第四十八話 世界のワンちゃん


「――じゃ、お話も終わったとこで、お昼にしよっか!」


 お互いに条件をすり合わせたところで、トリシャはパンと手を叩いた。


「え、お昼、あるの?」

「そりゃああるよ! 何しろ盟主サマをおもてなししなきゃいけないからさー! 手を抜いちゃいけないと思って色々用意してるよ!」


 単なる密談の建前なのかと思ったけど、意外にも空き教室には本当に食事の準備もしてあった。


 どこのレストランにケータリングを頼んだのかと言いたくなるような、和洋中ごった煮になった節操のないラインナップ。


 ただ、どの料理も味の方は間違いなく一級品だった。


 強いて言うなら、「男の子って、こういうの好きなんでしょ」とばかりにしきりにあーんだのふーふーだのを挟んで僕を赤面させようとしてくるトリシャが面倒だったが、もっと困ったのはレミナさんの方だ。


 とにかくガッチガチに緊張していて、手の震えで食器がガタガタと音を立てる始末で、最初はなんだかこちらが申し訳なくなってくるほどだった。


 ただ、そんなレミナさんの緊張は、思いもかけないところからほぐれることになった。

 給仕の時に見えた、おそらく彼女の私物であろうポーチについていた絵柄が、非常に見覚えのあるものだったのだ。


「まさかそれ、ワールドワンちゃん?」


 思わず前のめりになって尋ねてしまった時は、また怯えさせてしまうかと思ったけれど、その時ばかりは反応が違った。


「し、知ってるの!?」

「あ、ああ。まあ……」


 むしろこちらが引いてしまうくらいの勢いで、レミナさんの方から寄ってきたのだ。


「かっ、かわいい、よね! とっても!!」


 普段とは見違えるような勢いに、つい気圧される。


 好きなものを早口で語るオタクとはまた別ベクトル。

 ひたすら蘊蓄を語るオタクがテクニック系だとするなら、彼女はとにかくパワー系だった。


「わ、わたし、特にこの耳がお気に入りで、ほら、この、この形……好きっ!!」


 弁が立つ訳でも、言葉数が多い訳でもない。

 ただ、好きな気持ちをそのまま相手にぶつけて圧し潰すような、そんなパワフルさがあった。


 ……まあ、本人もちょっと興奮しすぎたことにあとで気付いたようで、我に返ったあとでずいぶんと謝られたが、それをきっかけに少しだけ自然と話せるようになり、今ではお互いに「レミナ」「レオハルト様」と呼び合う間柄だ。


