第五十二話 得意と苦手と
「――なんで一晩で全校生徒に広まってるんだよ!」
昼休み。
トリシャとレミナに誘われて例の空き教室に避難してきた僕は、大きなテーブルをドン太郎して嘆いていた。
授業の時はみんな黙っててくれるって言ってたし、なんだったらちょっと感動までしてたのに……。
「そりゃ、あんなもん見たら誰かはしゃべるでしょ。ネリス教官、人望ないしさ」
ただ、トリシャの反応は冷たかった。
テーブルに肘をつきながら、まるで当然のことのようにそう言い放つ。
「あ、言っておくけどわたしはちゃーんと口をつぐんでたよ。みんなに話が行き渡るまではね」
「話が行き渡ってからはしゃべったってこと?」
恨めしげな僕の視線にも、トリシャは動じない。
「だって、もうみんな話したあとじゃわたし一人黙ってたって意味ないでしょ。それに、ちゃんと『しばらくは』黙ってるって言っておいたじゃん」
「え、あれってそういう意味だったの!?」
僕が驚いて問いかけると、
「もっちろん、どーせ広まるだろーとは思ってたよー。ま、予想より噂の広がり方はちょっと早かったけど、遅かれ早かれでしょ」
あっさりと言ってのけるトリシャ。
それどころか、
「というか、というかだよ! わたしとしてはむしろ、こっちの方が不意打ちされた気分だよ! なにあれ! あんなの出来るなら、せめて先に言っといてよ、もう!」
心臓止まるかと思ったんだからね、と怒ったような口調で、反転攻勢とばかりにこっちを恨めしげに見返す始末。
「い、いや、でもそっちとしては後ろ盾がしっかり実力を見せた方が都合がいいんじゃ……」
「ものには限度ってものがあるから! そりゃ立ち位置としてはレオっちの魔法バレの前にすり寄ってったわたしたちは先見の明がある勝ち組って思われてるけど、だからこそ今度はそのせいで周りの嫉妬を買っちゃったりもするし」
「あ、うん……」
やはり世の中、そんなに簡単にはいかないらしい。
ただ、一応形だけ抵抗してみる。
「で、でもさ。心配しすぎじゃないかな? ほら、レミナの魔法も、心配したほど目立ってなかったみたいだし……」
「そ、りゃ、あ、ね!! 霞むよ!! うっすくもなるよ!! あんなもん見せられたあとじゃ、なんでもね!!」
しかし、そのささやかな抵抗はトリシャの逆ギレにあってあえなく粉砕された。
レミナの訓練も見ていたが、土と風を第五階位、火と水をそれぞれ第二階位まで使っていた。
四つの属性を全て使うのはめずらしいみたいでそこそこに注目はされていたようだけど、やはりそこそこどまりだったのは僕がやらかしたせいだろう。
「今さらだけどさ。その……やっぱりあの十三階位魔法ってそんなにまずかった?」
僕が言うと、トリシャは「そこからなの!?」と言いたげに目を見開いた。
そのまま唇を尖らせると、そこでなぜか少しだけ嬉しそうに、口をもにゅもにゅと動かして、
「……もう、仕方ないなぁ。頼りない盟主様のために、あの時のレオっちがいかにやばかったか解説してあげるよ!」
そんなことを言いだして、スチャッと眼鏡をかけて解説モード。
レミナと二人で、なんとなくパチパチと拍手をする。
「まず、四大属性は分かるよね。四大って言ってるけど、これは実は二・二に別れてるのも流石に知ってるよね」
「ああ、うん。火と水、土と風がそれぞれ対立属性なんだよね」
ここが、この〈フォールランドストーリー〉の属性システムのちょっと変わったところ。
火と水、土と風はお互いに弱点属性になっていて、逆に言うとそれ以外の組み合わせでの有利不利はない。
「たまに例外はいるけど、人は生まれながらに一つだけ得意属性を持っている。それでその属性の魔法だけは、習得が早くなって、威力も上がるんだ」
「それは分かるよ。兄さんも火の魔法がほかと比べて一段階得意だったからね」
僕が得意げに言うと、トリシャは呆れた視線を投げつけてきて、
「絶対分かってないって! その人、〈エレメンタルマスター〉でしょ! レオハルト家を基準に考えるのはやめてよ!」
なぜか怒られてしまった。
「あ、あの! わたしも同じですから……」
この世の理不尽を嘆いていると、レミナがそっと慰めてくれる。
こっちはいい子だ。
「もう、レミナは甘やかさないで! いい? 普通の人は得意属性を持つ代わりにデメリットとして苦手属性も持つの。火だったらその反対属性の水の魔法が苦手属性になって、全然使えなくなるんだよ」
「え、そうなの?」
僕が読んだ本にも苦手属性のことは書かれていたけれど、「苦手になるからほかの属性を鍛えよう」、くらいにしか書かれていなかったから、そこまで深刻なものだとは思わなかった。
「そうなの! 例えば火が得意だったら水は全然使えなくて、土と風がそこそこ、って感じになる訳だね」
ただし、とトリシャは指を立てる。
「ごく一部の〈デュアル〉とか〈ツイン〉なんて呼ばれる人は例外として、二つの得意属性を持ってるんだ。〈ツイン〉は得意属性が二つになる代わりに苦手属性も二つになるけど、対立属性両方が得意になる〈デュアル〉の場合は結果的に苦手属性がなくなるから、理論上は四属性全部を使えるようになる。けど……」
そこで、トリシャは一度言葉を切った。
「レミナの使える魔法、見たでしょ? 普通の人はわざわざ複数属性をまともに鍛えないし、少なくとも主力として使っていくのは二つの属性に絞るんだよ」
「え、そうなの?」
僕が驚くと、トリシャはジトッとした視線を僕に送って、うなずいた。
「そりゃそうでしょ。だって四属性全部の魔法を使えたら確かに全ての属性の弱点を突けるようにはなるよ。でも、二属性を鍛えるだけで、有利か相性なしまでには確実に持っていける。なのにわざわざ、苦手な属性まで鍛える余裕なんてあると思う?」
「それは……」
反論したいところではあるけど、理屈は分かる。
例えばこっちが火属性と風属性の魔法を鍛えていたとしたら、相手が水か土なら弱点を突けるし、火か風でも相性有利不利のない魔法をぶつけられる。
それ以上の属性を育てるのは、コスパが悪いって考え方だろう。
「だから、四つの属性全部を使った僕はあんなに驚かれたのか……」
目から鱗が落ちる思いだった。
つまり、あの場での僕に対する過剰とも言える反応は、「こいつ四属性全部使えるのか!?」という驚きと一緒に、「え? こいつ四属性全部わざわざ鍛えてんの! 効率悪すぎじゃね!?」という驚きも混じっていたという訳だろう。
「そりゃそうだよ。四属性全部が得意だなんて、魔法にあんまりこだわりがないわたしだって羨ましくなるもん。魔法に命かけてるような子なら、なおさらだよ」
「あ、あはは……」
ちょっとすねたようなトリシャの言葉に、少し勘違いされてそうだなぁと思いながらも、僕は曖昧に笑って流した。
「と、とにかく、納得したよ」
これで、僕が異様に驚かれた謎は解明出来た。
たくさんしゃべってトリシャも多少は満足しただろうし、これで心置きなく昼食に移れると、食事に手を伸ばそうとしたところで、
「うん。これがびっくりされた理由の『四分の一』ね」
「ひょっ?」
その手が突然掴まれて、変な声が出た。
僕の手を万力のように締めつけながら、身じろぎもせずに僕を見るトリシャの眼鏡が、鈍く光って、
「――自分がどれだけ訳の分からないことをしたのか、レオっちにはきーっちり教えてあげるからねぇ」
レンズの奥の彼女の瞳は、こんなものでは逃がさないぞと雄弁に語っていたのだった。
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