第二十九話 情報屋トリシャ


 誰もいない男子更衣室で、ため息をつく。


(はぁ。大変なことに……)

「へへ、大変なことになっちゃったね!」


 突然飛び込んできた聞こえるはずのない声に、僕は飛び上がった。

 慌てて振り向くと、


「やっほ!」


 そこには、男子更衣室に絶対いてはならない、女性の声。


「君は、隣の席の!?」

「あったり! トリシャだよ!」


 僕の右隣。

 Aクラス女子のトリシャが、なぜかそこに立っていた。


「ここ、男子更衣室だよ!」

「まーまー固いこと言いっこなし。ここにはレオっち以外誰もいないし、どうせ防具をつけるだけなんだしさー」


 指摘しても、彼女は悪びれもせずにそう言い切った。


 まあ、僕がここに来ることになったのは、模擬戦ではちゃんと防具をつけろと教官がダルそうに防具一式を渡してくれたから。

 別に服を脱ぐ訳じゃないし、恥ずかしいってことはないんだけど、それにしても、だ。


「で、何しに来たんだよ?」


 不機嫌にそう言い放つと、トリシャはぐぐっとばかりに僕に寄ってきた。


「ちょっと隣の席のよしみで、情報を届けに、ね」

「情報?」

「そそ! じょーほう!」


 その反応に僕が食いついたと見たのか、トリシャはふふんと胸を張ると、



「――この勝負、わたしとしてはレオっちに頑張ってほしいんだよね。だから全力でレオっちのこと、サポートしちゃうよ!」



 などと言って、バチコンとウインクを決めたのだった。



 ※ ※ ※



 余計な問答をして、あまり時間をかけたくはない。

 僕は慣れない防具を苦心してつけながら、トリシャの話を聞くことになった。


「――〈セイリア・レッドハウト〉。あの高名な剣聖〈グレン・レッドハウト〉の娘さんで、剣爵家の跡取りだね」

「剣爵家……」


 つぶやいた僕の言葉に、彼女は律儀にうなずいた。


「そそ。子爵家の中でも剣に秀でた家に送られる称号。元々剣聖さまは政治には興味ないし、それでも功績がおっきすぎてどうしようもなくなったから適当に国から子爵家の奥さんをあてがわれただけで、本人はあいかわらず政治にも家族にも関心は持ってないみたいだけどね」

「あ、うん」


 いきなりトリシャの口から生々しい話が飛び込んできて、温度差に戸惑う。

 ただ、トリシャはそれに対して思うところもないのか、当たり前のように続けた。


「で、当然ながらセイリアちゃんも剣の腕はすごくて、同世代ではピカ一。あの年でもう三つの武技を使えるって噂だよ」

「なる、ほど?」


 今度は僕の反応が悪くないのを見て取ったのか、トリシャは楽しそうに続ける。


「戦闘スタイルは、動より静。本人は熱くなりやすい性格に見えるけど、実際の戦い方は慎重そのもの。後の先を取って相手の隙を突いて一撃で仕留める戦法が得意みたい」

「へぇ」


 それはありがたい情報かもしれない。

 もちろん信じすぎるのも危険だが、先手をこちらが取れるならそちらの方がありがたい。


「面白いのが常在戦場をモットーにしてて、斬撃どころか魔法をも防ぐ家宝の鎧を常に身に着けているとか」

「え、あの鎧って、魔法効かないの!?」


 そこで、とんでもない情報が飛び出してきた。


「うん。ま、鎧って言っても所詮はちょっとでかいブレストプレートみたいなもんだし、背中が割と空いてるから弱点はあると思うけどね」

「いやいやいや!」


 とりあえず開幕〈ファイア〉でなんとかならないかと考えていたんだけど、難しそうだ。

 これは本当に有益な情報かもしれない。


 それでも、僕が持っている最速の攻撃手段は魔法だ。

 本当に通用しないか、まず試してみるというのもいいとは思うけど、



「――接近戦で、やってみるか」



 なんとなく、セイリアを本当に納得させるなら、剣を交えた方がいいような気もしていた。


(接近戦なら、今回のことも「布石」になっただろうし)


 僕の切り札を一つ晒すことになるけれど、僕の奥の手が剣聖の娘相手にどこまで通用するか、確かめてみたくもあった。


「で、それから、能力測定の数値は……」

「ありがとう、トリシャ。そこまででいいよ」

「はへ?」


 ともあれ、もう時間切れだ。

 一応は防具を付け終わり、最後に父さんから誕生日プレゼントにもらった白い石のネックレスがきちんと防具の下に隠れていることを確認して、僕は着替えを終わらせる。


「本気の決闘用のフィールドを起動するには時間がかかるから、その間に着替えてこい」というのが教官がウキウキしながら言っていた話だ。

 これ以上手間取っていてはほかの人を待たせることになるだろう。


「おっとと、じゃあわたしは先に戻らなきゃ! んじゃ、模擬戦、頑張ってね!」


 トリシャはそう言うと、雰囲気に似合わぬ俊敏さで一瞬で姿を消してしまった。

 見切りをつけるのが早いというか、その機敏さには感心を通り越して呆れてしまう。


「……僕も、行かなきゃな」


 気は乗らないが、仕方ない。

 だって、僕は……。



「――絶対原作、守護るマンだから」



 固い決意を口にして、僕は戦場へと歩き出した。


―――――――――――――――――――――

なろう名物その二、引き延ばし!

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