第二十三話 妖精
すさまじい光に、視界が塗り潰される。
そして、光が収まった時、
「……んあ? なによもー! せっかく気持ちよく寝てたのにぃ!」
そこには輝く羽を備えた、十五センチほどの大きさの少女が浮かんでいた。
(妖精!? でも……)
話に聞いていた〈ピクシー〉とはちょっと違う気がする。
〈ピクシー〉は人型をしているものの、知能は人間の幼児程度。
ちょっとしたイタズラをしてクスクスと笑うくらいが関の山で、ちゃんとした会話は出来ないと聞いていた。
一方で、僕が呼び出した妖精は、ペラペラと人間のように、いや下手な人間より流暢に言葉を操っているし……。
「分かったわ! さてはアンタが召喚者ね!」
「うわっ?」
近くに飛んできたのを見て、あらためて感じる。
煌めくような金色の髪と、好奇心に輝く同色の瞳。
服は可愛らしいヒラヒラが多くついた豪奢なもので、背中には光そのもので出来たような羽と、なんというか風格が違う。
言い方は悪いが、〈ピクシー〉のデザインをRのキャラクターだとすると、この子は確実にSSR以上の作りこみが見て取れた。
「ふぅーん。いいわ! アタシを使役できるなんてうぬぼれちゃった身のほど知らずの実力、アタシが見極めて……」
名も知らないその妖精は僕の正面で仁王立ちになると、腕を組んで胸を張った姿勢でそう宣言した。
それから、可愛らしい目をすがめて僕を見て、
「ん、んー……んぅ?」
しかし、その表情がだんだんと困惑の色を強くしていく。
それから、しばらく僕の周りをぐるぐると回ったあと、
「ア、アンタ、なんか…………めちゃ弱くない!?」
そんな失礼なことを、大声で叫び出した。
僕が何か反論をする前に、彼女は僕の肩や腕をペタペタと触りながら、まくしたててくる。
「ね、ねえ、そんなに弱くて大丈夫なの? 強い風に吹かれたら死んじゃったりしない?」
「だ、大丈夫だよ」
精霊目線だと、僕ってそんな扱いなのか。
かろうじてそう返すが、金の妖精はそれでは納得していないようだった。
「ほ、ほんと? でもニンゲンって、ちょっと刺されたり真っ二つにされたりするだけで死んじゃうんでしょ? ゼッタイおうちから出ちゃダメよ! アンタみたいに弱っちいの、散歩してる獄炎竜にでもあったらイチコロなんだから!」
「い、いや、その……えぇぇ?」
呼び出した精霊に反発されたらどうすればいいか、なんてことは考えてはいたが、こんな状況は想定外だった。
僕が返答に困っていると、妖精の方もそれで少し落ち着いたらしかった。
「ま、まあいいわ。ええと……コホン。さて、不遜にもアタシを呼び出したニンゲンよ。我に何を望む?」
すぐに威厳を取り繕って、両腕を組んで目をつぶりながらそんなことを問いかけてくる。
ただ、時々こっちの様子を伺うように薄目でチラッと僕を見ているのが、緊張感をなくしてしまう。
ただ、精霊を呼び出したらやってもらいたいこと、なら決まっていた。
「えっと、僕は足が遅いから、出来れば素早くなるような魔法が使えるならお願いしたいんだけど……」
〈ピクシー〉じゃないから無理かもしれない。
そんな風に思って僕が尋ねると、案の定彼女はムッとしたようだった。
「えー、なにそれ!? そんなことのためにアタシを呼んだの!?」
そう叫ぶと、すっかりへそを曲げたようなジト目でこっちをにらんでくる。
迫力はなかったけれど、僕は素直に謝ることにした。
「ご、ごめんごめん。ほんとは、ええと……き、君みたいな可愛い子が来る予定じゃなかったんだよ」
「ふ、ふぅーん」
素直に〈ピクシー〉呼ぶ予定でした、なんて言ったらさらに機嫌を悪くするかもしれない。
ちょっとお世辞交じりだけど誉め言葉を混ぜてそう弁解すると、彼女もまんざらでもない顔をした。
チョロいなぁ、なんて内心思いながら、僕はこの子の正体をもう半ば確信していた。
(――この子、絶対主人公の相方の賑やかし枠だよね!)
どう考えても、普通の安物触媒で呼び出せる子にしては、キャラが立ちすぎている。
たぶんツッコミ担当で、主人公が変な選択肢を選んだ時に「〇〇ちゃんキーック!」とかやるタイプの相棒キャラだ。
いきなり光があふれた時は色んな意味でビビったけど、これがイベントの規定路線なら安心出来る。
(マスコット枠なら戦闘能力は期待出来ないかもしれないけど……)
何か秘めた力があるのかもしれないし、最悪でも契約してくれるなら、入学は問題ない。
(それに……)
僕はこの短いやりとりだけで、このハチャメチャだけど心優しい妖精のことを、なんだか気に入ってしまっていた。
……案外、チョロいのは僕の方なのかもしれない。
「素早さの魔法はその精霊にやってもらう予定だったってだけだから、難しいなら別に、一緒にいて話し相手になってくれるだけでも……」
僕がそこまで言うと、彼女はもう一度、むぅ、と頬をふくらませた。
「もう、出来ないなんて誰も言ってないじゃん!」
彼女は僕の言葉を打ち切ると、その小さな手を振る。
そして、
「――風よ!!」
彼女が一声かけると、無風だった〈精霊の御所〉に突風が吹き荒れ、それが僕にまとわりつくように形を取った。
「え、これって〈シルフィードダンス〉!?」
精霊についての文献を読んでいる時に見たことがある。
高位の風の精霊だけが使える能力で、風を身に纏った者の速度を大きく上げる精霊術。
(ま、待って!? これが、使えるってことは……)
本で読んだ限り、妖精族で風の属性を持つ精霊なんて、一つだけ。
基本精霊の〈ピクシー〉ではもちろんない。
それどころか下級精霊の〈フェアリー〉でも、中級精霊の〈シルキー〉でもない。
その、さらに上……。
「――まさか君は、風の上級精霊〈シルフ〉なの!?」
僕が言うと、彼女はニマァ、と唇を持ち上げた。
「ふふん! やぁっとアタシのスゴさに気付いたみたいね! ま、ちょっと褒められ方は気に入らないけど、いいわ。アタシがこんなことしてあげるなんて滅多にない……というか初めて……なんだから、感謝しなさいよね!」
ふんぞり返りすぎて後ろにひっくり返りそうになっている妖精の言葉にうなずきながら、僕は身体を動かす。
――は、速い!
軽くシャドーボクシングの真似事をしただけで、普段の二倍、いや三倍くらいの速度が出ている気がする。
僕が感動に打ち震えていると、
「――決めたわ! アンタってクソ雑魚の割に見どころありそうだし、このアタシが鍛えてあげる!」
彼女の中でどんな葛藤があったのか、目の前の妖精様はいきなりそんなことを言い出した。
「あ、はは……」
クソ雑魚って……。
でも、きっと悪気はないんだろうなぁ。
唐突な心境の変化には戸惑ってしまうが、彼女の力を見たあとなら、なおさら願ってもない話だ。
「よろしく頼むよ。僕はアルマ。アルマ・レオハルトって言うんだ」
「アルマ、ね! アタシのコトは、特別にティータって呼んでいいわよ!」
種族名だけでなく、
「――よろしく、ティータ!」
僕は人差し指でティータと握手をして、無事(?)に〈精霊の儀〉を乗り切ったのだった。
※ ※ ※
「いーい? アタシと契約したからにはアタシの言うことをよく聞いて……って、こ、こら、危ないから階段の途中で余所見しないの! 転んで死んじゃったらどうするの! アタシを未亡精霊にするつもりなの!?」
早速師匠面(?)をして何やら耳元で叫んでいるティータを他所に、僕は口元がにやけてしまうのを抑えられなかった。
(やった! やったぞ!)
これまでの生徒たちを見ていても、ほとんどの人たちの契約相手は下級か、よくても中級。
主人公補正のおかげとはいえ、上級精霊と契約出来た意味は大きい。
(それだけじゃ、流石にトップ層に食らいつくなんて無理だろうけど、これならCクラスでやっていくくらいなら……)
そう考えて、僕が拳を握りしめた時だった。
「……ぁ」
〈精霊の御所〉から降りたところで、引率の先生が待ち構えていた。
彼は渋みのある顔に一瞬だけ笑みをにじませると、会場中に通るほどの声で宣告した。
「アルマ・レオハルト……Aクラス!!」
えぇ……なんでぇ?
―――――――――――――――――――――
やったね、アルマくん!
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