第五十七話 月下の邂逅


 いやぁ、まあ、びっくりするよね!


 昼食食べてから一度教室戻ったらさ。

 なんか教室の隅にゲージだけ浮かんでるし、レンズで見たらクラスメイトの名前出てるし、それがなんかこっちについてくるし。


 まあ、おかしなことが起こるのはもう慣れっこと言えば慣れっこだ。

 僕が気にしているのはただ一つ。


(これほんとに原作通り……なのかなぁ)


 流石にこんな訳の分からない事態がイベントじゃないと思いたくないけど、イベントだったとするならおそらく僕が強い魔法を使ってしまったのが原因だろう。


(授業で僕が魔法を使ってる時、なんだかガンガンに近付いてきてたもんなぁ)


 このファーリって人のことはよく知らないが、魔法公の娘というのならきっと魔法に興味があるタイプのキャラなんだろう。


 妙に強い魔法を使う僕に興味を持って、透明になってじっくり観察することにした、みたいなイベントだとしたらまあ納得は出来る。


 ただ、この時期にそんなイベントが起こってしまったのは、なんだか原作崩壊の……いや、もう考えまい。


(まずは、向こうの目的を確認しなきゃね)


 僕がわざと一人になったのは、ファーリさんの行動を促すため。

 何か話があるのならここで接触を図ってくるだろうし、低い可能性ではあるものの、目撃者がなくなったところで襲ってくるという線も考えられる。


 ただ、


(……あ、これもう確定だわ)


 僕が魔法訓練っぽいものを始めた途端にのこのこと近寄ってきたので、そんな面倒なことを考える必要もなくなった。


 魔法を撃つ度に分かりやすくゲージが揺れているので反応しているのは丸わかりだし、どうやら自分が反応されないことに味を占めたのか、最初は二十メートルほどあった距離は回を重ねるごとにどんどんと縮まっていった。


(てか、近い近い!)


 幸い、実技授業のあとにもらったフルーツジュースと、授業の最後に「これ、口止め料な」とネリス教官に口に突っ込まれた魔力回復薬のおかげでまだ魔力には多少の余裕はある。


 だから調子に乗って水の第九階位魔法なんかを使ったのがよくなかったのだろうか。



「――〈アイシクルレイン〉! はじめてみた!」



 なんて小さな声が聞こえたと思ったら、それを境にタガが外れてしまったのか、まさにかぶりつきという言葉がふさわしいような位置、もう呼吸音さえ聞こえるような距離で訓練を眺めるようになってしまった。


(いや、絶対おかしいでしょこれ!)


 こっちとしては必死で気付かないフリをしているのに、魔法を使う度に耳元で、


「む。魔力が滑らか……」

「な、なんて魔力効率……」

「風の第七階位、これもはじめて」


 とかいちいちコメントをしてくるのだ。


(え、これわざとやってる訳じゃないよね?)


 自分が隠れていることを忘れているのか、あるいは全然見つかっていないことに安心しきっているのか、ファーリさんはどんどんと大胆になっていき、ついには「は・や・く! つーぎ! つーぎ!」とリクエストまで始める始末。


(もしかして、からかわれてる、のかな)


 ファーリさんもとっくの昔に自分が気付かれていることを分かっていて、それで僕をからかっているのかもしれない。


(そういうことなら……)


 僕は自分でも棒読みだなぁと思うような演技で、「んー?」と言いながら、今まで頑なに見ようとしなかったファーリさんがいる方向へ、思いっきり首を曲げる。


 その瞬間、



 ――ビビクゥ!!



 赤と青のゲージが大げさに跳ねたかと思うと、一拍遅れてものすごい勢いで遠ざかっていく。

 そして、そのゲージが元の二十メートルほど離れたところで、


「……あれぇ? 今、何か声がしたと思ったんだけど、気のせいかな」


 わざとらしくそうつぶやくと、まるでホッと胸をなでおろしたように、赤と青のゲージもペコリンと上下に動いた。



(――いや、ホッ、じゃないんだよ!!)



 やっぱり全然気付いてなかった!


 こんなん僕じゃなかったら絶対バレてるから!

 いや、僕にもバレてるんだけど、とにかく隠れるということに対して適性がなさすぎる!


