第四十七話 魔法のレンズ
――トリシャは、ギャルゲで好感度を教えてくれる親友ポジのキャラクターかもしれない。
そう分かった以上、もう迷う要素はなかった。
正直、この提案を飲むことで事態がどう転がっていくかは分からない。
ただ少なくとも、原作の流れを汲もうとするならここで断るという選択肢はなかった。
「――二人がよければ、その提案、受けさせてもらうよ」
僕がそう口にすると、レミナさんはテーブルの傍でピョンと飛び上がって喜び、トリシャは反対にくたくたっとその場にへたりこんだ。
「よかったぁ……。えへへ、レミナもレオっちのことはすごく気に入ってたみたいだからね。これでうまくいかなかったらどうしようかと」
「レミナさんが?」
ちらりとレミナさんの方を見ると、慌てて僕の視線から逃げるようにテーブルの陰に隠れた。
いや、気に入られたというのを真に受けてた訳じゃないけど、そこまで露骨だとちょっとだけ傷つく。
「やっぱり完全に怖がられてるし、そもそもこの部屋に入ってから、レミナさんは一言も話してなかったと思うんだけど?」
僕が問い詰めるようにそう言うと、トリシャはチッチと指を振った。
「いやいや、ちゃーんと聞いたってば。ほら、二人が部屋に入ってすぐに、わたしが『どう?』って尋ねたでしょ? あれが、計画をどうするかの最終確認だったんだよ!」
……そういえば、閉じ込められたことに気が行ってあまり意識していなかったが、トリシャが何か尋ねて、レミナさんが何度もうなずいた場面があったような気がする。
「やっぱ一番大事なのは、レミナがうまくやってけるかだからねー。わざと二人っきりで部屋まで来てもらって、最終判断はレミナに委ねたんだ!」
「じゃあ、準備があるからって言って、トリシャだけ先に来たのは……」
「もちろん! レミナと二人だけになった時に、レオっちが急に態度を変えたりしないか見るためだよ!」
あっさりと言ってのけるトリシャ。
これは軽薄な態度に騙されると痛い目を見そうだ。
「そういえば、あのテーブルの上の魔道具って……」
僕がレミナさんの近くにある装置を指さすと、トリシャはあっさりと答えた。
「ああ、防音の魔道具だよ。内緒の話をする時は絶対に起動しておくようにしてるんだ」
「……そりゃ、準備のいいことで」
目を凝らすと、《音の帳(その他):近くの空間から音が漏れないようにする魔道具》という文言が浮かび上がる。
確かに嘘は言っていないようだ。
実はその下に別の魔道具が仕掛けてあって……とかトリシャならやりかねない気もするが、まあ疑いすぎもよくないだろう。
「……っと、そうだった!」
そこで、トリシャが大げさな仕種でパンと手を叩いた。
「魔道具で思い出したよ! 協力料の前払い、じゃないけどさ。早速レオっちの役に立ちそうなアイテムを持ってきたんだ!」
言いながら、トリシャは懐から指輪を入れるような小さな箱を取り出すと、それを慎重に開いた。
中に入っていたのは、
「――コンタクトレンズ?」
どこか見覚えのあるデザインの、透明なレンズ。
「え、と、コンタクトレンズってのは分からないけど、レンズではあるのかな。これ、目にはめて使うアイテムなんだよ」
完全にコンタクトレンズだった。
中世魔法世界に気軽にオーパーツを持ち込まないでほしい。
《ディテクトアイ(装飾品):相手の素性を見抜くために作られた魔道具。探偵のごとき洞察力を装備者に与える》
説明文だけでははっきりと効果は分からないが、先ほどの防音の魔道具と違って端に図鑑マークがついているところを見ると、これは原作にも存在したアイテムのようだ。
「ね、早速つけてみてよ!」
「ああ、うん」
促されて、こわごわと右目にレンズを近付ける。
すると、一定距離まで近付いたところでレンズが光を放ったと思ったら、レンズの方から目に飛び込んでくる。
「え? え?」
混乱するが、目に痛みはないし、つけている感触もない。
どうやら本当に、オーパーツだったらしい。
「うまくつけられた? じゃあ、今度はわたしを見てみて!」
ただ、僕が本当に驚いたのは、それからだった。
「お、おお!?」
トリシャの姿を視界に収めた瞬間に、思わず感嘆の声が漏れた。
LV 57 トリシアーデ・シーカー
HPMPバーの下に、レベルと名前が出現したのだ。
(これ、〈探偵モノクル〉の上位互換アイテムか!)
