第四十話 イベントクリア
(――いやぁ、この人弱かったなぁ!)
このランドとかいう人、いかにも強面で喧嘩慣れしている、という雰囲気で出てきたけれど、ぶっちゃけ見掛け倒しだった。
上級生の割にレベルは50しかなく、おまけに防具もまともに装備してないばかりかなぜか開幕で武器を投げ捨て、素手での戦闘を仕掛けてくる謎AI。
なのに特に拳の熟練度が高いなんてこともなく、技もアホみたいに熟練度が低い〈精霊衝〉を一度使ってきただけ、というのは流石に負けようがないレベルだ。
(序盤のボスだし、「見た目強そうなのに隙がある」ってコンセプトなんだろうけど……)
戦闘スタイルがあからさまなパワー型で一見強そうなのだが、実は敏捷も防御も低いため、避けて殴れば簡単に勝てる、いわばやられ役の典型。
最後に〈シルフィードダンス〉を使ってしまったとはいえ、こっちの〈精霊衝〉にあっさりと当たってそのままワンパンKOされてしまったのがその証明と言えるだろう。
(これならさっきのセイリアとの模擬戦の方がずっと難易度高いよなぁ)
このイベントでは人質を取られて負けてしまったようだけれど、そもそもスペックなら明らかにセイリアの方が上だ。
模擬戦のあとでこっそり見てみたけれど、セイリアのレベルは84。
謎に武器を捨てて素手戦闘をし始めるようなこともなく、ちゃんと強そうな剣と魔法を防ぐ鎧を装備している上に、おそらく模擬戦中はガンガン技を使ってくる。
戦闘タイプが敏捷特化というのも格上の場合はやりにくく、レベルがこっちより50上の動きの速い剣士とか絶望しか感じない。
「女の子に難癖つけられて模擬戦」と「ヤンキーに目をつけられた女の子を庇ってケンカ」では後者の方が難易度高そうに見えるけれど、実は攻略難易度で言うとさっきのケンカの方が格段に簡単だった。
(どっちもセイリア絡みだし、たぶん連続イベントというか、模擬戦に負けた場合の救済戦闘なのかな?)
消耗した状態で戦闘に入った時はどうなるかと思ったが、終わってみれば、製作スタッフのさりげない難易度調整が光る一戦だったと言えよう。
(……ま、細かいことはとにかく、これでイベント完全攻略だ!)
これまで色々と空回ってきたが、初めてうまく原作を守護れた気がする!
湧き上がる達成感に、僕が拳を握りしめて軽くガッツポーズを取っていると、
「――ア゛ル゛マ゛の、バガァアアアアアアアアアア!!」
ビタン、と音を立てるほどの勢いで、小さな妖精が僕の胸に飛び込んできた。
「逃げろっで言っだのにぃ! アルマ死んじゃうがど思っだあああ!! うあああああああああん!!」
それは、瞳いっぱいに涙をあふれさせたティータだった。
たぶんほかの人には見えなかっただろうが、ティータはこの戦闘の間中、僕の身を案じて色々と気をもんでいてくれたようだった。
「ご、ごめん。いや、派手にやられてたように見えてたかもしれないけど、見かけほどダメージはなかったから……」
さっきも分析した通り、ランドはぶっちゃけ見掛け倒しだった。
だからこそ流石に〈シルフィードダンス〉を使うのはちょっとズルい気がして、正統派攻略の道筋を探っている間に割とボコスカと殴られてしまったけれど、相手がやってきたのは武器もなしの通常攻撃ばっかりで、正直拍子抜けだった。
こっちはHPが残っていれば大した怪我なんてしないと分かっているし、ちょっと視線を上に向ければ自分のHPバーが見えるのだ。
そんなもん怖い訳がない。
それに何より、
――「絶対に(原作を)
むしろ、原作ではきっとここで苦戦していただろうと考えると、いくらか殴られた方が原作再現的な意味では完璧だと言える。
(とは言ってもまあ、HPが一割切ってるの見た時は、流石にちょっとビビったけどね!)
