第三十一話 やらかし


(――やっちゃったぁ!)


 セイリアとの模擬戦で僕がリングアウトしてしまったのは魔力MPが切れてしまったからだが、その原因は、どうもティータが使った〈ライトニングスピード〉という精霊術にあったようだ。


 契約精霊というのは、あくまでも契約者を補助する存在。

 だから精霊が使う精霊術も、それで消費する魔力は精霊本人ではなくその精霊の契約者のものを使うらしい。


「だから、精霊に強い精霊術をお願いすると、こっちがまだ何も魔法を使ってなくても魔力切れになっちゃうことがあるんだって」


 というのは、模擬戦が終わったあとにこっそりと僕のもとにやってきてくれたトリシャの言葉だ。


「ただ、それでも普通、あんなに早く魔力切れになることはないはずなんだけど……」


 どうもティータが使った〈ライトニングスピード〉はアホみたいにMPを食う魔法だったらしく、発動していた時間がたったの二秒程度だったにもかかわらず、一瞬で僕のMPを食いつくしてしまったようなのだ。


(ま、まあ、あの魔法どう考えてもやばかったもんなぁ)


 敏捷22の僕が、敏捷146のセイリアを驚かせる速度で動けたんだから、相当高度な魔法だったのは間違いがない。


 本来であれば、そんなやべー魔法を使える精霊と、大して魔力も高くない僕が契約出来るはずもないんだろうけど、


(ティータはイベント精霊だから……)


 まさに、こちらの能力を超えた精霊。

 アンバランスにもほどがある。


 それでこそ主人公、とは思うけれど、実際に自分の身に起こってみると割と大変だ。

 僕ならメニューから魔法を使うことで、MP切れの状態でも最大HPを削って魔法や技を使うことも可能ではあるけれど、


(あれは、命にかかわるからなぁ……)


 その危険性については、九年前の時点ですでに骨身にしみている。


 何しろここは原作の舞台で、突然どんな災難が降りかかってくるか分からないのだ。

 色んな意味で安全な公爵家の敷地内で使うのとは訳が違う。


 緊急時にはそうも言っていられないかもしれないが、基本的には何が起こっても対応出来るように、最大HPは出来るだけ満杯状態に、可能ならちょっとした魔法を使えるくらいのMPも常に確保しておきたい。


(この辺の話は、ティータともしておいた方がいいんだろうけど……)


 ただ、残念ながら、ティータとは今一時的に音信不通だ。


 僕もあんまり詳しく知らなかったのだけど、精霊は魔力によって契約者と結びついているので、契約者のMPがなくなると一時的に呼び出していられなくなるらしい。


「まああくまで呼び出せなくなってるだけで、契約が切れちゃった訳じゃないから大丈夫! 魔力が戻ったらすぐ再召喚出来るよ!」


 なんてトリシャが明るく保証してくれたので心配はないんだけど、いつも騒がしかったティータが隣にいないとなると、なんとなく調子が出ない。

 ただ、そんな風に感傷に浸っている時間もなく、



「――んじゃ、次はディーク・マーセルド対レミナ・フォールランド、やってみるか!」



 そこで教官のそんな声が聞こえてきて、トリシャが飛び上がる。


「ご、ごめん! わたしもそろそろ戻らなきゃ!」


 彼女は僕の隣からそそくさと立ち上がると、ごめんね、と両手を合わせて足早に去って行ってしまった。


(……忙しい子だなぁ)


 彼女の行き先を視線で追うと、トリシャは慌てた様子で今度は別のクラスメイトのところへ行って、何やらまくし立てている。

 遠くてはっきりとは分からないが、話しかけられている女の子の方は何かそういうギミックの人形みたいに、コクコクとトリシャに言われるがままにうなずいているのが見える。


 どうやらトリシャはあの調子で、あちこちでおせっかいを焼いているみたいだ。

 トリシャの思惑も今一つ読み切れてないんだけど、こちらは色々と教えてもらっている訳だから実際問題頭が上がらない。


(……これで、よかったのかなぁ)


 正真正銘一人になって思うのは、やはりさっきの模擬戦のこと。

 あれで負けたのがイベントの既定路線なのか今一つ確信は持てないけれど、少なくともいきなり目の前にゲームオーバーの文字が出て世界が終わる、みたいなことには今のところなっていない。


 ついでに、セイリアが「やはりお前はこの学園にふさわしくなかったな! お前をこの学校から『追放』するッ!」みたいなことを言い出すかとビクビクしてたんだけど、そういうのもなし。

 むしろさっき目が合った時は向こうから視線を逸らしてきたので、ちょっと何がどうなっているのかよく分からない。


(……まあ、いいか)


 正解だったのか不正解だったのかなんて、今の僕には知りようがない。

 一度模擬戦をした生徒は今日は出番はないみたいだし、とりあえず……。


(情報収集、するぞぉ!)


 僕はモノクルを取り出すと、完全に観戦モードになって、クラスメイトたちの戦いにかぶりつく。


 何しろここは剣と魔法の世界。

 自分がやるのは嫌だけど、他人が戦うのを見るのは正直めちゃくちゃ楽しみだ。


 僕はそうして、空を火の玉や雷撃が飛び交い、地が割れて斬撃が宙を舞う、そんな映画顔負けの一大スペクタクルを存分に堪能し、



「――ア、アルマのバカァアアアア! どうしてすぐに呼んでくれないのよ! めっちゃくちゃ心配したんだからぁ!!」



 ティータの再召喚を忘れていることに気付いて青くなったのは、それから実に四時間後のことだった。


―――――――――――――――――――――

放置少女!

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