第十九話 マイン・スイーパー


 公爵家の馬はやばかった。

 並みいる魔物共をちぎっては投げちぎっては投げ……はしなかったけど、たまーに出てくる雑魚モンスターなんて一撃で粉砕して、普通の馬ではありえない速度でほぼ休みなく走り続け、あっさりと帝都に辿り着いてしまった。


「……本当に、何事もなく着いちゃったなぁ」


 いいことではあるのだが、絶対原作守護るマンとしては何かイベントの取りこぼしがなかったかだけが不安だ。


 とはいえ、過ぎたことはしょうがない。

 その日は事前に予約を取ってもらっていた高級そうな宿に一泊して、学園の試験に挑む。



 ※ ※ ※



 翌日。

 この日だけは学園行きの乗り合い馬車が宿の前まで寄ってきてくれるらしく、僕はそれを利用することにした。


(ここで道に迷ったなんてことになったら馬鹿らしいしなぁ)


 宿の前で、いつものルナ焼きを食べながらぼーっと待つ。

 と、その時不意に、僕の視界に影が差す。


 同時に、やかましい声も一緒に降ってきた。



「――おいお前! うまそうなもの食べてるじゃないか!」



 振り向くと、そこにはとんでもない大きさの肉の塊、いや、巨漢がいた。


「……え、だれ?」


 思わず、素の言葉が出る。


 いくらなんでも、こんな肉だるまみたいな人を見たら忘れないはずだ。

 明らかに初対面だと思うのだけれど。


「はぁぁぁ。お前、ここで待ってるってことは学園入学組だろ? それなのにボクを知らないってのはね。はぁぁぁぁ……」


 これ見よがしにため息をついている様子に、僕もようやく頭が働いてくる。


 よく見ると身体のサイズがやばいだけで、どうやら彼は僕と同世代。

 だとすると学園の新入生ということで、さらに言うとこのいかにもな特徴的なしゃべり方。



(――もしかして、イベント!?)



 そう思うと俄かにやる気が湧いてくる。

 ただ、向こうにしてみると僕の変化なんてどうでもいいようで、


「ふん、とりあえず授業料だな。ほら、それ寄越せよ」


 なんて言いながら、僕のルナ焼きに手を伸ばそうとしてくる。


「……悪いけど」


 ほんの少しだけ迷ったけれど、これはルリリアが僕のために作ってくれたものだ。

 たとえトラック一台分くらい納入……プレゼントされていて消費が追いつかなくなっていたとしても、これを他人にあげる訳にはいかない。


 僕がそう言ってルナ焼きを抱え込むと、彼はプルプルと震え出した。


「ふ、ふふ。まさか、スイーツ魔法伯の嫡男、このマイン・スイーツ様に逆らうバカがいようとはね!」

「あ、マインくんって言うんだね。よろしく」


 なんかよく分からないが、勝手に話を進めてくれて助かる。

 これはどんなイベントなんだろうか、僕がワクワクしながらマインくんを見ていると、


「だ、誰が勝手に名前を呼んでいいって言ったよ! もう許さないぞ! 名前を名乗れ!」


 まん丸い顔を真っ赤に膨れ上がらせたマインくんが、僕に指を突きつけて叫ぶ。

 この流れ、もしかするとライバルイベントだろうか。


 とにかくここでしくじる訳にはいかない。

 物語の主人公らしい好人物をイメージして、笑顔と共に全力の自己紹介を決める。



「――僕はアルマ・レオハルト。レオハルト公爵家の次男なんだ」



 けれど……。


「レ、レオ、ハルト……?」


 僕の言葉に、マインくんの顔色が変わった。

 その無駄に血色のよかった丸っこい顔から、どんどんと血の気が引いていく。


「あ、あの、まさかとは思うけど、学園にきょ、兄弟がいたりとか……」

「レイヴァン兄さんのこと? 兄さんなら……」


 その言葉を、最後まで言い切ることすら出来なかった。



「エ、エ、エレメンタルマスターの弟!! しゅみませんでしたぁぁああああああ!!」



 まるで特大の地雷を踏んでしまったとばかりに奇声をあげて突然謝りだしたと思ったら、一目散に駆け出してしまった。


「あ、ちょっ……」


 止める暇も何もなかった。

 姿に似合わぬ素早さで、あっという間に見えなくなってしまう。


 あの子馬車に乗らなくていいのかな、とか、あっち学園とは反対方向じゃないかな、とか、色々と思うところはある。

 ただ、とりあえず……。



(……兄さん、一体学園で何やってんのさ)



 一人になった宿の前で、僕は二年ぶりに会う兄の顔を頭に思い浮かべ、大きなため息をついたのだった。



 ※ ※ ※



 結局、マインくんは二度と宿の前に戻ってはこなかった。


(あれは、イベント……だったのかなぁ)


 本当にイベントだったのか、イベントだとしたらあれが本当に規定路線だったのか。

 全てにおいて不完全燃焼感は否めないものの、考え込んで遅刻したら目も当てられない。


 やがてやってきた馬車に一人で乗り込んで、街並みを眺める。


(あの子はレベル2。あっちはレベル8か。あの兵士っぽい人は……レベル31!? すごいな)


 乗り合い馬車と言いながら、乗客は僕一人だった。

 先ほどの鬱憤を晴らすため、というほどでもないが、暇つぶしがてらにモノクルを使って街を眺めていると、色んな人がいて面白い。


 あ、ちなみにこの馬車の馬のレベルは8だった。

 よかった、普通だな!


(逆に言うと、そんなものを用意出来るくらい公爵家ってすごいんだな。父さんたちのレベルも見ておきたかったけど)


 公爵家にいた頃はあまり戦いに関わるものについては見ることが出来なかったから、情報があまりないのだ。


 異世界転生モノなんだから鑑定チートがあってもよかったのになぁ、なんて甘えたことを考えながら、街の人たちのレベルを覗き続ける。


(レベル4、レベル7、レベル9。レベル24、23、24)


 こうして見ると、戦闘員とそうでない人で明確にレベルが分かれているのが分かる。

 レベルが高めなのは兵士っぽい人と、あとはやっぱり冒険者っぽい服装の人だった。


(レベル18、14、15。まだ駆け出しかな。んー。じゃああっちの強面の人は……えっ!? レベル76!?)


 今まで見た中で……あ、いや。

 今まで見た「人」の中では群を抜いて強い!


(まさか、原作キャラ!?)


 もちろんミリしらな身の上では判別はつかない。

 だが、今後シナリオで関わることがあるかもしれないから、せめて特徴だけでも目に焼きつけようと、僕が窓から身を乗り出した直後、



「――お客さん、そろそろ見えますぜ」



 丸っきりはしゃいでいる子供を見る目をした御者さんが、笑いを堪えるような声でそう言った。


「……はい」


 流石に恥の気持ちが勝った僕は、モノクルを外して身体を馬車の中に戻し、前を見た。


 窓の向こうに小さく覗くのは、いかにもゲームに出てきそうなレンガ造りの校舎。



「――あれが、〈帝立第一英雄学園〉」



 転生してから、十五年。

 転生に気付いてから、九年。


 僕はようやく、ゲームの舞台スタートラインに足を踏み出したのだった。

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