第五十八話 月下の痴女姫
「……と、とりあえずこれ!」
この状況は色んな意味でまずい。
僕は慌ててマントを取り出すと、それを彼女の身体を覆うようにかぶせた。
(あと、何か着られそうなもの……!)
流石に女物の服なんて持っているはずもなく、とりあえず自分の上着を渡しておく。
丈が長いものを選んだので、彼女の背丈ならとりあえずこれでなんとかなるだろう、たぶん。
「あ、ありがとう。……そ、その」
「う、うん」
ファーリさんは顔を赤くして僕の服を受け取って、マントの下でごそごそとやりながら、恥ずかしそうに問いかけた。
「さっきまでこんな服持ってなかったはず。どうやって出したの? やっぱり魔法? ねぇ魔法?」
魔法への感度と圧が強すぎる!
裸よりそっち先に気にするの女の子としてどうなの!?
「ねぇ魔ほ……」
「いいから服着て」
なおも言いつのろうとする彼女を脳天チョップで黙らせ、服を着るのを待つ。
「これでいい?」
そう言って振り返ったファーリさんは、上着にマントだけという恰好だったけど、超ミニのワンピースを着ているように見えなくも……いや、やっぱきついかな。
(普通に痴女だこれ)
という感想は、お互いの精神の平和のためにグッと飲み込んだ。
「だ、大丈夫じゃないかな?」
これ、セーフなんだ、と小声でつぶやかれた言葉は、意図して聞かなかったことにする。
でもまあ、とりあえずこれで直視は出来るようになった。
「それより、あー」
何を聞いたものか迷う僕に、ファーリさんは先回りして答えた。
「透明になる薬、飲んだから」
「なるほど?」
それはファーリさんが持ち込んだ薬で、大体こういう効果らしい。
《透明化薬(消耗品):これを飲んだ者は数時間透明になる。ただし身に着けているものは透明に出来ない》
ベッタベタじゃないか!
(でもありがとうございます!)
心の中でラッキースケベの神様に感謝の意を捧げたあと、ふと気付いた。
「あれ? でも、身に着けてるものを透明に出来ないってことは、授業中もずっと……」
「うん。昼休みに更衣室で薬飲んでからずっと裸。正直なんか、こ――」
「やめようね?」
年頃の女性らしからぬ言葉を口にしようとするファーリさんを、一応義務として止めておく。
けれど、僕の言葉にファーリさんはなぜか不満そうに口を尖らせた。
「入学してたった二日で二人も愛人を作った人に言われたくない」
「えっ?」
なんだか聞き捨てならない台詞を返されて、流石に動揺する。
「ま、待って! 僕ってそんな風に思われてるの?」
「うん。〈雷光のエロハルト〉と言えばあなたのこと」
あんまりにもあんまりな風評に、僕はガクリと膝をつく。
「まさか、クラスでそんな風に思われてたなんて……」
ただ、僕の言葉にファーリさんは不思議そうに首をかしげた。
「クラスでなんて呼ばれてるかは知らない。わたしが言ってる」
「え? クラスのみんなが言ってるんじゃなくて?」
僕が尋ねると、なぜかファーリさんは呆れたように「ハッ」と鼻で笑った。
「少しでも考えれば分かること。ぼっちにそんな情報網がある訳ない」
「ぼっちなんだ……」
大貴族の娘で、〈ファイブスター〉の一人で、魔法の天才なのに……。
僕の憐れみの視線に気付くと、ファーリさんは鼻息も荒くうなずいて、
「自慢じゃないけど生まれてこの方一度も友達がいたことがないエリートぼっち。強いて言うなら魔法と妄想だけが友達」
そう決め顔で胸を張ったけど、それは本当に自慢にならない上にその格好で胸を張るのは洒落にならないからやめよう。
「というか、ファーリさんはそんなエロい奴だと思ってる相手に裸で近付いたのか」
僕が言うと、ファーリさんは数秒間ほど目をぱちぱちとさせてから、わざとらしく手で身体を隠した。
「……きゃっ」
「いやもう遅いから」
あんまりにも今さらすぎる。
あと今のかっこでそれやられると、無表情でも普通にエッチいからやめてほしい。
「とにかく、なんでこんなことをしたのか、事情くらいは話してもらうよ」
今までふざけていたのは、やはり罪悪感があったからだろう。
僕の言葉にファーリさんは意外なほどに神妙な顔をして、コクンとうなずいたのだった。
※ ※ ※
「……つまり、魔法の訓練に行き詰まったから、すごい魔法を使ってた僕を監視してヒントを得ようとした、と?」
彼女からの事情聴取を終え、彼女が話してくれた内容を確認する。
「ん。わたしの壮絶な過去と様々な葛藤の末に至った行動を、無慈悲に一行でまとめればそうなる」
「いちいち棘ある感じに解釈するのやめてよ」
僕がたまらず抗議すると、ファーリさんは「甘い」とばかりに笑った。
「だからわたしには友達が出来ない。……うぅぅ」
言ったあとに自分でダメージを受けるなら言わなきゃいいのに……。
(とはいえ、困ったな……)
話は分かった。
分かったけど……。
「別に、わざわざ透明にならなくても、魔法使ってるところくらいなら、見せるけど」
そう口にしながらも、彼女がそれで引き下がらないことは分かっていた。
だって、本当に彼女が僕の「魔法」を見たいだけなら、姿を隠す必要なんてないから。
ファーリさんが本当に見たいのは、僕の「魔法」じゃない。
僕が「魔法が使えるようになった秘密」を見たいんだ。
「……自分がズルいことをしたのは分かってる。心配しなくても、もう付きまとったりはしない」
「え?」
だから、そこで彼女が折れたのは予想外だった。
「その上で、図々しいことを言う、けど。一つだけワガママを聞いてもらえるなら……」
ファーリさんは何かを堪えるようにそう口に出すと、涙で煌めく瞳を僕に向けて、
「――わたしに、水の第十三階位魔法を見せてほしい」
まっすぐな口調で、とんでもないことを言ってきたのだった。
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