第三十五話 わりとわりーやつら
「――な、何をしてるんですか!」
飛び込んだ校舎裏では、数人の上級生が一人の男子生徒を取り囲んで恫喝している、信じられない光景が広がっていた。
「……チッ。一年坊かよ。今日なら誰もいねえと思ったのに、間がわりい」
ボクの声に振り向いた上級生の中で、一番身体が大きく、見た目も派手な男がそんな悪態をつく。
それをたしなめるのは、隣にいた上級生だ。
「ランドさん。さすがにまずいっすよ。ただでさえ風紀委員ににらまれちまってるのに、こんなんチクられたら……」
この学園は実力主義だが、何も無法地帯という訳じゃない。
むしろ甘ったれた貴族の子女が将来的に問題を起こさないよう、授業外の暴力は厳しく罰せられる。
(それに、ランド? ランド・スイーツって、確か……)
貴族社会の情報には疎いけれど、それでもスイーツ家の長男が手の付けられない乱暴者だという話は小耳に挟んだことがあった。
(……これが、ドロップアウト組)
情報としては、聞いたことがあった。
この学園に通うような人間は、誰もが選ばれた人間だ。
生まれ持った素質か、弛まぬ鍛錬か、あるいは大貴族の地位か。
とにかく何かしらに優れた選ばれた人間だけが、この学園の門をくぐることを許される。
――しかし、だからこそ折れる。
故郷や実家では天才だ神童だともてはやされていても、そんな人間ばかりがこの学園に集められているのだ。
生半可な「天才」は、この学園では「普通」でしかない。
自分が特別な存在ではないと思い知らされた時、それを認められない肥大化した自尊心を持った一部の生徒は、自ら悪の道へと堕ちていく。
そうなれば最悪だ。
学園では「普通」でも、一般人にとってみればその力は悪魔にも等しいほどに強大。
そんな奴らを野放しにしたら、どんな被害が出るか分かったものじゃない。
だからこそ、教員以外にも生徒による風紀委員などが目を光らせ、問題を起こした生徒はすぐに処罰されるはずなのに……。
「なぁ、嬢ちゃん。その立派な鎧を見る限り、嬢ちゃんも貴族なんだろ?」
ニヤついた笑みを浮かべて寄ってきたこの男は、学内での暴力行為を見とがめられた今でもふてぶてしい態度を崩さなかった。
そのまま、まるでボクの仲間であるとも言いたげな態度で、すり寄ってくる。
「こいつはよぉ。平民の分際で貴族サマのおこぼれもらおうと学園にやってきたゴミ屑で、お偉いお嬢さんが同情してやるような相手じゃねえんだわ。オレらはこいつでストレス発散出来て嬉しい。こいつはオレらの役に立てて嬉しい。だぁれも困ってない、ウィンウィンって奴だ」
いかにも楽しそうにランドは語るが、
(何が、誰も困っていない、だ!)
そう口にする間も、ランドの取り巻きたちが、平民らしき男子生徒を無理矢理に地面に押し付けている。
いや、それ以前に、地面に押し付けられた彼の涙ににじんだ顔を見れば、何が真実かなんてものは一目瞭然だ。
けれど、ランドという男はそれを一顧だにしない。
まるで自分が本当に正しいことを言っているとばかりに自信満々に、狂った論理を口にし続ける。
「だからよぉ。お嬢ちゃんは、ここでなぁんにも見なかったし、誰にも会わなかった。そういうことにするのが誰にとっても幸せなんじゃないかと思うんだよ。なぁ? 嬢ちゃんだって、これからの学校生活、ずぅぅぅっと怯えて過ごしたくはないだろ? ん?」
話にならない……!
