめに言って最高のゲーム体験になった。


 落ちこぼれと言われていた彼が、自分(プレイヤー)の手腕によって少しずつ努力を重ねていき、最後までとってつけたような覚醒イベントや神様の干渉など全くなしに、最終的には世界を滅ぼしてしまう魔王を倒すという偉業を成し遂げた。

 これ以上に泣けるエンディングが、ほかにあるだろうか?


 逆境を、勇気と根性で覆す。

 彼こそが俺にとっての最高のキャラクターであり、最高の主人公なのだ!



――――――――――



(は、はずいいいいいい!! このテンション、完全に酔っ払いだあああああ!!)


 なんであの日に限ってあんなに酒を飲んでしまったのか。

 というか酒飲んだ日になんでパソコンでネットサーフィンなんてしてしまったのか。


 今となっては全てが恥ずかしい。


「うがああああああ!! うわあああああああああ!!」


 ぼくはもう一度、ベッドの上を転がりまわった。


「……はぁ、はぁ、はぁ」


 落ち着いてから、また自分のアンケートを見る。

 あいかわらずのキモイ文章だったが、ふと思ったことがあった。



 ――〈フォースランドストーリー〉と〈フォールランドストーリー〉って、案外似てるんだな。



 名前が似ているせいだろうか。

 このアンケートに書いた内容だって、十五歳で学園に行くとか、アルが魔法が使えない(本当は使えるけど)とか、〈フォールランドストーリー〉に置き換えても当てはまることが多い。



「――あてはま、る?」



 そこで……不意に。

 ぼくの頭に天啓とも言えるような閃きが下りた。


「俺」がもらった「転生権」は、神様が「もっとも心動かされるアンケートを書いた人」に渡すものだ。


 ただ、神様は転生権を与える世界を自分で作ったのだから、その世界を、そのゲームのことを、隅々まで知っていたはずだ。

 それなのに、神様はどうして「俺」の書いたアンケートに「心を動かされた」んだ?


 ――普通に考えれば、間違った作品について書かれた的外れな中身のアンケートなんかに、心を動かされるはずがない。


 なら実は、神様は自動で世界を作れるからその作品のことは詳しく知らなかった?

 それとも、アンケートを選んだのは神様とは別の人物だった?


 それとも、それとも……。




 ――もしかして、〈フォースランドストーリー〉のために書いた「俺」のアンケートが、奇跡的に〈フォールランドストーリー〉とも一致した、とか?




「いやぁ、ない。ないない。絶対にない」


 あえて口に出して、否定する。


 別ゲーのために書いたレビューが、ほかのゲームにも一致する確率ってどんなもんよ?

 そんなんあったらもう偶然超えて奇跡だよ。


 ……そりゃ、まあ確かに?

 初見の人間に説明するつもりで、酔っぱらった中でも可能な限り固有名詞出さないようにして、アル以外の人物名も地名も技名も出さなかったよ?


 だけど、だからって……ね?


 …………。


 …………。


 …………。


 …………。


 ……いや、ないとは思う。

 ないとは思うけど、万が一、億が一、いや、兆が一、そんなことが起こったとして。



 ――この状況、やばくね?



 例えば、このアンケートの「五周目にやっと魔王を一対一で討ち果たすことが出来た」って部分。


 いや、違うんだよ!

 これだと「激ムズ難易度がデフォルトで、四周もバッドエンドを見続けて引き継ぎ五周目でようやく初めて魔王を倒せた」みたいに見えるけど、完全に誤解なんだよ!


 ノーマルエンドは普通にみんなで魔王を倒していい感じにエンディングになるんだけど、周回前提難易度の「主人公単独魔王撃破ルート」って隠し分岐があっただけ!

 それはそれで普段とはちょっと違うストーリー展開だしアルくんが最高に主人公してて最高の中の最高ヒャッハーだったんだけど、そうじゃないんだ!


 その、つまり……。



 ――この感想を違和感なく受け入れられてしまったのだとしたら、もしかしたら〈フォールランドストーリー〉の難易度、かなりやばいのでは?



 特に、後半の数行がやばい。

 もうさっきから冷や汗が滝みたいに出るレベルでやばい。


 だって、だってさ?

 これがもし、本当だとしたら……。



 ――「世界を滅ぼしてしまう魔王」って書いてあるんだから、何もしなければ世界は滅ぶし。

 ――「全ての要素が芸術的にピタリとハマって」魔王を倒せたなら、イベントをこなさないと詰みになるし。

 ――「アルだからこそ、魔王を倒すことが出来た」のなら、ぼく以外には魔王は倒せない、んじゃね?



 ガタガタ、ガタガタと、音がする。

 何事だろうと下を見たら、ぼくの膝が震えていた。


 身体の震えが、止まらない。

 前世で「やらかし」てしまった時と、作品の名前を間違って記入したことに気付いた時と全く同じ悪寒が、全身を襲っていた。



「ダメだ。やるしか。やるしか……ない」



 そして、ぼくはこの日から……。




 ――「全力で原作守護るマン」に、なったのだった。





―――――――――――――――――――――

アルマ、覚醒!!!!

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