第五十三話 やらかし


「ええとさ。驚く理由の四分の一って聞こえたんだけど、それじゃああと三つも理由があ――」

「あるよ」


 食い気味の即答だった。

 そして笑顔だった。


 しかも、その笑みは、笑うという行為は本来攻撃的なものであり云々かんぬんと言いたくなるような、威圧感にあふれるもの。

 僕は昼食にありつくのをしばしあきらめ、仕方なくトリシャ先生の話を聞くことに決めた。


「まず一個目は、魔法の威力が高すぎるってことかな」

「え?」


 それは、ちょっと予想外の言葉だった。

 あそこで見せた第十階位のバースト系魔法も、風の十三階位の〈ライトニング・ストーム〉もそこまで熟練度を上げている訳じゃない。


 ぶっちゃけ威力だって、階位に比べたら弱すぎるくらいだったはずなんだけど……。


「確かに第十階位の魔法と考えれば、あの〈バースト〉系魔法の威力は『普通』だった。でもそれって、ありえないでしょ?」

「へ?」


 普通がおかしいってどういうことだ?

 なら普通とは一体……?


 そんなゲシュタルト崩壊を起こしていると、トリシャの目が少し冷たくなる。


「レオっちはいい加減、自分の知名度を自覚した方がいいよ。言っておくけど。レオっちの魔力値が低いの、もう全校生徒にバレてるから」

「え……」


 思わず、濁った声が漏れる。


「入学試験の時に魔力も測ったでしょ。耳が早い人は絶対レオっちの情報集めたし、もう全員がその情報も入手してるよ」

「こ、こわっ!」


 確かにステータス測定の時は、ほかの人にも聞こえるように言っていたが、それがもう出回ってるってことだろうか。

 僕なんて、セイリアの敏捷くらいしか覚えてないってのに。


「はっきり言うけど、レオっちの魔力値の低さはこの学園としては異常だよ。でもそれ以上に、あの魔力値で『普通』の威力の魔法を使ったことの方が信じられない」


 一体どんな「魔法」を使ってるんだか、とトリシャが何か言いたげな視線を僕に送ってくる。


 ……正直に言えば、明確に理由は分かっている。


 僕とほかの人の魔法に差があるとしたら、それは「魔法」自体の熟練度だ。


 確かに僕は、使った魔法個別の熟練度についてはそこまで高くないものを選んだが、元となる〈魔法詠唱〉と各〈属性の魔法熟練度〉については人よりも秀でているはず。

 特に魔法全体の熟練度については、ちょっと変わった算出方法がされることが分かったため、おそらく僕はかなり有利なのだ。


「ふぅぅぅぅん。その顔、何か思い当たることがあるって表情してるねー」

「え、ええと、それでほか二つは?」


 視線の圧に耐えかね、僕が露骨に話を逸らそうとすると、トリシャは肩を竦めながらも話に乗ってくれた。


「一つは魔法の発動速度だよ。あの時のレオっち、魔法をノータイムでポンポン使ってたよね。あれ、絶対おかしいから」

「え、でも模擬戦とかだとほかの人も……」

「第二階位とか第三階位ならね。でも第十階位、ううん、もう第六階位辺りから、魔法を使う前にきっちりと魔力を練らないと普通は成功なんてしないんだよ!」


 それが事実なら、これは完全な失策だ。

 メニューをぽちっとやるだけで魔法が使える弊害が、ここに出た。


 いや、でも、確かに言われてみると……。


 思い起こしてみると、兄さんも魔法を使う前に結構なタメの時間を作っていた気がする。

 あれってもったいぶってるとかじゃなくて、ちゃんと意味があったのか?


「待った、でも皇女様は……」

「ああ。あの模擬戦のこと? あれもいきなり魔法を使ってるように見えたけど、実際には最初ににらみ合いしてる時にこっそり魔力を練ってたんだよ」


 さらっと暴露される、衝撃の事実。


「普通の人は、皇女様相手に、即座に攻撃なんて思いきれないからね。どうしたって様子見の時間は出来るし、その時間を利用したって訳。魔力を練ってる間はかなり無防備になるから、敵の目の前であれだけ堂々とやった皇女様の胆力は、流石だなぁと思うけど……」


 あの見てるクラスメイト全体を凍りつかせ、ドン引きされた魔法すらも、僕が見せたあの魔法の連射に比べるとインパクトが弱いと言う。


(い、いや、僕、もしかしてかなりやらかした?)


 それでもまだ、まだ大丈夫……かもしれない。


「それで、最後の一つは?」

「それはシンプルだよ。使った魔法の階位が高すぎる」


 もう投げやりとすら言えるような態度で、トリシャは言った。


 ……そしてまあ実際、予想をしていた答えではあった。


 トリシャはもうなんだかバカらしいというか、ふてくされているような態度ではあったけれど、生来の気質が真面目なんだろう。

 すぐに姿勢を正して、丁寧に解説し始める。


「あのね。普通なら学園のAクラスでも、一年生のうちに第八階位か、第九階位まで使えたら天才、って扱いなの。それが全属性十階位とか……」


 もうお話にならないよ、とばかりに肩を竦めるトリシャ。

 ただ、それについては僕にも言い分があった。


「で、でもさ。それこそ、こ……」

「こ?」


 途中で固まった僕を、トリシャがいぶかしげに見つめる。


「ああいや、個人差があるんじゃ、って」

「個人差ってレベルじゃないでしょ、どう考えても!!」


 トリシャからは当然のように怒鳴られたけれど、僕はひそかにほっと胸を撫でおろしていた。


(……危なかった)


 本当は、「皇女様は第十一階位の魔法を使ってたじゃないか」と言いかけて、ギリギリで気付いて口をつぐんだのだ。


(そうだよな。光の魔法は、伝説の魔法。どんな魔法があるのかすら、今はあまり世に知られていないんだから……)


 皇女様が使った魔法が、一体何階位の魔法だったかなんて、普通の人が分かる訳がない。

 とんだ孔明の罠だ。


(あ、危うく原作遵守の最後の砦すらも壊してしまうところだった!)


 こればかりは、父さんや母さん、兄さんにだって話したことはない。

 僕が光の魔法を使えることだけは、トリシャたちにも内緒にしておこう。


(というか逆に、その光魔法を使える皇女様ってなんなんだよ!)


 こういうのは普通、主人公の特権じゃないのか。

 覚醒して光の魔法を使えるようになったけど、皇女様には全然及ばないよ、だと恰好がつかないと思うんだけど……。


(やっぱ皇女様だけあまりにも異質というか、全体的に強すぎるんだよな)


 強キャラ枠か、隠しヒロイン枠か、あるいはラスボス枠だったとしても驚かない。

 言動もスペックも、「なろう主人公かよ」ってくらいに強すぎるのだ。


 なんて僕が理不尽な怒りを皇女様にぶつけている間に、トリシャの怒りも収まったようだ。

 気を取り直したように、最後の議題に移る。


「で、最後にレオっちが使った風魔法。第十三階位の〈ライトニング・ストーム〉だけど……」

「うん」


 やっぱり、それもダメだったらしい。


(……いや、まあ分かってたけどね)


 自分で熟練度上げをすると分かるが、第八階位が使えるようになったくらいから魔法のレベルは上がりにくくなり、第十階位を超えた辺りから地獄みたいに大変になるのだ。


 これはとんだマゾゲーだぞ、と嬉しくなりながらサルみたいに毎日毎日魔法を使い続けていた思い出がよみがえる。


 そんな僕を、どう思っているのか。

 トリシャは僕をどこか呆れたような目で見つめながら、




「――あれ、もう文献の中にしか使い手がいないから」




 最後の最後で、特大のやらかしを僕に突きつけてきたのだった。


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アルマくんの原作(あした)はどっちだ!

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