確かにボクがただの子供だったのなら、そんな恫喝も通るかもしれない。
でも、ボクは誇り高い帝立英雄学園生で、剣聖の娘なのだ。
「それはボクに……。〈赤の剣聖〉の娘に不正を見逃せと言っているんですか!?」
上級生の恐怖よりも、今は怒りが勝った。
気合と共に口に出した言葉に、今まで笑顔の仮面をかぶっていたランドの顔が、一瞬にして醜悪に歪んだ。
「はぁぁ。てめぇ、レッドハウト家の娘かよ! ったく、魔法バカのレオハルトといい、英雄のガキってのはどいつもこいつも……!」
あまりの変わり身の早さに、驚く暇もない。
ランドはしばらく、怒ったようにガシガシと頭をかきむしっていたが、やがて観念したのか。
脇にずれて、人ひとりが通れる程度の道を開けた。
「はぁ。わかったわかった。流石のオレも英雄の娘ともめたとなりゃあ無事じゃすまねえ。……ほら、そいつ連れてけよ」
素直に信用していいのかは、分からない。
でも今は、倒れている平民の少年を助け出すことを優先するべきだ。
「……大丈夫?」
何かされる隙がないように素早く駆け寄って、倒れている生徒に声をかける。
ボクが声をかけると、その平民の生徒はホッと息をついて、それにつられてボクも笑顔になった、その瞬間、
「あ、ありがとうございます! でも、その、足が動かな……危ない!」
「え?」
そこで剣を動かせたのは、長年の訓練が生んだ反射だった。
後ろに伸ばした剣が固いものとぶつかって、鋭い金属音を立てる。
「……どういう、つもりですか?」
間一髪、だった。
ボクがとっさに動かした剣は、背後からボクの背中を切りつけようとしたランドの剣を、かろうじて受け止めていた。
「……面白くもねぇ。腐っても剣聖の娘ってことかよ」
不意打ちを防がれたというのに、このランドという男はまるで悪びれる様子はなかった。
「しゃあねえな。てめぇら、こいつ囲め」
弁解の一つもせず、さも当然と言わんばかりの態度で取り巻きたちに指示を出すその姿に、ボクは驚きより先に恐怖を感じてしまう。
「いいんですか、ランドさん。こいつに手を出したら……」
「ハッ! 知らねえのかよ、そいつのあだ名」
先ほどの男の問いを、ランドは鼻で笑う。
「――〈なまくら姫〉っつうんだよ。そいつは剣の才能のない落ちこぼれでなぁ! 親になんて、とっくの昔に見放されてんだよ!」
ギリ、と唇を嚙む。
こんな奴らに、自分の弱みを見せたくはない。
でも、食いしばった唇の向こうで、自分の心が軋む音がしたのは隠し切れはしなかった。
「へ、へ。なぁんだ。こいつもオレらと同じ、落ちこぼれかよ」
それに気を大きくしたのか、ランドの取り巻きたちがみな、ボクの周りを取り囲んでくる。
つられてじりじりと下がりそうになる足を、気力で繋ぎ止める。
「こんなことをして、本当にただで済むと思っているんですか? ボクの父様が動かなくても、こんなこと、学園に話してしまえば……」
弱気を見せちゃダメだ!
ボクは恐怖にすくみそうになる心に鞭打って、ランドに相対する。
だが、それでもランドの余裕は崩れない。
「話しちまえば、だろ?」
「な、にを……?」
その言葉をスイッチにしたかのように、ランドの視線の質が変わった。
「いくらいきがって棒切れ振り回そうが、鎧剥いじまえばただの乳臭ぇ女だ。オレたちが一晩じーっくり『説得』してやれば、きっと考えも変わるだろうさ」
ぞわっと、背筋を虫が這いまわるような悪寒がした。
ランドの、いや、周りの男たちの視線が、ボクの身体を上から下まで舐め回すように動くのが分かる。
「体つきは貧相だが、顔はまあまあ。それに、じゃじゃ馬をしつけるのもたまには悪くねえんじゃないかって思ってよぉ」
「なにを、なにを言ってるの?」
男たちは、答えない。
ただニヤニヤ、ニヤニヤと、ボクの身体を舐めるように品定めする。
(なに、これ……。なん、なんだよぉ)
初めての感覚に、逃げ場のない視線に、動揺する。
肌を刺す視線に、信頼しているはずの自分の着ている鎧が、途端にどこか頼りないものに思えてしまう。
(おかしい、こんなの、おかしいよ……)
あまりにも、あまりにも生きている世界が違いすぎる。
ボクは男たちからあとずさり、手足の震えが気付かれないように祈るだけで精いっぱいだった。
そして、
「……ぁ」
下がろうとした足が、地面の凹凸にぶつかる。
ボクがバランスを崩してよろめいた時、
「――お楽しみタイムだ! オレたちとたくさん遊ぼうぜぇ!」
ボクに向かって、男たちが押し寄せた。
―――――――――――――――――――――
ヒャッハー!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます