第五十一話 黒幕と教官

全読者が待ちかねた(?)あの人の回です!

―――――――――――――――――――――


「舐めた真似しやがって……!」


 思わず、苛立ちが口から零れ落ちる。

 その苛立ちをそのままぶつけるように音を立てて廊下を進み、私は風紀委員の集まる部屋へと向かった。


「ネ、ネリス教官!?」


 部屋の前にいた風紀委員らしき生徒が驚きの声をあげるが、知ったことじゃない。


「おい! ここにエレメンタルマスターは……レイヴァン・レオハルトはいるか?」

「え、いますけど、一体何の……」


 乱暴に部屋のドアを押し開ける。


「おや、そんなに血相を変えてどうしたんですか? 今日はネリス教官が来るという話は……」

「ちょっと面貸せ!」


 皆までは言わせない。

 私はレイヴァンの首根っこを掴んで引っ張ると、そのまま部屋から引きずり出す。


「ちょ、ちょっと、いきなり何をするんですか!?」

「うるせえ! いいから来い!」


 そのまま引きずるように校内を進んで、会議室の一つに放り込むようにレイヴァンを押し込んだ。

 素早く部屋に入って、扉を閉める。


「な、なんなんですか? い、一体どうしてこんな……」


 混乱している様子のレイヴァンにチッと舌打ちして、



「――テメエ! 私を利用しやがったな!!」



 恫喝するように叫びながら、私は首元を思い切り捻り上げた。


「……あ?」


 ……はずが、いつの間にか、襟を掴んでいたはずの私の手は外れていた。

 パシン、と音を立てて宙をさまよっていた私の手を払うと、レイヴァンはつまらなさそうに言った。


「あまり大きな声を出さないで下さい。人が寄って来たら面倒でしょう?」


 そこに、先ほどまで私に引きずられ、一方的に動揺していた被害者の姿はない。

 代わりに現れたのは、教員を教員とも思っていないような、冷たい目をした怪物。


 だが、こいつが猫をかぶっていることなんてずっと前から勘づいていた。

 今さら、その程度で怯みはしないし、何より今の私は怒り狂っていた。


「やってくれたな、レイヴァン!」

「何の話です?」


 一切の動揺を見せずにそう言いのける神経の太さが、すでに雄弁に真実を語っている。

 それでも私は、感情をぶつけるように怒鳴った。


「とぼけんな! あの時、わざと私が弟に興味を持つように話を持っていきやがっただろうが!」


 確かにこいつは、弟についての具体的な話は何一つしなかった。

 それでいてこいつは、私が弟に関心を抱くように、弟の実力を見ようと動くように、私の意識を誘導しやがったのだ。


 だが、私の言葉に対する返答は、呆れたようなため息だった。


「もし仮に、貴方の妄想が真実だったとして……」

「あん?」


 静かな言葉の刃が、私に向けられる。


「僕は貴方に何一つ指示も強要もしていません。……実際に卑劣な嘘をついて弟を焚きつけ、軽々に魔法を使わせることになったのは貴方の自由意志の結果だ。違いますか?」

「ぐ、それは……」


 そしてそこで、彼はふっと表情を緩めて笑ってみせた。


「それに、聞いていますよ。初めて弟の魔法を見た時、随分と可愛らしい鳴き声を聞かせてあげたとか」

「なっ!?」


 思わず赤面する。


「う、うるせえ! んなことはどうでもいい! それより何を企んでやがる! 一体何のために弟の……」


 照れ隠しのように叫んだ言葉は、




「――世界のため、ですよ」




 あまりにも意外な発言に、止められる。


「なに?」

「貴方も、分かっているはずです。数年前から、少しずつ世界はおかしくなっている。常識を超えた力がありながら、それを伏せたまま遊ばせておく余裕なんて、この世界にはないんです」


