第二十一話 皇女と貴族
「――大丈夫ですか?」
僕を呼ぶ優しい声に、正気を取り戻す。
「っは!?」
皇女様のあまりにショッキングなレベルに、ちょっと意識を失っていたみたいだ。
「ありがとうござ……え?」
僕は声をかけてくれた親切な人にお礼を言おうと口を開き、そこで目を剥いた。
「皇女殿下!?」
「はい。フィルレシアと申します。よしなに」
目の前にいたのは、当の皇女本人だった。
完璧な笑みで、こちらに小さく礼をしてくる。
学園は実力主義。
「ある程度」なら身分差も考慮しなくていいらしいが、皇族への対応なんて考えていない。
だが、皇女様はこちらの動揺など気にしていなかった。
「あ、これは……」
そう言って彼女がその細い指でつまみあげたのは、放心していた時に落としていたのであろう、モノクル。
(勝手にレベルを見ていたのがバレた……!)
顔から血の気がさーっと引いていく。
ただ、皇女様はまるでそんなことは気にしていない様子でモノクルを手に取って微笑むと、
「なるほど。……これでもう一度、私を見ていただけますか?」
そう言って、手ずから僕の顔にモノクルをかけた。
その瞬間、目に飛び込んできたのは、皇女様のレベル。
LV98
「あれ?」
しかしそれは、さっき見たものとは、まるで違っていた。
もちろん、レベル98だってめちゃくちゃ高い。
今日見た中では、ナンバーワンだ。
ただ、LV250という規格外の数値を見たあとでは、なんとかなるような気さえしてしまう。
「やっぱり。貴方は、私の精霊を見てしまったみたいですね」
「精霊!?」
精霊とは、〈精霊の御所〉で〈精霊の儀〉を行うことで仲間になる相棒的な存在。
ただ、その〈精霊の御所〉は帝国では学園にしか存在せず、学園入学前には獲得出来ないはず。
僕の動揺を見て、彼女はくすりと上品に笑う。
「皇家には、独自の〈精霊の御所〉がありますから」
……そうか。
学園でしか〈精霊の儀〉が出来ないというのは、あくまで一般レベルでの話。
確かに皇宮のどこかにもう一つの御所があるという情報は、どこかで目にした記憶がある。
僕が一人で納得していると、そんな僕の様子を、彼女の深い深い色を湛えた瞳がじっと見つめているのに気付いた。
思わず、鼻白む。
「ごめんなさい。貴方のお兄様からお話を聞いて、ずっとお会いしたかったんです」
「兄さんと、知り合いなの?」
とっさに出た僕の言葉に、皇女様は微笑んだ。
「……貴方のお兄様と私は『同じ』ですから」
「おな、じ?」
知らないことが次から次へと出てきて、混乱しそうになる。
目の前の皇女様とレイヴァン兄さん。
その共通点がまるで思いつかなかった。
「ですがもちろん、全部が同じという訳ではなくて、そうですね」
そこで彼女は、愉快な悪戯を思いついたかのようにくすりと笑う。
そして、「これ、本当は誰にも言ってはいけない秘密なのですけれど」と、僕の耳元に密やかに唇を近付けて、
「――私、〈デュアル〉なんです」
そんなささやきを残して、去っていったのだった。
※ ※ ※
皇女様が離れていっても、僕はしばらく呆然とそこに立ち尽くしていたけれど、
(って、そんな場合じゃない!)
ぶんぶんと、頭を振って雑念を追い出す。
――今は、皇女様のことは忘れよう。
あんなのはもう、序盤で思わせぶりな言動を取るけど、その意味が理解出来るのが中盤以降になる強キャラのムーブだ。
今まともに考えても答えが出るような予感がしない。
それよりも、今は会場全体のレベルの方が問題だ。
(レベル上げが、足りなかった……!)
ざっと見た感じ、会場全体の平均レベルは30半ば。
これからのクラス分けで最上位クラスに入ろうと思えば、レベル50は最低でも必要になってくるだろう。
だけど、言い訳させてほしい。
(――平均レベル50がスタートラインのゲームとか、普通ないじゃん!!)