モノクルがレベルだけしか表示に追加されないのに対して、こちらはレベルと名前が追加されるらしい。
流石にルーペほどに詳細なステータスは出てこないが、何度も使える装飾品でこれなら十分にすごい。
「他所の国からの流れてきたアイテムで、〈ディテクトアイ〉って言うんだって。ずっとモノクルを使ってるの見てたし、貴族社会だとやっぱり名前を覚えるのが重要だからね。これはきっとレオっちの役に立つと思うんだ」
そう言って、屈託なく笑うトリシャ。
相手の名前が分かるのもそうだが、モノクルと違ってレベルを覗いていることが分かりにくいのも嬉しいところだ。
これは正直、ありがたい。
「ああ。これは役に……」
そう言いかけて、僕は視界の端に映ったものを見て、一瞬だけ固まった。
「レオっち?」
「……いや、本当にこれは、すごいアイテムかもしれないぞ」
僕は震えを抑えて、かろうじてそう言った。
このレンズが映すものは、名前とレベルだけじゃなかった。
(この、マークは……)
間違いない。
アイテムの情報を見た時と完全に同じ。
トリシャの表示の一番端に出てきた、「閉じた本」を示すアイコン。
これは、「図鑑に登録可能なもの」にだけ出現するもの。
その証拠に……。
(思った通りだ!!)
僕が視線を横、テーブルの陰からこちらを興味津々で見ているレミナさんに移すと、
LV 32 レミナ・フォールランド
レベルと名前は表示されるものの、そこに本のアイコンは表示されない。
これはおそらく、ゲームでは図鑑への登録忘れを防止するために追加されたものだろう。
図鑑が使用出来ない今、本来なら役に立たない機能だけど、このミリしらな状況にあってはまた別の意味を持つ。
(すごいぞ、これは!)
なぜなら、このレンズで見ても図鑑マークが出ないということは、その人物は、もともとルーペなどを使っても図鑑に記載が追加されない相手だということ。
つまり……。
――これを使えば、目の前の相手の原作ゲームでの重要度が分かる!
思いがけないメリットに、僕は心が沸きたつのを感じた。
もちろん、この世界においてはトリシャもレミナさんも等しく一人の人間だ。
原作ゲームに役割があるかどうかで、人の価値が決まる訳じゃない。
ただ、「原作を守護る」という観点においては、レミナさんの重要度は一段低くして考えてもいいことになるだろう。
「え、と、気に入ってくれた、ってことでいいのかな?」
「もちろん! というかこんなすごいの、ほんとにもらっていいの?」
僕が言うと、トリシャはカラカラと笑った。
「それこそもちろん、だよ! わざわざレオっちのために持ってきたんだから、もらってくれないと困っちゃうよ」
「なら、ありがとう! 有効活用させてもらうよ」
思いがけず、色んな情報が得られた。
最初はどうなることかと思ったけど、これで僕の原作守護ライフも一歩も二歩も前進したように思う。
あとはレミナさんともう少し打ち解けられたら、と視線を送ると、それを感じたレミナさんは、またまたビクッと肩を震わせてしまった。
(……本当にこの子、すごい魔法の才能なんて持ってるのかなぁ)
トリシャを疑う訳ではないけど、ついそう思ってしまった。
そして、それが伝わったのだろう。
「レオっちレオっち。レミナの実力が気になるんだったら、たぶんすぐに分かると思うよ」
僕の思考を先回りするみたいに、トリシャがそんなことを言いだした。
「すぐ、って?」
聞き返した言葉に、トリシャは不敵に笑って、
「――だって、このあとは実技授業。今日こそは魔法の訓練、始まると思うな」
ふたたびの波乱の気配に、僕の心は震えたのだった。
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