第三十二話 精霊術


「――もう、反省してよね! ほんっとーに、心配したんだから!」


 数十分にもわたる説得の末、ようやく機嫌を直してくれたティータと一緒に、放課後の訓練場を寮まで戻る。


 初日はホームルームのようなものもなく、授業終わりに現地で解散したため、もう周りにクラスメイトの姿はない。

 そこら辺の割り切りは実力主義かつ効率主義な帝国っぽいと思う。


 授業が終わってから、トリシャだけはちょっと僕と話したそうにしていたが、僕がティータに平謝りに謝っているのを見て、苦笑いしながら友達と一緒に帰って行った。


 ……いや、考えてみたらティータの姿は僕にしか見えない訳で、だったら僕は一人で虚空に謝るやばい奴に見えたのでは?


 頭の中に恐ろしい想像が浮かんでしまったが、突き詰めても誰も幸せにならないので、気付かなかったことにする。


「あ、それで、一応確認なんだけど、あの時に僕が魔力切れになったのって、ティータが魔法を使ったからなんだよね?」


 ティータの愚痴が途切れたところを見計らってそう問いかけると、ティータもばつが悪そうに顔を逸らした。


「あ、うん。そうね。……それについてはまあ、アタシもちょっとだけ、その、ほんのちょっとだけだけど悪かったわよ。ニンゲンって魔力が少ないから、精霊術を使ったらエネルギー切れになっちゃうって忘れてたわ」

「まあ、それはしょうがないよ。僕もあんまり考えてなかったし、『全開で』って言っちゃったしね」


 これまでの言動からも分かっていたが、やっぱりティータは人間と契約するのは慣れていないらしい。


 まあでも、その辺も含めて伸びしろというか、僕と一緒に成長してくれる感じがして悪くないんじゃないかと思う。


「でも、そうなるとティータにあんまりポンポンと精霊術を頼む訳にはいかないね」


 何しろ、魔力切れまでたったの二秒。

 短期決戦用と言えば聞こえはいいが、あまりにも短期過ぎてもはや一発芸の領域だ。


 僕の言葉に、ティータはムキになったように唇を尖らせた。


「あ、あれはその……ちょっと強いのを使っちゃったからよ! 〈シルフィードダンス〉なら効果は弱いけどもうちょっともつから!」


 なんて言うけれど、目が泳いでいる。

 僕の不信が伝わったのか、ティータは両手をパタパタとさせて猛アピールしてきた。


「そ、それに、契約者の魔力を使って発動するメリットもあるわよ! 初めはアタシを通してしか使えない精霊術も、慣れてくると契約者の方でも発動できるようになるのよ! ……ま、まあ? それにはながいながーい訓練と、千年に一人レベルの魔法の腕前が……」

「あ、ほんとだ。覚えてる」

「……へ?」


 話の途中でもしやと思ってメニューの風の魔法の欄を見ると、〈シルフィードダンス〉がしれっと追加されていた。


 これ普通に使えるのかな、とメニュー画面からポチッとやると、僕の身体が風に包まれた。

 おお、これはすごい、と僕がにんまりしていると、



「――え、あ、はぁあああああああああ!?」



 突然にティータが耳元で叫び出し、僕は慌てて両手で耳をふさいだ。


「な、なんでアンタがそれ使えるのよ!」

「い、いや、だってティータが使えるって……」


 流石の理不尽に僕がなんとか反論しようとすると、その三倍くらいの勢いでティータがまくし立ててくる。


「アタシはたっくさん訓練したら、もしかすると使えるかもしれないなー、いやまあたぶん一生使えないだろうけど、ちょっとアンタにも夢見させてあげるために一応使えるって言っといてあげてもいいかなー、アタシってやっさしいなー、って思って教えてあげたの! なのになんで今使えるようになってんのよ!!」

「いやそれ、割とひどいこと言ってない?」


 とツッコむが、ティータはもちろんまったく聞いていなかった。

 むむむむと僕を探るようににらみつけたかと思うと、さらにハッとして僕を指さした。


「そ、そうだわ! それに詠唱はどうしたのよ、詠唱は! ニンゲンって、魔法名を言わないと魔法を使えないって聞いたわよ!」


 まさかアンタも精霊じゃないでしょうね、みたいなきつい視線で、ティータは僕を詰問する。

 人間に対して無知な割に、鋭い質問を飛ばしてくる。


「それは……が、頑張ればなんとかなるんだよ」

「なんとかなるの!? すごいわね、ニンゲンも!」


 なんだか興奮しすぎて、変なテンションになっている。

 ただ、興奮してるのは僕も同じだった。


「いや、でもやっぱりすごいよこれ! これからはこの魔法、いや、精霊術が僕にも使えるってことだよね?」

「そりゃ、まあ、アタシと契約してる間はアンタ一人でも使えるだろうけど、でもそれ、やっぱりアンタには魔力消費が……アルマ?」


 ティータはまだ何かを話していたが、僕の視線は自然とティータから逸れていた。

 その視線の向かう先にあったのは、実家の庭にあったのと似た雰囲気の施設。


「あ、あれれー。あそこにあるのは、なんだろー」


 僕の口はいたって当然の疑問を口にして、僕の足はなぜだかそっちに向かって吸い寄せられるように進んでいた。


「な、なんだろーって間違いなく魔法の練習場でしょ! 授業で聞いてたじゃない!! って、あそこに行っちゃ、絶対ダメだからね! 〈シルフィードダンス〉だって魔力消費大きいんだから、そんなの練習してたらアタシの召喚がまた切れちゃう! だから絶対に……って、アルマ!? ちょっ、こら、止まりな――」



 ※ ※ ※



 そして、十数分後。


「アルマのバカ、アホ、きちく、おに、あくま、でべそ、とりあたま、やきとり……」

「うぐ……」


 ティータのやまない罵倒の嵐にも、反論の言葉がない。


 いや、まずいとは思ったんだけど、〈シルフィードダンス〉は今までの僕のレパートリーにはない、画期的な魔法だ。

 色々と出来ることが増えたのが楽しくて、ついつい我を忘れて熱中してしまった。


「反省してる、って言ったのに」

「う……」


 もちろん、気が付けば当然のようにMPなんて消し飛んでいて、ティータの召喚も解けてしまっていた。


「ご、ごめんね。でもほら、今回はすぐ呼んだから……」


 新しい魔法をひとしきり楽し……検証したあとで、今度はすぐにティータのことを思い出してマナポーションを飲んだため、再召喚まで何時間も放置したりはしなかった。


 ただ、当然ながらティータの機嫌は急降下。

 こちらとしても罪悪感があるため、何を言われても甘んじて受けるしかなかった。


「はぁぁ。アンタって、ほんっっとにダメな奴ね!」


 ただ、言いたいだけ言って、少しだけティータの気持ちも落ち着いたようだ。

 さっきまでと比べると、言葉のトゲが当社比三割ほどやわらかくなっている。


 ティータは僕の前でふんすと腕を組むと、悟ったような顔で続ける。


「やっぱり、ニンゲンっていうのは聞いてた通り、おろかでぜーじゃくな生き物だわ! アタシがしっかりお世話して育ててやらないと……」


 そう言って僕を見る目は、完全にバカ犬を見る飼い主の視線だった。

 もはや完全にペット枠。


 ……ん、でも割とそれもありなんじゃ、なんて血迷いかけた時だった。



「――え、ケンカ?」



 突然に訪れた争いの気配に、僕は思わず足を止めた。

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