第二十二話 精霊の儀
――終わった。
筆記試験と能力測定を終わらせた僕は、燃え尽きたようにしてその場に佇んでいた。
いや、実際に燃え尽きてしまえたらどんなに楽か、とばかりに黄昏ていた。
……筆記試験については、まあいい。
当然対策してきたし、僕には日本の知識というチート能力がある訳で、正直満点取れてもおかしくない程度の出来だった。
問題は、ステータスの測定の方。
実技試験の内容については一応は秘密ということになっていて、父さんや兄さんに聞いても、「どのみち対策は意味がないから、実力をつけるしかない」と言われていた。
(こういうことだったなんて……)
能力測定の名の通り、この試験で測るのは本当に原始的な能力。
それぞれの能力に関わるような行動を、一つの項目につき二つ程度行って、その平均値で基礎能力を割り出すらしい。
――測るのは、〈おてがルーペ〉で調べられる「攻撃 防御 魔攻 魔防 敏捷」の五項目。
しかも「魔力」であれば「測定用の魔道具に本気で魔力を込める」のように、技術があまり関連しないような単純作業で、魔法熟練度や詠唱の熟練度が役に立つ余地がない。
(う……。まずい、まずいぞ)
試験官は個人情報保護法なんて知ったことかとばかりにその場で結果を叫ぶのだが、これがきつい。
当然ながら僕のレベルは底辺を行っているので、悪目立ちするくらいに基礎能力も低かった。
特に、敏捷。
僕と同時に敏捷試験をやった生徒がなぜかガッチガチに防具をつけていた女の子で、彼女の敏捷が146だったのに対して、僕の敏捷はたったの22。
その時の女の子の、驚愕と侮蔑がブレンドされた視線が忘れられない。
(うああああああ! 思い出すだけで、うわあああああああ!!)
……幸いなのは、この試験が「合否」を判定する試験じゃなくて、「クラス分け」をする試験だということ。
父さんが「学園に通うのは貴族の義務」と言っていた通り、この試験ではまず「落ちる」ということはない。
「貴族である」という最低要件さえ満たせば、不合格ということはまずないそうだ。
そして、その最低要件とは「魔力がある」ことと、「〈精霊の儀〉を成功させる」こと。
基本的に不合格を言い渡されることはまずないとはいえ、このどちらかに失敗した人だけ数件、落とされた例が過去に存在しているとか。
(……ただ、クラス分けも重要なんだよね)
学園は実力主義。
入学時の試験によって生徒はA、B、Cの三つのクラスに分けられ、クラスによって受けられる授業が違うとか。
よくあるアニメや小説なんかのように、クラスによって露骨に対応が違う……かはともかく、特にごく少数しか選ばれないAクラスになることは貴族子女の憧れで、英雄学園のAクラスだからか、このクラスは「英雄クラス」なんて呼ばれているらしい。
「非常に優れた能力を持っている」か、もしくは「ほかと比べて特に秀でた能力がある」場合にしか選ばれることはなく、ゲームによくいる一点突破系ヒロインとかならこういうのでAクラスになるだろうというのが容易に想像出来る。
(実際、このゲームのヒロインが所属するとしたら圧倒的にAクラスなんだよなぁ)
少なくとも、皇女をはじめとする例の「ファイブスター」とか呼ばれている人たちは、おそらく全員、Aクラスに行くだろう。
(落ちこぼれのアルマくんがCクラス以外に行けたとは思えないけど、これ周回出来るゲームだし、ううん……)
Cでも詰みにはならないと思うけど、ヒロインとのイベントが多くなるのであれば、上のクラスに行くメリットは十分にある。
クラスの昇格というシステムはあるが、これは当然のように年に一回。
しかも飛び級はないようなので、Cクラスに決まってしまったら、Aに上がるのは三年目になってしまう。
(……さぁて、どうしようかな)
試験も終わったのに何を悩んでいるのか、というと、〈精霊の儀〉についてだ。
