第四十一話 こどくなきょうし


「――う、動くんじゃねええええ!!」


 突然の大声に僕が振り返ると、残ったランドの取り巻きの一人が、ナイフをセイリアに突きつけていた。


(あ、そういえばまだいたのか)


 普通、こういうイベントだとボスを倒すと取り巻きはなんだかんだではけてくれるから、あまり意識していなかった。


 男は追い詰められた様子で何かをブツブツとつぶやきながら、震えるナイフをセイリアに向ける。


「ま、まだだ! まだ学園側にオレたちのことはバレちゃいねえ! だったら女さらって、お前らを口封じすれば、まだ……」


 明らかにランドと比べれば格の落ちる相手だけど、ここで出てこられるとちょっと困る。


 技の再使用時間があるため、しばらく〈精霊衝〉は使えない。

 それに、途中で潰されたとはいえ三回も〈精霊衝〉を使っているからMP自体は三回分減っていて、もうMPも残っていない。


(え、どうするんだこれ)


 僕が途方に暮れかけた、その時、



「――なぁるほど、面白い話してんじゃん」



 聞き覚えのありすぎるねっとりとした声が、校舎裏に響いた。


「ネリス教官……」


 いつの間にやら、僕らの実技担当教官である赤い髪の女性が、そこに立っていた。

 彼女は壁にめり込んだランドと着衣の乱れたセイリア、そして立ち尽くす僕を見回すと、ふんふんとうなずいた。


「よしよし、なんとなく状況は分かった! あとはこいつらたためばオールオッケーだな!」


 オールオッケーじゃないよ、と思ったけど、今この人とやり合う気力は湧かない。

 そしてそれは、僕以上にヤンキーたちにとっても同じようで、彼らは慌てて弁解をしていた。


「な! きょ、教官……。ち、ちがうんだ、オレたちは……」

「へへへ、私はね。君らみたいなわるーい生徒は大好きだぜ! だって、殴っても誰にも文句言われないからねぇ!」


 ……助けに来てくれたんだろうけど、この人、人格が終わってるよぉ。


 散り散りに逃げ出した取り巻きの男たちに襲いかかり始めた教官を見て、僕はため息をつく。

 けれど、その直後だった。



「――アルマ!」



 本当の助けが、僕たちのもとにやってきてくれたのは。


「兄さん!?」


 きっと、ランドが校舎にぶつかった音を聞きつけた誰かが呼んでくれたのだろう。

 風紀委員を従えたレイヴァン兄さんが、僕たちのところに駆けつけてくれたのだ。


「大丈夫かい、アルマ! 今すぐ治療室に……」

「あ、大丈夫大丈夫。僕にはこれがあるから」


 もう戦闘は終わっているし、そろそろ気を抜いてもいいはず。

 僕は懐からタマゴボ……ルナ焼きを取り出すと、とりあえず三個ほどをつまんで口に運ぶ。


「うまあああああ!!」


 ルナ焼きのおいしさが身体にしみわたり、失われたHPが回復していくのを感じる。


「あ、あいかわらずだね、アルマは」


 そんな僕になぜか引いたような視線を向けた兄さんだったが、地面に転がって汚れてしまった僕の服を優しく払うと、僕に頭を下げた。


「ごめんね、アルマ。正直に言うと、しばらく前から彼らが悪事を働いていたことは分かっていたんだ。逃げられない状況で出頭命令を出して拘束するつもりが、魔法伯の横槍が入って手間取ってしまってね」

「そ、そうなんだ」


 むしろ、単なる学生のはずが警察みたいなことを当然のようにやってる兄さんの方にビビる。

 それをどう受け取ったのか、兄さんは自嘲気味に笑った。


「なんだかんだと言っても、学園の生徒がここまでの問題を起こすのは珍しいんだよ。貴族は〈無垢の証明〉を要請されたら断れないし、ここの学園にも〈真偽の球〉があるからね」


 この〈無垢の証明〉だの〈真偽の球〉だのというのはこのゲーム世界特有の設定だ。

 嘘を言ったら光る球や、罪を犯していると自動で判別して天罰を落としてくれる装置のようなものがあるから、この世界の犯罪者は出頭命令が出された時点で詰みらしい。


 まあだからこそ、「犯罪を目撃された→よし口封じだ!」ってなるために殺人が異様に多い、なんて話も出る辺り、あいかわらず「ここってほんとに恋愛ゲームの世界?」って言いたくなるサツバツ世界観でもあるんだけど。


「え、ええっと、風紀委員って大変なんだね。そういうのは先生の仕事じゃないの?」


 話を明るい方向に戻そうと僕が純粋な疑問をぶつけると、さらに兄さんの表情が曇った。


「ここの教師は、生徒同士のいざこざにはあまり首を突っ込まないんだ。苦難が人を強くするって考えから、争いを奨励しているというか……。ほら、アルマもこの学校の基本理念を知っているだろう?」

「基本理念?」


 なんだっただろうか。

 僕が首を傾げると、兄さんは疲れたように言った。




「――『一人の英雄は、百人の精鋭に勝る』だよ」




 それは、レベル制のある世界だからこその理念。

 そして、あらためてこの世界やべーなと感じさせられる言葉だった。


「つまり、一人の英雄を出すためなら、それ以外の全員が犠牲になっても問題ない、ってこと?」

「極端に言えばね」


 そう言って、兄さんはため息をついた。


「あ、もちろん、親身になってくれる先生はいるよ。ただ、全般的にここの教師たちはドライだから、アルマもきちんと考えて――」




「――それは心外だなぁ、エレマスちゃぁん」




 突然横から声が聞こえて、僕も兄さんも飛び上がった。


「ネリス……教官」


 兄さんが顔をしかめているということは、教官のことは兄さんもきっちり苦手なようだった。

 うん、解釈一致だ。


「あのなぁ、いくら強くても信用出来ない相手に背中を預けたくはないだろ? だから私だって悪党は刈り取るよ、ちゃあんとな」


 信用出来ない奴筆頭が何かを言っていた。


 僕らの不信が伝わったのだろうか。

 ネリス教官は不満そうに唇を尖らせた。


「なぁんでお姉さんを信用しないかなぁ。……ほら」


 その証明とでも言わんばかりに示した右手には、首輪でまとめられた四人の男たちが地面に引きずられている。


(……いや、そういうところなんだよなぁ)


 まあ悪い人ではない……のかもしれないが、まあ少なくともいい人ではないのも確かだった。


 そんな良くも悪くもないネリス教官は、空いた左手で僕の背中をどつくと、ニヤニヤとしながら話し出した。


「いやぁ、なんにせよお手柄だよお手柄。さすがのこいつらも公爵家の子供に手ぇ出した上に新入生に負けたってんなら、権力的にも実力的にももう詰みって奴よ! たぶん首輪つけて前線送りだろうなぁ。いやぁ愉快愉快!」


 いや、ほんとに悪い人じゃないんだろうか、この人。

 不安に思ってみていると、不意にその目が僕をじぃっと見据えているのに気付いた。


「にしても、ねぇ。まさか、弟くんがここまでやるとは知らなかったなぁ」


 あ、なんかやばそう。


 本能的に危険を感じた僕がとっさに離れようとするより一瞬早く、教官は僕の首に左手を巻きつけるようにして、ぐいっと自分の方に引き寄せると、




「――明日からの実技授業、楽しみにしてるから、な」




 そんな不吉すぎる言葉を、耳元でささやいたのだった。


―――――――――――――――――――――

[悲報]アルマくん、目を付けられる!

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