 あまりにも純粋な、純粋すぎる澄んだ瞳。

 私は気持ちが悪くなって、目をそらした。


「……まあ、お前の思惑なんて今はどうでもいい。それより、アレはなんだ!」

「アレ、とは?」

「いちいちとぼけるんじゃねえ! お前の弟の魔法だよ! どうやったらあんな『化け物』が出来る!」


 私の剣幕に、レイヴァンは心外だとばかりに肩をすくめた。


「人の弟を化け物呼ばわりとは、穏やかじゃありませんね」

「うるせえ! アレを見て化け物だと思えねえ奴は戦士じゃねえ! 言え! 公爵家は一体あいつに何を……!」


 激昂する私に対する返答は、あまりにもシンプルなもの。



「――なにも」



 だからこそ、すぐには理解が出来なかった。


「は?」

「ですから、公爵家は何もしていませんよ。アレは、純粋に弟の努力の結果です」


 ……「努力」。

 魔法社会である貴族の世界では、何よりも空虚な言葉だ。


「話すつもりはないってことか? もしお前らが子供相手に人の道を外れたことをしでかしてるってんなら……」

「失礼ですね。小道具を揃えるのに少しばかり公爵家の手は借りたようですが、アレは本当に弟の力です。僕も少し、恩恵に与りましたしね」


「小道具」という言葉、そこから連想される可能性に、私は戦慄した。



「――まさか、とは思うが。公爵家は見つけたのか、〈賢者の石〉を」



 半ば願望交じりの、私の問いかけ。

 その言葉に、奴は、


「賢者の、石……? ふ、ふふ! ふふふふふふふ!」

「な、なにがおかしい!!」


 あろうことか、腹を抱えて笑い始めたのだ。

 それが演技ではなく本気だということは、彼の目尻に浮かんだ涙で分かる。


「ああ、いえ。すみません。ですが、ずいぶんと可愛らしい〈賢者の石〉もあったものだなと」


 しかし、その発言の内容は、決して聞き捨てならないものだった。


「あるのか、本当に! 〈賢者の石〉が!」

「貴方が想像しているようなものは、ありませんよ。少なくとも、アレは貴方には使いこなせない」

「何を言って……!」


 だがそこで、奴はわざとらしく自分の時計を見た。


「そろそろ時間ですね。僕はこれで失礼します」

「な、待て! まだ話は……」


 終わっていない、と継ごうとしたが、それを奴は許さなかった。


「終わりですよ。これ以上、僕の時間を貴方に割く必要性は感じません」


 伸ばした手は、空を切る。


 ――このままこいつを行かせてはいけない。


 焦りが私の心を支配する。

 だから私は、最後のカードを切った。



「――待て! お前の弟の方から、無理矢理に聞き出してもいいんだぞ!」



 それは無論、脅しだった。

 そこまでの下種に成り下がるつもりは、私にもない。


 しかし、




「――あまりさえずるなよ、羽虫が」




 その挑発の効果は、あまりに劇的過ぎた。

 次の瞬間、私は「見えない何か」によって宙に吊るされていた。


「ぐ、ぅ……」


 息が、止まる。

 何か目に見えない力が私の喉を掴み上げ、ギリギリと絞り上げている。



「――貴様がアルマに害を成した瞬間。それが、貴様の最後の刻となると知れ」



 感情のこもらない平坦な口調。

 だからこそ、それが本気の言葉だと分からされる。


「が……っは!」


 言葉が終わるのを境に、首を襲っていた圧力が消える。

 私は受け身も取れずに地面に転がると、その場で深呼吸を繰り返した。



「――それでは、僕は失礼します。ネリス教官も、どうかくれぐれもご自愛なさってください」



 最後にレイヴァンは地面に這いつくばる私に対して優雅な礼を残し、部屋の外へと消えていく。


「ま、て……!」


 私はよろめきながら追いかけるが、ドアの向こうにすでに彼の姿はなく……。



 ――その先にはただ、深い深い闇が広がっているばかりだった。



―――――――――――――――――――――

さすおに!!




今回の話、本気で読者のCV石影 明への解像度で面白さの質が変わりそう

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