第三十話 電光石火
(……どうしたもんかな)
教官が起動させた決闘用のリング、その上に登っても、まだ僕はどうするべきかを迷っていた。
(これ、負けイベント、なのかなぁ)
発生の感じからして、強制イベントなのは間違いないとは思う。
ただ、どう振る舞うのが正解なのか分からないのだ。
ゲームでのアルくんもレベルは低いはずだし、一方セイリアのレベルはたぶん80オーバー。
どう考えても現段階では勝ち目なんてない。
(って、普通のゲームならなるところなんだけど……)
この〈フォールランドストーリー〉は、何度もゲームオーバーを重ねて活路を見つけていくゲーム……らしい。
だとしたら、ここで負けてしまうとゲームオーバー、なんて可能性もゼロではないと思えるのが怖い。
(……まあ、全力でもがけるだけもがいてみるか)
いくら高難易度とは言っても、流石にゲーム開始時の最初のイベントで一発ゲームオーバーになるほど鬼畜ゲーではないと信じよう。
「よーし、いいかぁ二人ともぉ!」
僕の心の準備が出来たのを見て取ったのか、いやにウキウキとした様子で教官がリングの外から声を張り上げる。
「さっきも説明した通り、この決闘用リングは
教官の矛盾マシマシ、殺意増量な発言を聞きながら、僕はちょっと顔をしかめた。
(MP切れでも負けで、回復も出来ないってのはきっついんだよなぁ)
僕は魔法の熟練度は高いから強い魔法ならたくさん覚えているけれど、レベルが低いからMPの最大値は低い。
武器の持ち込みは許可されているけれど、消費アイテムの使用は禁止されていてマナポーションも使えないとなると、長期戦は不可能だろう。
(斬られても怪我はしないっていうのは安心は出来るけど……)
気力というのはいわゆるHPだけど、HPが減るというのは「怪我をする」ということではなくて、「無意識に張っている魔法的なバリアのエネルギーが減る」みたいな感じらしい。
気力が残っているということはそのバリアに守られているということなので、よっぽどひどい攻撃を受けないとHPがある間に大怪我することはほとんどないようで、そこは安心材料ではある。
まあ、それはそれとして、
「そいつの安全性についちゃ、わたしが保証するぜ! 何しろわたしが何度対戦相手をぶち殺そうとしても大した怪我もさせられなかったからな!」
と言ってガハハと笑っているネリス教官は、一度教師という職についてきちんと考えた方がいいと思う。
一方で、剣聖の娘だというセイリアは、もうその辺りの情報はとっくに知っていたのだろう。
あいかわらず剣呑な眼つきで、僕だけをにらみ続けていた。
「親の力でAクラスにやってきた奴なんか、ボクは認めない! この剣で、ボクの努力が正しいことを証明してやる!」
剣を突きつけて宣言するセイリアに、僕は内心で首を傾げる。
(裏口入学的なことをしたと思われてるのかなぁ?)
まあ僕は断トツで弱かったし、そんなのがAクラスに入ってきたら不正を疑う気持ちも分からなくはない。
(……ただ、お生憎様)
僕だって、努力は重ねてきた。
それも人一倍、いや、人の十倍くらいには努力をしてきたという自負がある。
(――やってやるか!)
原作を最優先にしたいという気持ちは、変わらない。
でも何が最適解か分からないなら、全力でやってセイリアに一泡吹かせてやりたいという想いが、むくむくと首をもたげてくるのが分かった。
とはいえもちろん、敏捷に数倍の差がある相手に、感情だけで突っ込んで攻撃が当てられる訳がない。
だから……。
「……ティータ、あいつに攻撃を当てたい。補助、出来るか?」
僕の唯一無二の相棒に、小声で尋ねる。
返答は、すぐにあった。
「もう! だーれにものを言ってるのよ! そのくらい余裕に決まってんでしょ! すっごいのやってあげるから、ビビんないでよね!」
返ってきた相棒からの頼もしすぎる返答に、思わず笑みが漏れる。
「それじゃ、試合開始と同時に、頼む」
「まっかせなさい!」
最後の打ち合わせを済ませ、僕とセイリアは、互いににらみ合うように見つめ合って、
「――そんじゃ、セイリア・レッドハウト対アルマ・レオハルト! 模擬戦、はじめ!」
教官のやる気のなさそうな声を合図に、試合が始まった。
(――やっぱり、来ないか!)
念のため速攻を警戒したが、事前の情報通り、セイリアは待ちに徹して動こうとしない。
それなら好都合!
「ティータ、全開で!」
「オッケー! 本気、出しちゃうから!!」
ティータが威勢よくそう口にした瞬間、だった。
場の空気の流れが、歪む。
渦巻く力が、僕に、いや、ティータに向かっていくのが分かる。
(これが、本気のティータ……)
濃度を増した魔力が集まって、まるで空気に粘度が生まれたような錯覚を覚える。
触覚さえ刺激するほどの魔力のうねりが、高まり、集まって、もはや可視化出来るのではないかというほどに極まった、その瞬間に、
「――〈ライトニングスピード〉!!」
彼女が、吼える。
渦巻く魔力を完全に統制して、それが特定の指向性を与えられて僕の身体に吸い込まれていく。
「な、に? その、魔法……」
互いに一歩も動かないままで、震えた声を、セイリアがこぼす。
でも、その問いには答えない。
答える義理もないし、それに……。
(……僕も知らないし)
速度アップの魔法は〈シルフィードダンス〉だったはずなのに、突然飛び出してきたこの魔法はそれとは似ても似つかない。
集まった力も段違いで、身体にあふれる全能感に、こちらの方が震えそうになる。
ただ、この力で何が出来るかだけは、不思議と理解出来た。
だから……。
「行くよ」
短くそう宣言をして、僕は地面を蹴る。
「――なっ!?」
蹴りつけた足は物理法則を超えた速度を生み、視界に映る景色すら置き去りに、その身をただ標的のもとへと運ぶ。
――その速さはまるで、雷光のごとくに。
圧倒的に敏捷で上回るはずの相手の懐に、飛び込んでいく。
「ウ、ソだ……!」
ほんの一呼吸の間に、僕はリングの端から端までを駆け抜けていた。
流石は剣聖の娘というべきか、セイリアもかろうじて反応を見せるものの、その顔に大きな動揺と、そして怯えの色が浮かんだのは隠し切れない。
(――まだだ!)
ここまでは、ただティータの力を借りただけ。
本当に見せたいのは、ここから先。
(ここからが、僕の力!)
気合一閃!
僕は屈んだような体勢から右手に力を込め、その剣を一気に振り――
「……はれ?」
――気が付くとなんの脈絡もなく、僕の目の前にリングの外側の縁があった。
顔を上げると、遠くリングの上で呆然としているセイリアの姿も見える。
僕もセイリアも、そして周りで見守る生徒たちも、誰もが何も分からず、凍りつく中で……。
「……あー」
ただ、赤髪の教官だけはダルそうにガシガシと頭をかいてから、不可侵のはずのリングに足を踏み入れると、
「アルマ・レオハルト魔力切れにつき、リングアウト。……従って、勝者セイリア・レッドハウト!」
リングの中央でペタンと座り込んでいるセイリアの腕を持ち上げて、戦いの終わりを宣言したのだった。
―――――――――――――――――――――
ライトニングスピード!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます