第五十六話 刺さる視線


「――よぉし授業終わり、解散! いやぁ、今日もよっく働いたなぁ!」


 それからも散々ネリス教官に連れ回され、次々出てくるリクエストのままに魔法を使わされて、今日の授業は終わった。


「もう完全に僕のこと助手か何かだと思ってるだろ、あの人……」


 魔力MPが足りないと言ったら下級とはいえ貴重品のMP回復薬まで渡してまで魔法使わせてきたし、あの人の楽をすることへの情熱にだけは頭が下がる。

 ……絶対に真似したいとは思わないけど。


(まあ、クラスメイトには感謝されたし、少しは顔も覚えられたから、そこだけはプラスかな?)


 ただ、ああいうことをやっているとどうしても気になってくるのが、自分の最大MPの少なさだ。


 僕のレベルが低いというのはもちろん、それに加えてアルマはもともと「魔法を使えない」という触れ込みのキャラなせいか、ほかのステータスと比べて最大MPは低め。

 特にさっきみたいに身の丈に合わない魔法を連発していると、一瞬で枯渇してしまう。


(せっかく上級精霊ティータに契約してもらったことだし、そろそろレベル上げもしたいんだよねー)


 この世界、MP回復薬は全て非売品。

 多少ストックはあるものの、気兼ねなく魔法を使うにはやはり最大MPを上げることは急務と言える。


「お、お疲れ様です、レオハルト様! こ、これ、フルーツジュースなんですけど、よかったら」

「あ、ありがとう……」


 なんてことを考えているとレミナが駆け寄ってきて、まるで部活動のマネージャーよろしく僕に差し入れを渡してくれる。

 その後ろには、それを後方監督面でニヤニヤと見守っているトリシャもいた。


 こいつはレミナに何をさせてんだ、とは思うけど、レミナも割と楽しんでいるようなので、あまりうるさいことは言わないようにする。


「っと、そうだった」


 MP回復効果のあるフルーツジュースを飲みほしてから、僕は授業中に聞けなかったことをトリシャに尋ねる。


「さっき言いかけてた、噂ってなんなんだ」

「ん、ああ……」


 トリシャは一瞬レミナの方を気遣うように見たが、結局口を開いた。


「なんかね。今帝都で『うまく魔法が使えるようになる』薬があるって噂になってて……」

「へぇ……」


 フィクション作品なんかでは割とよく出てくる、技能レべル向上アッパーさせる非合法な薬的なものだろうか。


「わたしもちょっと気になって調べたんだけどね。その薬に興味持ってた子の様子がおかしくなったりとか、あとは失踪しちゃったりとか、そういう情報ばっかり入ってきて……」

「失踪!?」


 僕の代わりに声を上げたのは、僕の隣にいたレミナだった。


 心優しいレミナに話すかどうかは迷ったようだが、知らない方が危険だと判断したのだろう。

 トリシャは言い聞かせるようにレミナに語りかけた。


「……未確認の情報だけど、もしかすると誘拐組織とつながっているのかもしれない、って。だから、レミナは絶対、そんな薬をちらつかされても話を聞いたりしちゃ、ダメだからね」


 ゲームのイベントと無関係とは思えないその情報に、僕はそこはかとない不安感を覚えずにはいられなかったのだった。



 ※ ※ ※



「――アルマ!」


 トリシャたちと別れ、個人練習場の方へ一人で歩き出した途端、ぴょこん、とばかりに、一人の妖精が僕の中から飛び出してきた。


 なんだか不思議な光景だけど、これが精霊の特殊能力らしい。

 初日は色々と駆けずり回っては叫んでいたティータだけど、基本的には僕がほかの人と一緒にいる時や授業を受けているような時はほとんど出てくることはなく、僕が一人になったところで今のように気まぐれに現れることがほとんどだ。


 おかげで一日の大半を僕の中で寝てすごし、僕が家に帰ってきた時だけ出てきて適当に僕にじゃれついてすぐに寝付く、というなんだか猫みたいな生活になっているが、それはともかく、


「ティータ、おはよう」

「あ、おはよー! ……じゃなくて!」


 ティータは僕の肩の辺り、最近の定位置までやってくると、ぷるぷると身体を震わせた。


「さっきから、なんかヤな感じ! ずっと見られてるわよ、アルマ!」

「やっぱり、そうか」


 ――見られている。


 その感覚は、実はずっと前からあった。


 その視線を意識し始めたのは、午後の授業の開始前。

 着替えを終えて男子更衣室を出た辺りからもうそんな感覚はあったけれど、気のせいかもしれないとあえて無視をしていた。


(単に、僕が急に有名人になったから注目してる、とかだったらよかったんだけど)


 授業が終わり、こうして一人になったところから、その視線をそれまでよりもはっきりと感じるようになった。


「うーん……」


 ちらりと、後ろを振り返る。


 当然ながら、そこに人影は見えない。

 ただ……。



「んむむむむむ!! やっぱりアタシの精霊レーダーに反応があるわ! ぜったいぜったい、見られてるわよ!」



 ティータは何か確信があるようで、僕の周りを騒がしく飛び回る。


「ね、ねえ! やっぱり今日は訓練はやめて戻った方がいいと思うわ!」

「お、大げさだよ、そんな……」


 僕はやんわりと否定しようとするが、ティータは逆にヒートアップしてしまった。

 パタパタパタパタと精一杯に羽を動かして、訓練場に行こうとする僕を引っ張って止めようとする。


「だ、だって、さっきアルマの中で聞いてたけど、子供をさらっちゃうあくとーがいるんでしょ! もしかすると、今度はアルマを狙ってるのかもしれないじゃない!」

「いや、それはないって……」


 僕が重ねて否定をすると、むぅぅ、とティータは完全にむくれてしまった。


「もう! アルマったらいっつも危機感が足りないんだから!! どうしてそんなこと分かるのよ!」

「どうして、って、そりゃ……」


 僕はそこで言葉を切ると、出来るだけさりげない動作でもう一度後ろを振り返った。


 そこにはやはり、人影は見えない。

 ただ……訓練場の柱の陰、そのちょうど頭の位置の辺りに、赤と青のゲージがふよふよと浮いていて……。


(――もう少し目を逸らしていたかったけど、しょうがない)


 覚悟を決めた僕が、レンズを起動させて目を凝らすと、




  LV85 ファーリ・レヴァンティン




 そこには「姿を消した」クラスメイトの名前が、ばっちりと表示されていたのだった。


―――――――――――――――――――――

頭隠してゲージ隠さず!!

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