第四十三話 来ちゃった


(……濃い、一日だったなぁ)


 なんとなく既視感のある感想を吐き出し、僕はベッドに倒れ込んだ。


 初授業からセイリアとの模擬戦、さらには放課後の訓練とヤンキーとのバトルと、今日もかなりハードな一日だった。


(明日はもっと平和になってくれるといいんだけどなぁ)


 と思うけれど、別れ際のネリス教官の笑顔を思い出すと、それも望み薄だろう。

 僕は小さくため息をついて、一足先に夢の世界の住人になっている相棒のティータに布団をかける。


(まったく、こいつも無茶するよなぁ)


 ルナ焼きは残念ながらそこまで気に入らなかったようなので、食べるのをやめるかと聞いたのだけど、


「……でも、これアンタが好きなものなのよね」


 と難しい顔で言ったあと、ハムスターみたいに少しずつ残りを食べ始めたのだ。


 ただ、妖精サイズにはルナ焼き一個でもかなり大きかったらしく、完食と同時にノックダウン。

 今はぽっこりと膨らんだお腹を抱えながら、「おのれルナ焼きおのれー」とベッドの上で呻いている。


 色々と心配になる状態ではあるものの、精霊にとって人間の食べ物は嗜好品。

 食べても特に栄養にはならないが毒にもならないらしく、時間をかけて適当に魔力に分解されるというからおそらくは心配ないだろう。


 さて、僕も寝ようかと明かりを消そうとした時だった。



 ――コンコン、コンコン。



 ドアから、控えめなノックの音が響いた。


「……誰だろ」


 まだ寮に知り合いはいないはずだけど、もしかして今日の事件のことで兄さんが訪ねてきたんだろうか。


「はーい!」


 僕は特に警戒することなくドアを開けて、


「……え?」


 そこに見えた人影に、絶句した。


 玄関に立っていたのは、見覚えのない少年。

 いや……。



「――き、来ちゃった」



 少年の格好をした、セイリア・レッドハウトだった。



 ※ ※ ※



「きゅ、急に押しかけちゃって、ごめんね。でも、どうしてもお礼を言いたかったから」

「え、いや……え?」


 男子寮に男装して忍び込むのって、急に押しかけたうちに入るんだろうか。


 混乱する頭の中で、とにかくこんな場面を見られるのはまずいということに今さらながらに思い至って、僕は彼女を部屋に誘った。


「あー、とりあえず中に入る? ほら、玄関先で話すのもアレだし」


 こんなとこ、見回りの人にでも見られたら一発アウトだろう。

 そう思って言った言葉だったのだけど、それを聞いた途端、セイリアは顔を真っ赤にして手を振った。


「ダ、ダメだよ! そ、そんな、男の子の部屋に、二人っきりなんて……」

「あ、うん。そう……?」


 そんな大胆なこととても出来ない、と焦ったような仕種で両手をパタパタと振る、男子寮への単独潜入の現行犯。

 僕の頭の方がおかしくなってしまいそうだった。


「と、とにかく、さ! ……助けてくれて、ありがとう! 本当の本当に、嬉しかった!」


 そう言って、彼女は大きく頭を下げた。

 裏表のない、彼女らしいすっぱりとした感謝の言葉。


 ――そんな彼女が、もしかすると夕方の僕の行動次第でこの学園から「退場」してしまったのかもしれない。


 そんなことを思うと、単にイベントをクリアした、という以上の達成感が湧いてくる。

 だからこそ、僕の口からも素直な気持ちがこぼれ出た。


「どういたしまして。僕も、助けられてよかったよ」


 僕の言葉を聞くと、セイリアは見て分かるほどにぱあっと表情を輝かせて顔をあげ、それからもう一度、今度はさっきよりも深く頭を下げた。


「そ、それと、昼間はごめん! ボクの勝手な思い込みで、ひどいことを言っちゃって……」

「あ、ああ……」


 すごく深刻そうに謝られてしまったが、こっちとしては正直、「そういえばそんなこともあったなぁ」程度の思いだった。


 比べるのもどうかと思うが、正直筋弛緩剤を盛って女の子にイタズラをしようとしたやべー奴らを見たあとだと、セイリアがやったことなんて微笑ましく思えてくるくらいだ。


「大丈夫。ちょっとびっくりはしたけど、気にしてないよ」


 僕が言うと、セイリアはちょっと不安そうに僕の顔を見ていたが、嘘じゃないようだと分かると、ほっと胸を撫でおろした。


 それから今さらながらに男子寮に入り込んでいる自分のやばさを自覚したのだろう。

 きょろきょろと廊下を見回して、人影がないのを確認してから、僕に向き直った。


「ボクの用事は、これだけ! こ、こんな夜中にごめんね」

「あ、うん」


 本当に、感謝の言葉を伝えたかっただけらしい。

 そのためだけに男子寮に忍び込むのは大胆というか、せっかちというか。


 でもまあ、非常にギャルゲらしいイベントであるとは言える。

 イベントがうまく進んでいるという充足感と、今さらに感じてきた非日常感に、僕もなんだか楽しくなって、立ち去ろうとする彼女に「気を付けてね」とささやいて、一緒に笑い合う。


「……あ」


 ただそこで、不意に何かを思い出したかのように、セイリアは突然立ち止まった。


「ま、待って! もう一つだけ、お礼、残ってたかも」

「お礼?」


 ヤンキーから助けた以外に、何かしただろうか?

 僕が首をひねっていると、少し顔を赤くしたセイリアは僕に近付いて、声を潜めて廊下の一方を指さした。


「えっと、人が来たら大変だから、ちょっとあっちの方、見張っててくれる?」

「ん? ああ、うん」


 言われて、僕は素直に指さされた方に視線を向けて、


(……あれ? でもこっちに階段ないよね)


 すぐに思い直して、正面に顔を戻した。

 その瞬間、



「――!?!?!?!?!?」



 唇の端にぶつかってきたやわらかい感触に、頭が真っ白になる。


「っ!?」


 僕の正面には、僕と同じか、それ以上に驚いた様子のセイリアの顔があって、



「あ、わ、ぁ。ち、ちが、ちがくてぇ……」



 自分の唇を押さえ、湯気が出そうなほどに真っ赤な彼女の様子を見て、僕は察してしまった。


 ……これは、アレだ。

 ヒロインが主人公の隙を突いてほっぺにキスをして、動揺する主人公に「これがお礼だよ!」みたいなことを言ってドヤ顔で去っていくタイプのイベント!


 そんなマセガキチャレンジに見事に失敗したセイリアは、赤い顔をますます真っ赤にさせると、



「あ、う、あ、ぅあああ……ご、ごめんなさぁあああああい!」



 恥ずかしさに耐えきれずに、そのまま逃げ去ってしまった。


(ああ、そっかぁ)


 廊下の角で転びながら帰っていくセイリアを見ながら、僕は転生ルールを思い出していた。



  ・基本的にはゲームのシナリオの通りのことが起きますが、あなたがゲームと違う行動を取れば歴史が変わる可能性があります



(あれって、ほんとだったんだなぁ)


 僕は現実逃避気味にそんなことを思いながら、セイリアの今後のご健勝を祈りつつそっとドアを閉めたのだった。


―――――――――――――――――――――

(ここ、男子寮の廊下です)




ということで、ここで序盤戦は終わり!!

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