実際、街の兵士やら冒険者やらはせいぜいが30平均。
僕が大人顔負けの、それも訓練を受けた大人顔負けのレベルになっているのは、間違いない。
だから見誤っていたのは、貴族とそれ以外の差。
――まさか、全員入学前にあんなに「仕上げて」きてるなんて。
貴族の戦いにかける本気度を、ちょっと甘く見ていた。
僕は元のゲームは知らないが、本を読んだり、周りの人から話を聞いたことで、この世界の貴族の在り方が、現実の世界とはまるで違うことは頭では分かっていたつもりだった。
――この世界では、貴族は統治者であるより先に戦闘者であることを求められる。
それはこの世界が絶えず魔物の脅威に晒されているからであり、この世界に魔法や位階なんてものがあるからでもある。
魔物は常に押し寄せてくるため人間同士で争っている暇はなく、また魔法によって嘘や罪を暴くことが出来るために犯罪、特に汚職の類が非常に少ない。
だから人にはよるが、貴族は統治は大体代官に丸投げというのも多く、それでも不正が生まれることは少ないのだ。
そしてもう一つ。
なぜ貴族がわざわざ戦いに出るかというと、それは魔法と
例えば元の世界なら、英雄が一人いるよりはそこそこ訓練された兵士や装備を百人、いや十人でも集めた方が大体の場合は効率的だろう。
だけどこの世界の場合、レベル10の兵士が千人いても、レベル50の英雄一人に全く敵わない。
もちろん一人では限界があるから兵士や軍は存在するものの、基本的に戦力の大きさを決めるのは数ではなく質になる。
――だからこそ、血統として魔法に秀で、戦闘に対する時間と心構えが出来ている貴族が戦闘のスペシャリストとして君臨するのが、この世界における貴族制なのだ。
んな設定作りこまなくていいんだよ!
なんでこんな世界で恋愛させようと思った!!
とは思うが、今さらそこを悩んでも仕方ない。
現実問題として、ほかの生徒たちのレベルが想定より高すぎるのはどうあっても変わらない。
(……それに、考えてみるとそこまで悲観するような状況じゃないかもしれない)
混乱していた時は、今までの僕の努力が無駄になってしまったと思ったが、冷静になるとたぶんそうじゃない。
(……これ、たぶん「原作通り」だ)
正直原作での「アルマ」がどんな訓練をしていたかなんて分からない。
ただ、「俺」は確かに書いていた。
アルはその恵まれた血筋とは裏腹に、本編開始時の十五歳の時には「落ちこぼれ」だった。
優秀な者たちが集う学園の中で、碌に魔法も使えない彼はステータス的にも物語的にも「弱者」だったのだ。
僕がレベル上げを25で「止めた」なんて余裕ぶっていられるのは、魔法をメニューから使い放題だったから。
つまり原作アルマくんは魔法もないし、僕みたいにメニューを使ったりも出来ない状態で訓練していたはずで、その状態で果たしてレベルを30だの40だのまで上げられただろうか?
……答えは否。
メニューから色んな情報を見れることや、転生者であることによる補正、ゲーム仕様と現実のズレなんかをうまく利用して、僕は強くなった。
原作アルマくんがただ漫然と戦うだけで、同じだけの強さを得られたとは思えない。
いや、まあ、たかがゲームの初期能力設定にそこまでの意味を見出すかはともかく、僕は、いや「俺」はもう予言している。
――アルマは「『最弱』から『最強』になる」と。
――それから「逆境を、勇気と根性で覆す」とも。
この記述が真実だとしたら、アルマくんのスタートラインは今の僕よりももっとひどかった可能性すらある。
うん、いや、その……。
(――どんだけの逆境に押し込まれてんだよ、原作アルマくん!!)
製作者はなんの恨みがあって、原作アルマくんにここまでの仕打ちをしたのか。
製作スタッフの方々を小一時間問い詰めたいところだが、今はそれはいい。
要するに、持っていたと思ったアドバンテージが、思ったよりも少なかっただけ。
プラマイゼロになっただけで、まだマイナスじゃない。
(そうだ! それに僕にはまだ、魔法がある! 兄さんや父さんだって褒めてくれた、魔法が!)
これからの試験も、模擬戦や魔法の使い方を見るんだったらまだ挽回のチャンスはあるはず!
僕は決意も新たに立ち上がり、
「――では、これより筆記試験と、
秒でその場に崩れ落ちた。
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やさしくないせかい!
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