第十八話 快適で安全な馬車の旅


 馬車は快速で帝都への道を駆けていく。

 整備されてない道じゃ揺れが、とか中世の馬車は速度が、なんて心配をしていたが、ここはファンタジー世界で僕は仮にも公爵家の息子だ。


 乗っている馬車も重量軽減だの浮遊だのの魔道具が使われている上に、引っ張る馬も強靭な特別仕様。

 乗り心地も悪くない上に、夜のうちには帝都についてしまうというお手軽さだった。


 しばらくは窓を流れる景色を眺めていたが、そんなものも十数分もすれば飽きてくる。

 だから僕が言いつけ通りに馬車の中で父さんからの餞別を開けてみると、


「お、おお! これは……」


 そこに入っていたのは小さなモノクルだった。

 なんだか突拍子もない贈り物に見えるけれど、これは僕がずっと欲しいと考えていたものだ。



《探偵のモノクル(装飾品):これを通して相手を見ると、図鑑に登録されていない相手でもレベルが分かる》



 目を凝らして説明文を読むと、その内容は僕の期待していた通りのもの。


(これ、これだよ!)


 かけると相手の強さがなんとなく分かるようになるモノクルがある、というのは噂で聞いていた。

 学園に通うにあたって、戦う相手のレベルだけでも分かればずいぶんと違うはずだ。


(これは嬉しい! ……けど、「図鑑」ってのがあいかわらず謎なんだよなぁ)


 あれから九年が経っても、メニュー上の「図鑑」の項目が開放されることはなかった。


 ただ、「図鑑」がどういうものかはなんとなく輪郭が見えてきている。

 アイテムやモンスターの説明を見た時、たまに「閉じた本」のマークが端に表示されることがあるのだ。


 初めはなんなのか、全く見当もつかなかったんだけど……。


(あれはたぶん、「図鑑」に登録可能なアイテムやモンスターなんだ)


 さらに言うのであれば、原作〈フォールランドストーリー〉に登場していたアイテムか、そうでないか。


 例えば、大陸全土で食べられているらしい〈ルナ焼き〉には図鑑マークがあったが、この地域のご当地お菓子、父の名が冠された〈レイモンド揚げ〉は効果自体は見れるのに、図鑑マークがなかった。

 要するに〈レイモンド揚げ〉のような図鑑マークがないものは原作にはアイテムとして存在していなくて、それをゲームを現実化するにあたって、神様が気を利かせて説明や効果を加えてくれたんだと思う。


(図鑑登録に必要っぽいアイテムはもう手に入れてはいるんだけど)


 僕が入手したのは〈おてがルーペ〉とかいうふざけた名前のアイテム。


 試しに近くに出没するモンスターに使うと、おなじみの頭の上のHPMPゲージの下に「LV 攻撃 防御 魔攻 魔防 敏捷」の主要ステが表示されるという優れものだったのだが、残念ながら使い捨て。

 地元にはあまり流通していないようで、数個しか手に入らなかった。


 無駄遣いをする訳にはいかないから、いつも狩りをする場所の魔物の強さを記録するのに使ったが、一度ルーペを使っても魔物の「閉じた本」マークが変化することはなかった。

 これだけだと、「図鑑」に登録される条件を満たしていないということだろう。


(機能開放の条件が、全く分からないんだよなぁ)


 学園に通った瞬間に開放される、ならいいんだけど、少しだけ不安だ。



 ……まあ、今はそんなことは置いといて。

 せっかくだからと僕はさっそくモノクルを片目にかけてみた。


(見える! 見えるぞッ!)


 試しに御者さんに視線を向けると、



  LV 12



 おなじみのHPMPゲージの下に、ぴょこんとLVの表記が追加されていた。


 ルーペの簡易版といったところだけど、壊れる様子はない。

 普段使い出来るのならば、これでも十分に役に立つ。


 しかし12レベルというのはなんともコメントに困るレベルだ。

 一般人にしては強い気がするし、かと言ってモンスターが出た時に十分に戦えるかというと、ちょっと心もとない気もする。


 試しに僕が、モンスターが出た時にどうするかと尋ねると、


「はっはっは! 大丈夫ですよ坊ちゃん。この街道周辺の危険な魔物は間引かれてますし、この馬車は公爵家仕様の特別製! 魔物くらいなんてことありませんって!」


 そんな風に笑うが、僕にはフラグにしか聞こえなかった。


 何しろ僕はゲームの主人公!

 こういう時はチュートリアル戦闘が始まるって、相場が決まっているからね!


「……来た」


 そんな風に考えたのが、本当にフラグになったのか。

 五分ほどすると、道の前方に緑の影が見えた。



 ――ゴブリン。



 全地域に生息するLV5の雑魚モンスターで、当然図鑑マークもある魔物だ。


 何度も倒してきた相手だが、旅立ち後のチュートリアル戦の相手にこれ以上ふさわしい奴もいないだろう。


 身を乗り出し、剣を手に取る。


「おじさん、僕が……」


 そして御者台に顔を出し、おじさんに声をかけようとした時だった。




 ――ボグシャア!!




 馬車は全く速度を緩めることなく直進し、ゴブリンたちを轢き飛ばしてしまった。


「え、えぇぇ……」


 慌てて背後を見ると、回転しながら吹っ飛ばされ、血反吐を吐いて地面に倒れ伏すゴブリン。

 当然、即死だ。


「ん? 坊ちゃん、そんなところに顔を出してると危ないですぜ」


 しかも、今まさにモンスターを轢き殺したというのに、おじさんは何事もなかったかのように馬車を走らせていた。

 あまりの状況に、頭がくらくらしてくる。


(なにこれ! というかあの馬もおかしいでしょ!)


 思わず苛立ちの混じった気持ちで、馬たちにモノクルを向けると、




  LV 77




 ……僕は無言で、剣をしまった。


―――――――――――――――――――――

完全敗北!

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