第十一話 死力


「あむ、あむあむあむ……おかわり!」

「アルマ、今日はずいぶんと食べるのね……?」


 ぼくが空にしたお皿を見て、母さんが目を丸くする。


(お行儀悪くてごめん。でも、死活問題なんだ……)


 ぼくは頭の中で母さんに謝りながら、給仕の人が持ってきてくれたご飯に食いついた。


 あ、ちなみに家族での食事では礼儀作法なんかはそこまで厳しくはないが、給仕は全部使用人がやってくれている。

 数少ないうちの貴族ポイントだ。


(うぐぐ。たくさん食べるってのも、なかなか大変だな)


 あれからぼくは父さんに頼んで書斎に入れてもらい、魔法を使って具合が悪くなる症状を中心に、色んな本を読んだ。

 そこで、それっぽい記述を見つけたのだ。


 普通、魔力が切れてもそんなに具合は悪くならないし、魔力切れだと当然魔法は使えない。

 ただ、熟練の戦士が死地に遭った時や、復讐に燃える騎士が自分の命を燃やして仇を討とうとする時、寿命や生命力を燃やして魔法やスキルを使う、という描写があった。


 生命力……つまりはHPのことだろう。

 あの時のぼくはMPが6、最大HPが40減っていた。


〈ライト〉の消費MPが仮に2だとすると、消費MPは合計10。

 足りなくなった4MPを、その十倍の生命力、40最大HPで肩代わりした、と考えると数字的にはしっくりくる。


 問題は、生命力を燃やして魔法を使うなんて、歴戦の戦士が刺し違える覚悟で捨て身の攻撃を仕掛ける時にくらいしか描写がなかったこと。

 そんな真似をぼくがどうして出来たのか、って疑問は生まれるけど、それについては推測はつく。


(ぼくにとって、魔法を使うのが「簡単すぎた」んだ)


 ぼくはあの時、手動ではなくメニュー画面から魔法を使った。

 だから魔力切れで魔法を使うという状況に対する違和感も覚えなかったし、生命力を燃やして魔法を使うなんて高等技術をシステムが代行してしまって、自覚なく危険な真似をしてしまった、という訳だ。


(チートもいいことだけじゃない、ってことだよな)


 便利だからこそハマる落とし穴もある。

 今回のことは、ぼくにとっていい教訓になった。


 それで、肝心の回復方法……失った最大HPをどうやって回復するかについては、「栄養のある食事を取るか、ゆっくりと睡眠を取って回復するしかない」と本には書いてあった。


 だから慌てて回復効果のあるお菓子を食べてみると、10%のHPが回復するお菓子で、その半分の5%分だけ最大HPが回復した。


 だからこそ、今回の食事で無理にでもおなかに物を詰め込んでいる、という訳だ。

 こっそりと、メニューから自分のHPを確認する。


(最大HP34。だいぶ回復はしたけど、もう食べられないや……)


 食事と睡眠で最大HPは回復出来る、という話らしいけど、あくまで食事は応急処置。

 現実的には、睡眠で治すのが基本になりそうだ。


(まあ、最大HPが戻せるって分かっただけでも安心だな)


 数値的にも、とりあえず危険域は脱したとみていいだろう。

 ぼくはおなかをさすってひと心地ついた。


 ついでに言うと、前にもらったルナ焼きも食べてはみたんだけど、どうやら1未満の端数は切り捨てになるようで、いくら食べても効果がなかった。

 妙なところでゲーム的というか、この世界はなかなかにぼくに厳しい……。


(厳しい、と言えば……)


 魔法で最大HPを削るのはレアでも、一時的に最大HPが減ること自体はこの世界では特にめずらしいことではないらしい。


 魔物の攻撃を受けると防御力に応じてHPが減っていくが、その際に生命力の限界値、つまり最大HPも少しずつ減ってしまうんだとか。


 この仕様は、HP回復手段によって無限に探索が続けられるのを妨げるシステムだと思う。

 ダメージを受けることがより危険になり、探索が長期化するとそれだけリスクも高まっていく。


 だとすると、


(――このゲーム、かなり「ガチ」なRPGの世界みたいだ)


 こんなある意味で意地の悪いシステムを組み込むということは、それだけ戦闘部分に力を入れているということ。


 恋愛がメインで、戦闘はたまに修学旅行で大仏や鹿と戦ったり、突然現れた宇宙人と戦ったりするフレーバー要素でしかない、みたいな可能性は消えたと考えていいだろう。


「ごちそうさまでした」


 ここだけは行儀よく頭を下げて、ぼくは自室に戻る。

 その足取りは、少しだけ重い。


(逃げる訳には、いかないよな)


 さっきまでは動揺していてそこに思い至らなかったが、ぼくが一番に情報収集しなければいけない対象が、まだ残っている。


 それは、ぼくにしかない情報源で、「ゲーム」としてのこの世界の本質に、おそらく一番近いであろうモノ。



 ――さぁて、鬼が出るか、蛇が出るか。



 ぼくはドキドキと早鐘を打つ心臓を押さえながら、メニューを呼び出した。

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