 いや、なんだか呼び方からさらに距離が開いたように感じなくもないが、気にしたら負けだろう。


「レ、レオハルト様、こっちです!」


 そんな波乱の昼食を終え、今は授業に向けた移動時間。

 二人で教室に向かった時より半歩ほど近い距離でレミナと並んで歩いていると、僕を挟んだ反対側からトリシャがすすす、っと近付いてきて、耳打ちしてくる。


「それにしても、意外だなー。まさかレオっちがワールドワンちゃんを知ってるなんて。意外とそういうの興味あったり?」


 口調とは裏腹にそう尋ねるトリシャの目は鋭い。

 ここでうなずいたら、次の誕生日には大量のワールドワンちゃんグッズが届きそうだと思った僕は、きっぱりと否定することにした。


「たまたまだよ、たまたま。偶然縁があっただけで、自分から調べたりした訳じゃないしさ」

「ふぅん。たまたま、かぁ。うん、分かったよ!」


 一ミリも信じてなさそうな顔と声で言うと、トリシャが離れる。


 そこを勘ぐられても困るんだけど、かと言って本当のことも話せない。

 だって、僕がワールドワンちゃんを知っている理由なんて、話しても分からないだろうから。



 ――世界一の犬、〈ワールドワンちゃん〉。



 こいつはゲーム製作会社〈世界一ファクトリー〉の、マスコットキャラクターなのだ。



 ※ ※ ※



 ワールドワンちゃんがこの世界にあった意味は大きいが、とにかく今はこちらに集中するべきだろう。

 僕は無理矢理に意識を切り替えると、練習場を見回す。


 ――午後の授業の集合場所は、やはり屋外の練習場。


 ただ、前回の闘技場じみたあの場所とは違い、この学校のやたらたくさんある練習場の中でも、魔法の的当てに特化した場所のようだ。

 僕の実家にもあった、的当て用の再生する案山子がいくつも並んでいる。


(っと、そうだ。今のうちに……)


 僕は教えてもらった手順でレンズの機能を起動して、クラスメイトたちのレベルと名前、それから図鑑マークの有無を確認した。


(……なるほど、半分くらいか)


 Aクラスの十九人、僕を抜かして十八人のうち、レンズで見て図鑑マークがついていたのは十人。


〈ファイブスターズ〉にトリシャ、それからそれ以外のレベルが高めの男女合わせて四人に図鑑マークが表示され、むしろ印が出なかったのはレミナと合わせてたったの八人だった。


(……流石はAクラス、モブの方が少ないってことか)


 傾向としては、やはり図鑑マークがついている人たちの方が総じてレベルが高い。


 特に、まだ先生も来てないうちから剣をぶん回している緑髪の少年、〈ディーク・マーセルド〉のレベルは85。

〈ファイブスターズ〉にも引けを取らないレベルだった。


(初日の模擬戦ではあんまり魔法を使ってるところは見れなかったからなぁ。ちょっとだけ楽しみかも)


 正確に言うと、二試合目に行われた皇女対一般クラスメイトの模擬戦で皇女が開幕に超威力の光魔法をぶっぱ。

 一瞬で対戦相手が蒸発した事件があって、それからなんとなく威力の高い魔法は自重するような空気が出来てしまったのだ。


 まあ近接主体になったことでスピード感は出たし、第三階位やら第四階位の牽制のような魔法でも実際の戦闘で使われているとなかなかの迫力で、見ている分には楽しかったんだけど……。


(まず、Aクラスの魔法の基準を知らないと。それで僕の魔法をどこまで見せるか、ってのも決まってくるだろうし)


 圧倒的な格上が多い中でも、おそらく僕の「ファルゾーラに見えるファイア」なんかは頭一つ抜けた強さを持っているように思う。


 だって、父さんが「伝説の魔法」と間違えるほどの魔法なのだ。

 僕の魔力の値が低いことを織り込んでの言葉だったとしても、伝説の名はきっとそんなに安くない。


 そこまでことさらに自分の実力を隠したいとは思っていないけれど、あまり原作とかけ離れた展開になるのは避けたい。


 アンケートで入学初期の「アル」は魔法が碌に使えない落ちこぼれだったと確定しているのだから、使うにしてもほどほどのラインでとどめておくのが吉だろう。


「あー。お前らみんな集まってっかぁ」


 なんて算段を立てていると、今日もダルそうな顔をしながら、ネリス教官がやってきた。

 ただ、その雰囲気が微妙にいつもと違う。


 言うなればダルさの中にどこかワクワクを詰め込んでいるような、肉食獣がそっと獲物を待って伏せているような、そんな剣呑な空気を宿している。


「さぁて、今日は魔法の訓練をやっていく訳だが……まずは一つ、このクラスの優秀な魔法使いの生徒に、お手本をお願いしようと思ってるんだ」


 なぜだか無性に嫌な予感に襲われた僕が、こっそりとトリシャの背中に隠れるよりも早く、ネリス教官は口元に邪悪な笑みを浮かべると、



「――アルマ・レオハルト。エレメンタルマスターに認められた魔法の腕、見せてくれよな!」



 よりにもよって僕を指さしながら、そんな迷惑なことを口走ったのだった。


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教官からは逃げられない!

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