第四十九話 裏切り
脳内のCV石影 明を総動員して読んでください
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ネリス教官に指名され、一瞬でクラス中の視線が僕に集まるのが分かる。
「い、いや、ネリス教官! 僕は……」
とりあえず何か弁解をしないと、と口を開くが、
「ほら、いいから前出ろ、前」
ネリス教官にそんな風に促されてしまえば、出ていかない訳にもいかない。
(ど、どうする? どうすればいい?)
ほかの人のレベルを見て合わせるつもりだったから、何も考えていない。
原作的には魔法を全く使えないフリをするというのが正しいか?
いや、でも、初見のイベントたちに魔法抜きで対応するのはどう考えても地獄だし……。
一体どうすれば一番原作を守護れるのか、全く整理が出来ていないままに、事態は進む。
僕がみんなの前に進み出ると、教官はまるで捕獲でもするかのように、僕の肩にぐいっと腕を回して、逃がさないようにロックをかけた。
それでいてなんだか親しげに見えるような態度で、喧伝する。
「よぉし、来たなぁ。……さて、知ってる奴も多いだろうが、こいつはあの〈エレメンタルマスター〉の弟だ。その実力は、あのスイーツ家の長男をぶっ倒した事件で聞いている奴も多いだろう!」
無駄によく通る声に、練習場のあちこちで「なるほど」とか「あれが」みたいな声が漏れる。
クラスの全員に、完全にエレメンタルマスターの弟として認知された瞬間だった。
(――こ、この人、余計なことをペラペラと……!)
そう歯噛みするものの、そこは疑いようのない事実なので、否定することも出来ない。
「あ、あはは」
曖昧な笑みを浮かべて、「いやそんなことないよー雑魚ですよー」という顔を作っておく。
しかし、そんな言い逃れは教官が許さなかった。
「〈エレメンタルマスター〉が故郷の弟を気にかけていたというのは有名な話だ! だから今回は、そんな自慢の弟クンの実力をここで一つ披露してもらおうと思う!」
(――ちょ、兄さん!?)
突然飛び出してきた危険なワードに、僕は目を剥いた。
「い、いや、僕はやらな――」
慌てて拒否の姿勢を見せるが、
「――なぁ! あの〈エレメンタルマスター〉が認めた、〈雷光のレオハルト〉の実力、お前らも見てみたいよなぁ!」
それをかき消すような大音声で教官が問えば、お調子者のクラスメイトの中から「見たいー!」という声が即座に飛んでくる。
それをきっかけに、完全に何かやらなければ帰れない空気が出来上がってしまった。
それをしてやったりと眺め、真面目腐った顔で生徒たちを見回しながら僕にだけ邪悪な笑みを見せてくる教官に、僕の顔もひきつる。
(こ、こ、このおんなぁ!)
もはや教官に対する敬意も吹き飛んだ。
絶対あとで仕返ししてやる、と決意しながらも、とにかくこの場を切り抜けることを考える。
しかし、事態は、さらに僕の思惑を超えた速度で加速していく。
「えーっと、なんだったかなぁ。確か、四大属性全部でもう第十階位までは楽に使えるんだったか?」
「へっ!?」
確かに、もちろん僕は、全部の属性で第十階位魔法を使える。
でもそんなもの見せたのは、両親を除けば一人だけ……。
僕が思わず教官の顔を見ると、彼女の顔が邪悪に歪んで、
「――んんー、どうした、ひどい顔して。お前の兄さんに『優秀な弟がいるようだな』って水を向けたら、あいつ、楽しそうに色々と話してくれたぞ?」
そんなとんでもない台詞が帰ってきて、僕は思わず天を仰ぎ、心の中で絶叫した。
(何話してくれてんだよ、兄さぁああああああん!!)
見上げた虚空に、兄さんの笑顔が浮かぶ。
妄想の中の兄さんは、いつものアルカイックスマイルで何事もなかったかのように僕を見ていた。
いや笑ってんじゃないよ、と思うけど、妄想に怒ってもしょうがない。
CV石影 明を信用してしまった僕が悪かったのだ。
とにかくなんとかリカバリーするしかない。
「あ、あのさ。よく考えてみてほしいんだけど、僕は……」
僕はどうにか事態を収拾させようと、クラスのみんなに向き直って、
「それに、一番得意な風属性なんかは、もう十二、いや十三階位魔法くらいは使えるようになってるんじゃないかって言ってたかなぁ」
そこに、さらなる爆弾が投下された。
(ちょっと、兄さん!? ほんと何言ってくれてんの!? 兄さん!?)
いや確かに、兄さんの前では何度も風魔法の〈ウィンドバースト〉を使ってたけども!
そりゃああれだけ使えばもっと先の魔法も覚えるだろうなってのは予想はつくだろうけども!
ふたたび空を仰いだ僕に、虚空のイマジナリー兄さんが、優しく微笑む。
《悪かったね、アルマ。だけど君のことを褒められていたら、つい話したくなってしまってね》
ついじゃないんだよ、ついじゃ!
僕はイマジナリー兄さんと、ついでに現実の兄さんの部屋にも包丁を持って厳重な抗議を申し入れに行くことを心に決めたが、問題はそこじゃない。
(いや、流石にそれは無理だって!)
はっきり言えば、十三階位魔法は使える。
というか、全属性十五までだったら使えるし、どれだけ熟練度上げてもその先は出てこなかったから、単純な熟練度上げで覚えられる限界まで覚えたんだと思う。
(……覚えた、けどさぁ)
ただ、全十五のうちの十三なんてなれば、それはもうゲーム後半。
有名どころで例えるなら、たぶん「~ガ系」の魔法とか、「〇〇ズン」とか「〇〇ゴン」とかそういう語尾がつくような、かなり強力な魔法に当たるはず。
何しろ、本には第八階位を使える時点で「優秀な魔法使い」扱いされると書いてあった。
この学園が色々と規格外なのはもう分かってるので、学園の基準でどの程度なのかは未知数だが、それでも十三は流石に過剰だろう。
少なくとも原作では魔法が使えないはずの僕が、入学二日目でいきなりぶっぱなしていいレベルの魔法じゃない。
「とにかく、僕には出来ませんから、またあとで……」
この場に留まっても、教官のペースに巻き込まれるだけだ。
せめてこれ以上の暴露がされないように、無理矢理にでも引っ込んで……。
「――おいおい。お兄さんを嘘つきにするつもりかぁ?」
その言葉に、つい足の動きが鈍る。
(……兄さん)
確かにたまにイケメン過ぎてイラッときたり、ちょっと裏切ったりはするものの、兄さんは僕にとって大切な家族だ。
転生の影響か、子供の頃からちょっと変わっていた僕に、ずっと親身になって接してくれた優しい人。
――そんな人が、僕のせいで嘘つき呼ばわりされるのは、なんだかとても、おさまりが悪かった。
気付けば僕は、戻ろうとした足を完全に止めてしまっていた。
「お、ついにやる気になったかぁ?」
なんて挑発的なことを言う教官は無視して、最後にちらりと、クラスメイトの方を見る。
興味本位の顔たちの中に、知り合いの顔が見える。
まるで出来て当然という顔でこちらを見るセイリア。
両手を組んで祈るような顔をしているレミナ。
それから、僕と目が合うと「やっちゃえ!」とばかりに腕を突き上げたトリシャが見えて、僕は少しだけ笑ってしまう。
(ごめん、ティータ)
今は僕の中で食後のお昼寝をしている妖精に先に謝って、僕は練習場に向き直った。
設置された案山子を眺めて、息を吐く。
(やると決めたら、冷静に)
教官のペースに乗せられることはない。
見せるのは、最低限だけ。
幸い第十階位なら、あの〈ファイア〉のようにバカみたいに熟練度を上げている魔法はない。
ただ使うだけで、納得させられるはずだ。
「おー。ついにお目見えだ! 何が出るかなー二十階位魔法とか使っちゃうかなー」
完全な煽り口調の教官の言葉は、意識してシャットアウト。
目の前、五つ並んだ案山子の、その一番右に掌を向けて、
「――行きます」
宣言と同時に、魔法を放つ。
「――〈ファイアバースト〉!!」
炎の爆発が、案山子を一瞬にして赤に包み込む!
その結果を確かめることなく、僕は今度は一番左の案山子に狙いをつけ、
「――〈ウォーターバースト〉!!」
第十階位は偶数だから、標準魔法。
属性違いの同じ魔法が、案山子を飲み込んでいく。
「――〈アースバースト〉!!」
土の爆発という理解のしがたい現象が襲うのは、その横にあった案山子。
ただこれは、まだ前座でしかない。
僕は表情を変えずに、正面に手のひらを向ける。
メニューからそのボタンを押すまでに、ほんの少しだけ躊躇い、けれど一瞬でそれを振り切って、
「――〈ライトニング・ストーム〉!!」
図らずも、僕の二つ名である〈雷光〉にも通じる効果を持つ魔法を、解き放つ!
(――くっ!)
限界以上の魔力が身体から手のひらへと流れ込み、全身から赤い光があふれ出ていくのが分かる。
僕の乏しいMP量では、このレベルの魔法の連射には耐えきれなかったのだ。
――ただ、だからこそ、その威力は絶大。
もう、狙いなんてものは関係なかった。
生み出された雷の竜巻が、五つ全ての案山子を飲み込む。
竜巻の中で生み出された雷は縦横無尽に範囲内を駆け巡り、全ての案山子を徹底的に蹂躙して……。
――暴風が過ぎ去ったあとにはただ、折れた案山子の残骸だけが残っていた。
残心を解いて、深く息を吐く。
(……やってしまった)
我ながら、安い挑発に乗ってしまったと思う。
ただ、同時にどこかすっきりした気分になったのも事実。
(周回引継ぎ主人公ならこのくらいやれるだろうし、大丈夫……だよね?)
思えば完全に教官の思惑通りに行動してしまって、今も後ろからニヤニヤ笑われているかと思うとイラッとはするが、もう仕方ない。
僕は完全に開き直って、「さぁこれで満足だろ!」とばかりにやけくそ気味に教官の方を振り返った瞬間、
「ぴゃっ!?」
僕と目が合った赤髪の教官の口から、およそ彼女が発するとは思えない声が漏れた。
(……え、何その反応?)
何か、何かとてつもない勘違いをしているような予感に、顔からゆっくり血の気が引いていく。
不安に思った僕がクラスメイトの方を見ると、誰も彼もがみんな、まるで僕がとんでもないことをしでかしたみたいに、ぽかんとした顔で僕を見ていて……。
「きょ、教官! 教官がやれって言ったんですよね!?」
だからなんか言ってくれ、ともう一度ネリス教官に視線を戻すと、全ての元凶たる不良教官は気まずそうに僕から目を逸らして、
「じょ、冗談だったのにぃ……」
と言いやがったのだった。
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CV石影 明の罠!
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