〈精霊の儀〉も試験の一環として、このあとすぐに行われる。
自分にどの精霊がつくか、は今後の成長に大きく影響する。
そこで手を抜くなんてことはしたくないけど……。
(上を狙うか、それとも合格を第一目標にするか)
〈精霊の儀〉では、自分が持ち込んだ触媒を使い、精霊と契約する。
この際に使う触媒というのが問題なのだ。
(うーん、どっちの触媒を使おう)
僕が用意してきたのは、父さんが伝手を辿って用意してくれた〈炎竜の牙〉と、領地近くの道具屋で投げ売りされていた〈妖精の羽根〉の二種類。
もちろん触媒のランクとしては圧倒的に牙の方が高いんだけど、これには落とし穴もある。
身の丈に合わない触媒を用意すると、契約に失敗することもある……らしいのだ。
その点〈妖精の羽根〉は精霊初心者御用達のアイテムで、こいつで出てくるのはほぼ百パーセント、妖精族の基本精霊〈ピクシー〉だけ。
これならいくらなんでも失敗はありえない。
つまりは、SR以上確定ガチャチケと、R確定ガチャチケみたいなもんだろうか。
ただ、SR精霊と契約する力が今の僕になかったら、最悪入学出来ない可能性がある、と。
「……決めた」
ここで物語の主人公だったら牙に賭けるんだろうけど、僕にそんなリスクは取れない。
今は入学を優先して〈妖精の羽根〉を選ぼう。
(まあ、〈ピクシー〉もそこまで悪い精霊って訳じゃないしね)
あまり強くないから人気はないけれど、簡単な傷の治療と、ほんのちょっとだけだけど、敏捷にボーナスが入る。
女の子にあんな目を向けられるくらい鈍足だった僕にはちょうどいいとも言える。
それに、これもクラス分けと一緒で、〈精霊の儀〉も二回、三回と受けて契約精霊を更新することが出来る。
一年のロスは痛いけど、挽回のチャンスは必ずあるはずだ。
僕は腹を決めると、ようやく視線を前に寄越す。
「わ、わあ! 〈サラマンダー〉だ、やったー!」
すると今まさに〈精霊の儀〉に挑んだ生徒が、精霊を呼び出したところだった。
(……いいなぁ)
〈サラマンダー〉は中級の火属性精霊で、おそらく当たりの部類。
女の子が喜ぶのも無理はない。
精霊にもランクがあり、「基礎、下級、中級、上級、超級」のように分かれている。
当然〈ピクシー〉は一番下の「基礎精霊」だ。
その上にさらに「大精霊」とか「神霊」とかもいるらしいけど、流石にここでそんなものにお目にかかることはないと思う。
「ミリア・レミルトン……Bクラス!」
〈精霊の儀〉が終わったものからクラス分けをその場で発表されるようで、サラマンダーを呼び出した少女は、Bクラスに選ばれて飛び跳ねて喜んでいた。
それからも、生徒たちの喜びと嘆きを乗せて、〈精霊の儀〉は続いていく。
「――セイリア・レッドハウト……Aクラス!」
おおー、という歓声。
僕と一緒に敏捷試験を受けた女の子は、Aクラスに選ばれていた。
すごい視線を向けられたのはまあアレだけど、それを理由に他人の幸福を祝えないような人にはなりたくない。
周りの生徒たちに交じって、拍手を送っておく。
そして……。
(ようやく、か)
僕は〈精霊の御所〉に向かうと、そこに取り出した触媒、〈妖精の羽根〉をセットする。
出てくるものが決まっているとはいえ、ちょっと緊張する。
(大丈夫、だよね? 変な主人公補正が入って、何も呼び出せない、とかないよね?)
そんな不安を押し隠して、引率の先生に従って両手を合わせて祈る。
その、瞬間……。
「…………へ?」
今まで見たことのないほどにすさまじい光が、〈精霊の御所〉から溢れ出した。
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何の光!?
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