第四十六話 マスターピース


「――盟主?」


 突然すごいことを言いだしたトリシャに、問い返す。


「はい。これまで、私たちは……」

「あ、ちょっと待って」


 勢い込んで話し出そうとしたトリシャを、僕は手で制した。


「とりあえず、話し方はいつも通りでいいよ。こっちまで肩凝っちゃうし」


 トリシャが丁寧な口調で話していると、どうにも調子が狂う。

 実際どっちが素なのかは僕には分からないけど、頼み事をされてるんだからこのくらいのワガママを言ってもいいはずだ。


 トリシャはしばらく、何を言われたか分からないというように、ぽかんとしていたが、すぐにその顔がくしゃっと崩れて、



「やー! 助かる助かる! わたしもすーっかりこっちの方が板についちゃってさ!」



 秒でいつもの馴れ馴れしさを取り戻すと、無礼講とばかりに僕の肩をバンバンと叩いた。


「……き、切り替え早いね」


 このスイッチの入り具合にはちょっと引いてしまうが、まあこの方が話しやすいのは確かだ。

 そしてこのしゃべりを解禁したことで彼女の中でもモードが切り替わったのか、会話の中身もグッと砕けてきた。


「じゃ、こっちも建前とか抜きにしてぶっちゃけトークで行こーかなー。あのね、『盟主』なんて大げさに言っちゃったけどさ。よーするに、わたしたち二人の後ろ盾になってほしいんだよね」

「後ろ盾? でも……」


 レミナさんはともかく、トリシャの家も貴族だったはずだ。


「そりゃ、うちも伯爵家だけどさぁ。直接戦闘じゃなくて偵察とかで名を挙げたから、〈斥候伯〉って呼ばれててね。あんまり貴族社会での評価は高くないんだよー、これがさぁー」


 ぐてーっとばかりにうなだれるトリシャ。

 深刻そうに話しているのに、なんだか楽しそうにも見える。


「だから、いざという時にレミナを庇ってくれるつよーい大貴族の人を探そうと思ったんだけどさー。これが難しくて」

「うちのクラスには〈ファイブスターズ〉がいるのに?」

「やー。そこクラスになると色々と人間関係固まっちゃっててさー。つけ入る隙がないっていうか……」


 言いながら、トリシャはいじいじと髪を触りながら、唇を尖らせた。


「まあ、初対面でそんな態度取られたらな……」


 僕も最初はかなり呆気に取られたし、なんて思っていると、トリシャは焦ったように詰め寄ってきた。


「ち、違うって! これ百パーセント素って訳じゃないから! むしろ選別用の演技っていうか、頑張って馴れ馴れしくしてて……」


 トリシャの必死さはともかく、ちょっとだけ話が見えてきた。


「んー。つまり、平民相手にも偏見がなさそうなのをあぶり出すために、わざと馴れ馴れしいキャラでほかの人を騙してたってこと?」

「は、はっきり言うね、レオっちは。まあでも、概ねその通りかな」


 レミナ相手だと前からこんな感じだったし、今ではこっちのが楽でいいけどねー、と楽しそうに補足してから、続ける。


「うちの学園は実力主義を謳ってるし、実際身分が低いからどうこうって奴はあんまいないんだけどね。それでもやっぱり平民となると下に見る人は多いし、いざという時の抑止力がないんだよ。……『こいつ平民か、じゃあ多少何かあっても問題にはならないな』みたいな?」


 そう言われて真っ先に思い浮かんだのはランドの顔。

 平民の生徒をいじめているところをセイリアが庇ったのが事態の始まりだったらしいが、もしセイリアが見つけなければ、そもそも問題にもならなかっただろう。


 なんというか、「よっしゃ平民だいじめてやろ!」となるほど差別意識が強い人は少数派としても、「あ、平民がいじめられてる! けど平民だからいっか!」となる奴はそこそこいる。

 そのくらいの温度感だとするなら、理解は出来た。


「別に四六時中護衛しろとか、養ってほしいとか、そういうことは言わないよ。学校行事の時に同じチームを組むとか、なんだったら昼休みを一緒に過ごすとか、その程度でもいいんだ。ただ、『あ、こいつに手を出したら、きっと〈雷光のレオハルト〉が黙ってないだろうな』って周りに思わせられたら、それで」

「……話は分かったけど、〈雷光のレオハルト〉はやめろ」


 えーかっこいいのにー、と唇を尖らせながらも、トリシャの瞳は存外に真剣だった。


「まあ、なんとなく理解は出来たよ。『盟主』なんて言うとアレだけど、要するに二人と友達になればいいってことだろ」

「お、おう。そういう理解か」


 僕の言葉に、トリシャは妙な反応を示したものの、


「うん、でもまあ、それもいいね! うん、そっちの方がいい!」


 すぐに自分で納得したように何度もうなずいた。

 ただ、僕にはまだ、どうしても納得出来ていないことがあった。



「――なんでそこまで、貴族を警戒してるんだ?」



 転ばぬ先の杖、というには、どうにも危機感が強すぎるように思える。


「それは……」


 トリシャは言いよどむが、僕はここで追及の手を緩めるつもりはなかった。


 ……だって、ゲームとかでこういうの後回しにしておくと、大体が問題が起こってヒロインが失踪するなりなんなりしたあとで、「クソ! 〇〇の様子がおかしいのは分かってたのに! あの時、僕がもっとしっかり事情を聞いていれば……」ってなるんだよ!