これを言ったらティータにますます心配されそうだから口には出せないけど、それでも問題なく相手を倒せたのだから、結果オーライと言えるはず。
ただ、そんな理屈は暴走した妖精様には全く通用しなかった。
「うぅぅぅ! ばかばかばかばかばかばか!!」
「ご、ごめんって」
泣きながらポカポカと胸を叩くティータをあやしながら、僕はちょっとだけ反省する。
(相手が弱いからって余裕見せすぎたかなぁ。まあ正直、勝つだけだったらそれこそ開幕ファイアすれば一発で終わってたんだけど……)
魔法の方が武技よりも消費MPが多いとはいえ、流石に〈ファイア〉一発分くらいのMPは残っていた。
セイリアと違って魔法を防ぐ鎧なんて着けてないし、ゲームだったら避けにくくて威力もある〈ファイア〉をお見舞いして即KOのルートが安定だ。
ただ……。
(こんな弱い人に〈ファイア〉なんて当てたら、絶対消し炭になっちゃってたよね!)
僕は五体満足のまま壁にめり込んだランドを見て、ほっと胸を撫でおろす。
ここはゲームではなく現実世界。
オーバーキルしても模擬戦とかなら普通にピンピンしてたりする不思議世界とは違うのだ。
上半身が消し飛んだ木人を思い起こすまでもなく、あんなものは学生同士のケンカに持ち出していい威力じゃない。
(……というか、本当にまだ生きてるよね?)
急に不安になった僕は、ランドに駆け寄った。
もちろん僕に医学の心得とかはないが、
(あ、HPミリ残ってるじゃん! よかったぁ)
僕には僕にしか出来ない体力の判別方法がある。
ランドの頭上に浮かんだHPバーは、彼の命に別状はないことを僕に雄弁に語ってくれた。
(というか、むしろこれってまずいか?)
いきなり起き出して逃げ出したりしたら僕じゃ捕まえられないし、ゲームとかだと悪人に利用されてまた襲いかかってくるのが通例だ。
僕はせめて拘束でもしようかとランドの方に足を踏み出して、
「……ん?」
ランドの近くに、真っ黒なアンプルが転がっているのが見えた。
(そういやこれ、セイリアに使おうとしてたような……)
もしかして、媚薬とかだったりするんだろうか。
僕はちょっとだけドキドキしながらアンプルに目を凝らすと、ピコン、と説明文が浮かんでくる。
《人形の薬(消耗品):服用後二十四時間、対象の筋肉を溶かし続けて腕力と敏捷を大きく減少させる。ただしHPが残っている場合には効果が薄い》
(筋弛緩剤だこれぇ!)
え、ガチな奴じゃん。
明らかに女の子にイタズラ目的でウェーイな奴らが使っちゃうタイプの薬(偏見)じゃん!
チラッとセイリアを見る。
彼女は鎧を剥ぎ取られて着衣も乱れ、どこか赤い顔でこちらを見つめていて、そう言われるとなんだか色っぽく感じてしまう。
いや、まあ、〈フォールランドストーリー〉はエロゲじゃないと思うから、そういうシーンが描かれることはないとは思うけど、もしかすると本当にやばいところだったのかもしれない。
(これ、持っておくの嫌だなぁ)
と思いながら、アンプルもとりあえず回収して、
「あ、そうか」
そこで、名案を思い付いた。
いまだ目覚める様子のないランドに近付くと、プシュ、っと黒い筋弛緩剤を投入する。
HPがミリ残りしてるから100%の効果は発揮しないだろうけど、これで二十四時間は弱体化するはずだから「目が覚めて逃亡」なんて事態も防げるだろう。
明らかにまともな薬じゃないし、もしかするとやばい副作用とかあるかもしれないが、セイリアに使おうとしてたんだし何かあっても自業自得だ。
(――犯人逃亡も防げてやばい薬も始末出来た! ヨシ!)
僕は壁にめり込んだままピクピクと痙攣するランドを見守って、うんうんと自画自賛をしたのだった。
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インガオホー!!
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