第四十二話 ルナ焼き
初イベをクリアして、なんとか寮の自室に帰り着いた僕は、
「――はむはむはむ……うまあああ!」
ルナ焼きを食べては「うまあ!」と叫ぶだけの機械へとなり下がっていた。
「アルマって、ほんっとにそれ好きねー」
そして、そんな僕の目の前を呆れたようにぷかぷかと浮きながら眺めているのは、我らが上級精霊、ティータさんだ。
「そんな好きってほどでもないけど……うまあああ!」
いや、別にルナ焼きを食べたら「うまあ!」って言わなきゃいけないルールはないし、ルナ焼き以外にもおいしいものも見つけたんだけどね。
なんか子供の時からのくせで、ルナ焼き食べた時に「うまあ!」って言うのが習慣みたいになっちゃったのだ。
「というか、ちょっと食べすぎじゃない? え、ほんとに大丈夫なの?」
「だいじょぶだいじょぶ! 好物だからね。正直無限に食べれる!」
ティータの視線がちょっとやばい奴を見るような目になったところで、僕は仕方なく説明をすることにした。
「あのさ。言っておくけどこれ、趣味だけで食べてる訳じゃないから。減ったHP……気力を回復するために、仕方なく食べてるって面もうまあああ!」
「せめて最後まで言い切りなさいよ!」
特にダメージを受けることで減った最大HPを回復するには、寝るか食料を食べるしかない。
そして実は、HP回復だけならルナ焼きはほかの食料と比べて、断トツで効率のいい回復手段なのだ。
僕はもう一個ルナ焼きを口に放り込んで「うまあああ!」したあと、懇々と語った。
「いいかい、ティータ。減ったHPやMPを回復するにはポーションが一般的だけど、これは貴重品だし効果量が一定。つまり、強くなればなるほど、費用がかさむんだ」
特に、MP回復のポーションは基本的に非売品。
僕もそれほど多くの数はそろえていない。
「そこへ行くと、料理はいつでも手に入る、安価な回復手段なんだ。でも、それももちろん落とし穴もあってね。例えば、有名なHP回復のための料理だと〈帝国軍人カレー(おいしい)〉なんてのがあるけど……」
しかし、その〈帝国軍人カレー〉のHP回復量は30パーセント。
なのに満腹度増加は60パーセントにも上ってしまう。
「え、だったら……」
「うん。大きなダメージを受けちゃうと、食事だけじゃHPは最大まで回復出来ない。いやまあ、満腹度100を超えても全く物が食べられなくなる訳じゃないし、僕なら頑張れば二杯食べられなくもないけど、そこまでやってもHPは60%だけしか回復しない」
ちょっと割に合わない気もしてしまうが、まあリアルに考えてもカレー二杯食べたらキャパオーバーになっちゃう、ってのは理解出来るラインだ。
ほかの料理も大体似たり寄ったり。
MP回復が出来る〈フルーツポンチ(甘くておいしい)〉なんかだとさらに満腹度への影響は大きく、HPとMPを10%ずつ回復する代わりに、満腹度は50%も増加してしまう。
しかし、そこへ行くとルナ焼きはHP回復1%に対して満腹度増加も1%!
驚きのコスパのよさだ。
「それに……うまあああ! ルナ焼きにはそれ以上に、優秀なところがうまあああ! あるんだ」
「ねえ、どうでもいいけど説明の途中にルナ焼き食べるのやめない?」
ティータの忠告に、「分かったよ、うまあああ!」とうなずきながら、僕はルナ焼きをつまんでみせた。
「――ルナ焼きの圧倒的な利点はね。……『食べやすい』ってことだよ」
気取った顔で言ってみると、ティータの目つきがすごいことになったので、僕は慌てて補足する。
「い、いや、ほんとに大事なんだって。ほら、カレーを一皿食べようと思ったら結構時間かかるけど、ルナ焼きを三十個食べるんだったら簡単でしょ」
何しろ元ネタが明らかにタマゴボー〇。
途中で「うまあああ!」とか余計なことを言わなければ一分もあれば余裕で食べきれるし、何かをしながらでも食べられる。
いやまあ、人によってはカレーの方が早食い出来る人もいるかもしれないけど、とにかく負担が少ないのだ。
「ふーん。まあ、確かにそれならふつーの料理と違って戦いの途中とかでも食べられそうだけど……」
なんてティータが肯定的な意見を出してくれるが、残念ながらそれは出来ない。
「いや、なんかね。料理って、戦闘中だと食べても回復しないんだよ」
確か、「身体が戦闘状態になると食物からうまく魔力を取り込めなくなる」から、みたいな理由付けがされてるみたいだが、まあぶっちゃけゲームの都合だろう。
(こういうゲーム的な仕様は、現実化した時に「修正」されてたりもするんだけど……)
料理については、「戦闘中には使用出来ない」と、アイテム説明文などにはっきり書いてあったりする。
こういうゲーム中で明文化されたルールについては、多少不自然でもこの世界にそのまま実装されているものが多いのだ。
と、そこまで説明すると、ティータがなんだか僕の手元を見て、もじもじしているのに気付いた。
「ふ、ふーん。あ、あのさ。べ、別にアンタがおいしそうに食べてるから興味持ったってわけじゃないけど、その……」
僕の手が止まったところで、ティータは無関心を装いながら口を開いて、そして、意を決したように息を吸って、
「――ア、アタシもそれ、一個だけもらってもいい?」
「や、それはちょっと……」
勇気を振り絞った様子のお願いをノータイムで断ると、ティータは真っ赤になって怒り出した。
「なんでよ! そんなにたくさんあるじゃない!」
「まあ、そうなんだけど」
一応これは、ルリリアが僕のために作ってくれたプレゼントなのだ。
精霊とはいえ、ほかの誰かにあげる訳にはいかない。
とはいっても、せっかくルナ焼きに興味を持ってくれたティータをこのまま逃がす手もない。
「しょうがないなぁ。はい」
だから僕は、ティータのために「布教用」とシールの貼られた新しいルナ焼きの袋を取り出した。
「え、なにそれは……」
「こっちは市販の奴で、布教用だね」
……まあ不思議なことに、今まで誰もルナ焼きを食べたいと言ってくれたことはないんだけど。
これまでで唯一の例外が試験前に会ったマインくんだから、ティータが二人目になる。
「え、えぇ? や、やっぱりアンタ、ちょっとおかしいわよ?」
お望みのものを出したというのに、ティータはドン引きだった。
でも、仕方ないのだ。
ルリリアにもらった方を誰かに渡す訳にはいかないし、僕が市販のルナ焼きを食べているのをルリリアに見られた時、
「そんな、おにいちゃん……。浮気、するなんて……」
とふらふらとよろめき、「やっぱりわたしなんかより、お店の人の方がいいんだぁ!」と走り去ってしまったのは記憶に新しい。
シールの有無は死活問題なのだ。
「な、なんか、アンタの交友関係、怖くなってきたんだけど……」
「心配しなくても、学校以外の知り合いは家族とルリリアちゃんだけだよ」
「それはそれで心配になるわよ! ……ぅむっ!?」
何を言っても叫び出すにぎやかなティータの口に、ルナ焼きを押し込んだ。
まあ長々と語ってしまったけれど、ルナ焼きの何よりの魅力はおいしさで、それは実際に食べてみないと分からない。
「どう?」
僕が問いかけると、ティータは小さな口をもごもごと動かして、ごっくんと飲み込んだあと、
「……ふつう」
と虚無顔で答えたのだった。
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布教失敗!!
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