 間違いない、僕は詳しいんだ!


 僕が引き下がらないと分かったのか、トリシャはレミナさんの隣まで歩み寄ると、ぽつぽつと話し始めた。



「――この子、レミナには、すっごい魔法の才能があるんだ」



 そう語りながらレミナさんを見るトリシャの目は優しげで、また、トリシャを見るレミナさんの視線にも、深い信頼が見て取れた。


「この子は、わたしが領内の孤児院を視察しに行った時に会った子でね。すごい才能があるって一目見た時に分かって、だからお父様に無理を言って引き取ってもらったんだけど、なんか、すぐに意気投合しちゃってね。たぶん、わたしがふつーの貴族みたいに偉ぶった奴にならずに済んだのは、レミナのおかげなんだよねー」


 そう言って、トリシャはレミナさんの髪を優しくなでる。


「わたしは背伸びしてなんとかAクラスに滑り込めた程度の実力だけどさ。この子の力はそんなもんじゃない。場合によっては〈ファイブスター〉に迫る、もしかすると匹敵するほどの可能性を秘めてるって、わたしは思ってる」


 そう語るトリシャの瞳には、雛鳥を守る親鳥のような、強い決意の色があった。


「だけど、強すぎる光は闇を生む。レミナの魔法の才能が花開いた時に何が起きるかは分からないし、そうなった時にわたしの力じゃどうやっても対抗出来ないんだ」

「なる、ほど……」


 確かに、もし本当に〈ファイブスター〉に匹敵するくらいの力をただの平民が持っていたら、それは色々と問題が起きそうだ。


 平民のくせにと怒る上位貴族がいるかもしれないし、逆に平民だったら取り込んでやれと無理に陣営に引き込もうとする奴もいるかもしれない。

 そして、どんなに力があってもレミナさんの性格と押しの弱さでは、正直うまく立ち回れる予感は微塵も覚えなかった。


「ええと、目立つのがまずいんだったら、力を抑えるとかは?」


 念のために聞いてみると、トリシャはジト目でこちらを見返してきた。


「生徒の大半が貴族の実力主義の学校で、実力も家柄もない平民なんてネギ巻いたカモみたいなもんだよ。一瞬で骨までしゃぶられちゃうって」

「お、おう……」


 やっぱりこの学園サツバツ過ぎない?

 製作陣はなんでここで恋愛やらせようと思ったの?


 なんて疑問はともかく、トリシャは険しい顔で話を続ける。


「だからわたしは入学前から色々動いて後ろ盾になってくれそうな人を探してたんだけど、どうしてもしっくり来る人がいなくて。で、入学したら、あのレオハルト家の次男と隣の席でしょ? レオっちの話は、入学するまでびっくりするくらい全然こっちに入ってこなかったからさ。不安もあったんだけど、思い切って近付くことにしたんだ」


 トリシャの視線がこちらを向いて、僕と目が合ったところで、彼女はにっかりと笑う。


「ま、それがまさか、ここまで大当たりだなんて思わなかったけどね!」


 そう言って、トリシャは照れ隠しのようにバンバンとレミナさんの肩を叩いた。

 いや、レミナさん目を回してるからやめてあげて?


「あ、もちろんもちろん、レオっちにもちゃんとメリットはあるよ!」

「メリット?」


 僕のドン引き顔を見て乗り気じゃないと判断したのか、慌ててトリシャが言葉を継ぐ。


「可愛い可愛いレミナちゃんと一緒に過ごせちゃう! ……のはまあ半分冗談として」

「おい」


 半分は冗談じゃない辺りが、トリシャのレミナさんへの溺愛っぷりが垣間見える。


「わたしは情報収集は得意なんだ。ほら、レオっちもそれは知ってるでしょ?」

「そりゃ、まあね」


 僕もセイリアとの模擬戦前のことを忘れるほど、恩知らずじゃない。


「レオっちが望むなら、ほかのクラスメイトとか学生のことなら調べられるし、それに……」


 そこでトリシャはにやぁっと意地の悪い笑みを浮かべ、レミナさんに聞こえないくらいに声量を落として、



「――レオっちのことを好きな女の子がいたりしたら、こっそり教えちゃうかもね」



 口にされたその言葉に、僕はまるで雷に打たれたかのような衝撃を受けた。


 もちろん、女の子の情報もらえるのかーやったー、みたいなことじゃない。

 そうではなく、彼女の言葉でとんでもないことに気付いたのだ。


(そうか。そう、だったのか……)


 その気付きは電流のように全身を駆け巡り、そのあまりの衝撃に、僕は思わず拳を握りしめた。


「レ、レオっち?」


 突然の僕の異変に心配そうな顔をするトリシャ。

 彼女が「そう」だとしたら、入学直後のこんな時期に、突発的にこんなイベントが起こった理由も全て説明がつく。


 ……そう。


 トリシャはゲームのヒロインでもなければライバルでもなく、ましてやモブでもない。

 けれど、ギャルゲの主人公にとっては、絶対に欠かせない人材。



 ――攻略中の女の子の好感度を教えてくれる、情報通の親友キャラだ!!




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