第十七話 母の想い

この作品だと初めてかもしれない三人称視点です!


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 遠ざかっていく馬車の音を見送って、レオハルト公爵家当主、レイモンドは深く息を吐いた。


「……行って、しまったね」


 彼にしては珍しい、気の抜けたような声。

 吐き出した息には、安堵と同量の寂寥が籠められているようだった。


「ええ」


 対して、その隣に立つ妻、ルシールの声はいまだに固かった。


「まだ、心配なのかい?」


 レイモンドの言葉は妻を思いやる真心から来たものだったが、その不用意な問いかけが、ルシールを激発させた。


「そんなの、当たり前でしょう!」


 普段、声を荒らげることなどない妻の、怒声にも似た叫び。

 それは、レイモンドを少なからず驚かせた。


 燃えるような妻の瞳は、「あなたは心配じゃないの?」と雄弁に問いかけている。

 しかし、レイモンドは首を横に振った。


「だけど、あの子は力を示したよ。少しいびつだったけれど、攻撃魔法を見事に操ってみせた」

「だからよ! やっぱりあの子の成長はおかしいわ! 十五歳なのにあんな位階レベルで、あそこまで魔法を使いこなすなんて……」


 妻の予想外の言葉に、レイモンドは眉根を寄せた。


「待ってくれ。それの何が問題なんだい? 君は、何を心配しているんだ?」

「え? だから、つまり、その……」


 ルシールは何度も言葉に詰まり、しかしついに、夫にその胸の内を明かす。



「――あの子が行ったら、学園が大混乱してしまうんじゃないか、って」



 レイモンドはしばらく、その言葉の意味を咀嚼するように黙り込んでいたが、


「ぷっ、ふふ! あはははははは!!」


 唐突に、周りの使用人たちがぎょっと目を見開くほどの声量で、口を大きく開けて笑い始めた。


 久しく見たことのない、レイモンドの本気の笑い声。

 その姿を見て、温厚で知られるルシールも流石に眉尻を吊り上げた。


「も、もう、笑うなんてひどいわ、あなた!」


 けれど、レイモンドはいまだにおなかを抱えたまま、それでも必死に笑いの衝動をこらえて、妻に弁明する。


「い、いや、すまない。でも、まさか君が、ずっとそんなことを気にしていたなんて……」

「だ、だって……」


 なおもふくれるルシールに、レイモンドは目尻の涙を拭い取って、あっさりと答えた。


「それこそ、無用な心配というものだよ。君は、もっとあの子たちを信じてあげてもいいんじゃないかな?」

「あなた……」


 それでも不安そうなルシールに、レイモンドは優しく語りかける。


「色々なことはあったけれど、結果としてあの子たちは私たちの思惑を超えて、私たちが思うよりずっとたくましく、ずっと強く、そしてずっと正しく育ってくれた。だから、ね」


 そうして……。

 遠き帝都の方角を見つめながら、偉大なる公爵である彼は、力強く言い切った。





「――もし学園が潰れちゃったりしても、あの子たちなら大丈夫さ!」




 ルシールは夫の言葉にしばらく目をぱちくりとさせていたが、


「……まあ! それもそうね!」


 すぐに花開くようないつもの笑みを取り戻し、二人は楽しげに笑い合ったのだった。


―――――――――――――――――――――

仲良し夫婦!!

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