(これ、まかり間違って男子寮にでもついてこようものなら、絶対大変なことになるぞ)


 本人がうまく隠れられていると思っているところがまた、たちが悪い。

 早く何とかしないと……と僕が頭を抱えたところで、



「――ね、ねぇ。なんか声が聞こえたけど、もしかして、透明になった女の子が後ろにいるの?」



 ようやく事態に気付いたティータがそんな今さらな問いを投げかけてきた。


「クラスメイトの子だよ。なんかずっと、ついてきてたみたいだね」

「な、なるほどね! アタシの精霊レーダーをかいくぐるとはなかなかやるじゃない!」


 精霊レーダーってなんなんだよ、とは思うけど、視線自体は感知していたという功績があるからあまりバカにも出来ない。


(まあ、教官なんかは最初から場所までなんとなく気付いてたみたいだけど……)


 精霊レーダー以上の感知能力があるってことは、アレでも能力的には優秀だったりするんだろうか、なんて、どうでもいい人のことを考えていると、ティータが焦ったようにまくしたててきた。


「あ、い、言っとくけどね! アレが魔法だったらぜったいアタシは見破ってたからね! アレはきっと道具の効果よ! 間違いないわね、うん!」

「そうなんだ」


 ティータの負け惜しみはともかく、そういう情報はありがたい。


 この世界では〈魔法〉というのは効果がきっかりと決まっていて応用が利かず、ほぼ画一的な効果しか発揮しない特徴がある。


(土属性で土木チートとかもやろうと思ったけど、大きさも形も自由に出来ないから使いにくいんだよなぁ)


 そういう意味で魔法の日常での利便性は非常に低いのだが、反面、魔道具や薬は割となんでもありで自由度が高いイメージがある。


 ファンタジー世界の定番、透明化薬くらいはこの世界にあっても何もおかしくない。


「でもま、効果としては要するに光を捻じ曲げて視覚をごまかしてるだけでしょ。だったらアタシの得意分野ね!」

「そうなの?」


 僕が尋ねると、ティータは小さな胸を精一杯に張る。

 そうして、まるで出来の悪い生徒に話をするように、お姉さんぶった態度で口を開いた。


「ふっふーん! アルマはアタシが何の属性の精霊だったか忘れたの?」

「風でしょ」


 僕があっさり言うと、


「そう、ひ……風よ!! よ、よく覚えてたわね! ほ、ほめてつかわすわ!」

「どうも?」


 ティータは両手をわたわたとさせたあと、僕をやたらと持ち上げてくる。

 あいかわらず忙しい妖精だ。


「でも、風って透明になるのに関係あるのかな。あんまりそういうイメージないけど」

「あ、あるに決まってるじゃない! 風は、ええと、ほら、そう! びゅーんって吹いて魔法効果とか打ち消すのよ!」

「なるほど……?」


 正直その理屈は分からないけど、精霊というのはなんか気分で生きてそうな存在だ。

 本人がそう思っているのなら、きっと効果はあるんだろう。


「じゃあ、今度近付いてきたらそっちに手を向けるから、透明化、解除してもらってもいいかな?」

「まーかせて! あ、でも魔力は最大まで回復しといてね! 今のままじゃ全然足りないから」

「……了解」


 やっぱりレベル上げ頑張ろう、そう決意をしながら、虎の子の魔力回復薬を取り出して飲み干す。

 そのチャンスは、すぐにやってきた。


(……来た!)


 流石に今回は学んだのか、音を立てないようにそろり、そろりとファーリさんが近付いてきたところで、



「――〈ディスペル〉!」



 手のひらを彼女に向け、同時にティータが精霊術を操る。

 僕の手から飛び出した光が目の前の空間を直撃し、そこに立つ人影に形を持たせていく。


 ――光が収まると、そこに立っていたのは、僕の予想通りの人物。


 薄闇の中でも青く鮮やかな長い髪と、それと同色の眠たげな瞳。

 それからそれ以上に目を引く、まるで雪のように透き通った肌をした……全裸の少女だった。


「あれ、見え……え?」

「へ……?」


 一体何が起きたのか、脳が理解をするまでにたっぷり二秒。

 僕らはお互いを見合って固まって、一瞬後、



「きゃああああああああああああああああああああ!!」

「変態だあああああああああああああああああああ!!」



 だだっぴろい訓練場に、二人分の悲鳴が響き渡ったのだった。


―――――――――――――――――――――

シリアス?

奴は浜で死にました






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