第五十話 最後の星


「つまり、兄さんが『色々話してくれた』のは、僕の子供の頃のエピソードだけで、魔法のことは本当は一言も言ってなかったと?」

「はい……」


 僕が「わたしはウソをつきました」と書かれたボードを首にかけて正座した被疑者きょうかんに尋ねると、彼女はコクンとうなずいた。



[朗報]兄さんは無実だった![勝訴]



 よかった、僕を裏切った兄さんはいなかったんだね、と言いたいところだけど、あんまりよいことではない。


 教官のついたしょうもない嘘のせいで、絶対に見せるべきじゃない魔法をクラスメイト全員に見せてしまったのだ。

 これは簡単にリカバリー出来ないかもしれない。


「……で、なんでそんな嘘ついたんですか、教官」

「う、嘘というか、ほら、アレだよ。私なりの激励というか……」


 教官はここに来ても見苦しい言い訳を重ねていたが、僕が白けた目で見続けていると、ついに観念した。


「い、いやぁ、だってさぁ。普通に呼んでもお前どうせ適当にしらばっくれて逃げる気だったじゃん? それに性格的に『ほんとは弱いだろ』って挑発しても絶対響かないと思ったから、逆にハードルめちゃくちゃ上げてやれば、『実際はこれぐらいしか出来ませんよ』って感じに実演してくれるかなぁと思ってサ!」


 悪びれずにそう言って、「テヘッ☆」と舌を出すネリス教官。

 正直殴りたい。


(迂闊だったなぁ……)


 もちろん教官が100悪いが、教官がこういう性格だったことを分かっていて引っかかった僕の失策でもある。

 いや、絶対悪いのは教官だけども!!


 ただ、その罠にまんまとかかってしまったのもまぎれもない事実。


(どうすればいいんだ、これ)


 僕がこれからの学園生活げんさくほうかいを思ってうなだれていると、



「……まあ、その、悪かったよ」



 教官の口から信じがたい言葉が発せられて、思わず僕は目を見開いた。


「おいおい、何驚いた顔してんだよ。私だって一応はせんせーだぞ。お前が実力を他人に知られたくなかったことくらいは察せられるって」


 片目をつぶりながらそんなことを言ってくるが、


「いえ、教官に誰かに謝るような人間性が残ってたことにびっくりしただけですけど」

「そ、そこまで言うか!?」


 そこまでのことをしたことを自覚してほしい。

 しばらく、教官はショックを受けたような顔でその場に呆けていたが、やがて大きくため息をついた。


「……仕方ねえな。生徒をいじめるのも先生の役目なら、生徒を守るのも先生の役目だ」


 そうして怒るべきか褒めるべきか分からない台詞を口にして、立ち上がった。

 それから、大きく息を吸って、


「あー。みんな、ちょっとショッキングなものを見て動揺しているのも分かるが、私の話を聞いてくれ」


 教官は、さっきまで生徒に正座させられて説教されていたとは思えない威厳を見せてAクラスの面々を集めると、



「――さっきのことは、忘れてくれ!」



 いきなり、そんな突拍子もないことを叫んだ。


「あれは、私が騙し討ちみたいなやり方で使わせちまった魔法だ。お前らもAクラスの生徒なら、魔法の技術の秘匿性と重要性ってのは分かってるだろ。私のためじゃない。こいつのために見なかったことにしてくれないか?」


 想像もしていなかった教官の真摯な態度に、クラスのみんなも真剣に考え始めてくれたのが分かる。


 ただ、それですぐに受け入れられる訳もなく、「えー」とか「でも」とか、「あんな強烈なものを忘れるなんて」みたいな声も方々から上がった。


 そんな彼らに対して、ネリス教官がやったことはとてもシンプルだった。



「――頼む!!」



 深く、深く頭を下げる。

 いつもは強気で唯我独尊な気質を隠さない彼女の意外な行動に、生徒たちも戸惑いを隠せない。


 クラスの中に、困惑と緊張が蔓延する。

 どうにも出口の見えない状況に、僕が耐え切れずに何か行動を起こそうかと動いた瞬間、



「――ボクは、いいよ」



 一番初めに動いたのは、鎧を身に着けた剣士の少女だった。


「ボクには他人の強さを周りに言いふらすような趣味はないから。アルマくんが嫌なんだったら、忘れることにするよ」

「セイリア……」


 そう言って、セイリアは僕をちらりと見ると、やわらかく微笑んだ。

 そして、〈ファイブスター〉の一角が動いたことで、場の空気が変わる。


 さらに追い風を作るように、


「わ、わたしも! レオハルト様のこと、絶対に言いません!」

「わたしもレオっちには恩があるからなー。今回のことについてはしばらくお口チャックでいよーかなー」


 勇気を振り絞った様子のレミナが、いつもと同じ軽い口調でトリシャがうなずいたのを皮切りに、次々に生徒たちが賛同の声を発する。


(ありがとう、三人とも……)


 それから、認めたくはないけれど、ほんの少し、ネリス教官も。


「いよっし! 話はまとまったな!」


 そうしてクラスメイトたちの思いが一つになったところで、教官が力強く立ち上がると豪快に叫ぶ。



「じゃ、レオハルトのことは自分の胸にしまっておくってことで終わりだ! ここから魔法訓練、始めるぞぉ!」



 こうして僕の原作ライフは、首の皮一枚のところでなんとか守護られたのだった。

















 そして、翌朝。

 昨日は色々あったけど、今日こそは平和で原作通りな一日を過ごすんだと意気込んで寮の部屋を出ると、



「あっ! あの子じゃない!?」

「全属性十階位はやばすぎでしょ!」

「風の十三階位の方がやべーだろ」

「魔法の連射速度もすごいらしくて昨日……」



「――あー! 来た来た! 〈シックススター〉のレオハルト様ー! こっちだよー!」



〈ファイブスターズ〉はいつの間にやら〈シックススターズ〉に名前を変えていて、僕はその〈幻の六人目シックススター〉として、一夜にして全校生徒に知られる存在となっていたのだった。


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