第五十五話 ファーリ・レヴァンティン
「――んー、ヨシ! 今日もそろってやがるな! そんじゃま、テキトーに始めちまってくれ!」
〈ファイブスター〉いや、今は不本意ながら〈シックススター〉になってしまったけれど、その有名人の一人が姿を見せないという事態にあっても、ネリス教官による実技授業は平常通りに行われた。
(……まあ、そんなもんか)
僕からすれば異常事態に思えてしまうが、一般の生徒にとっては「まだ出会って数日のクラスメイトの一人が午後の授業に顔を出していない」というだけ。
ネリス教官の授業なんて本人が言う通りに適当で、誰がいて誰がいないかなんて分からないからこの反応も納得ではあった。
「レオっちー! こっちこっちー!」
なんて考え込んでいるとトリシャに呼ばれ、僕はレミナとトリシャの二人と合流する。
実技授業は特に課題やらなにやらがある場合を除き、ほとんどは自習だ。
それでも誰一人サボる人がいないどころか、皆真剣な表情で訓練をしているのは流石は英雄学園のAクラス、といった感じだけど、僕はファーリさんが消えていることが気になってそこまで集中出来なかった。
そっとトリシャに近寄って、耳打ちするように尋ねた。
「……あのさ。トリシャはファーリさんのこと、詳しい?」
僕の言葉に、トリシャは意外な言葉を聞いたかのように、二、三回ほど目をぱちぱちとさせた。
「んぅ? ま、人並みには知ってるけど、どしたの?」
「い、いや、その……姿が見えないからさ、どうしたのかなって」
出来るだけ、軽い口調に聞こえるように言ったはずなのに、トリシャは意味ありげに目を細めてこっちを見てくる。
「ふぅぅぅぅん。意っ外だなぁ。てっきりレオっちは、〈ファイブスター〉のことなんて全然気にしてないかと思ったよー」
あ、今はもう〈シックススター〉だっけ、とわざとらしく言い添えて、
「それにしても〈赤の剣姫〉に続いて〈青の眠り姫〉に目をつけるなんて、なかなかレオっちも隅におけないねぇ」
「眠り姫?」
文脈的に考えると、〈赤の剣姫〉はセイリアのことで、〈青の眠り姫〉というのがファーリさんのことだろうとは思うけど。
僕が首をひねっていると、見かねたようにトリシャが補足をする。
「あれー? 知ってて聞いた訳じゃないの? ほら、教室の窓際の端っこで、いっつも寝てる子がいたでしょ。あれがファーリっちだよ!」
言われてみると、窓際にいた長い髪の女の子は、いつも寝ていたような気も……。
「もしかして、レオっちもああいう儚げな感じの子が好きなのかなーって思ったんだけど」
「違うって。午後に入ってから姿が見えなくなったから、ちょっと気になってさ」
適当にはぐらかすと、トリシャは楽しそうに笑った。
「あはは! もう、そんな警戒しなくて平気だって! わたしは盟主さまの忠実な手下だからね! 都合よく使ってくれればいいんだよ!」
そういう言動をするから力を借りるのが怖いんだけど、これは自覚してのことなんだろうか。
微妙な表情になる僕とは裏腹に、トリシャは機嫌よさそうに話し始めた。
「――〈ファーリ・レヴァンティン〉。英雄学園一年生Aクラス所属。家は魔法公、もしくは爆炎公と呼ばれるレヴァンティン公爵家。長女ではあるけど一人娘って訳じゃなくて、上にお兄さんがいるみたいだね」
特に何かを見ている訳でもないのに、資料をそらんじるように語っていく。
「契約精霊は水の超級精霊〈リヴァイアサン〉。運動能力に卓越したところはないけど、優れた魔力量と水魔法の適性を持っていて、その水魔法の練度の高さから〈シックススター〉の一人に数えられてる、バッリバリの魔法使いタイプだね」
「あれ、水?」
確か、家は「爆炎」公とか聞いた気がするんだけど、聞き間違いだっただろうか。
「そこはまあ、何か複雑な事情があるっぽいね。レヴァンティンの家は本来なら火属性魔法の家系なんだけど、本人の得意属性は水。当然苦手属性の火の魔法は全然使えないみたいで、噂では現当主である父親とはうまく行ってないみたい」
これだから魔法至上主義の家はこわいねー、と笑っているが、むしろそれを当然のように知っているトリシャの方が僕は怖い。
「だけど、その水魔法の腕は本物だよ。レオっちなんかとは対極の典型的な一極集中型だけど、この前の魔法訓練では第七階位の水魔法を使って見事に成功させてみせた」
「へぇ……」
水魔法の第七階位ってなんだっけ、と思い返していると、トリシャが分かりやすく頬をふくらませていた。
「あのね! ここは『えっ! 第七階位を!?』って驚くところだからね!」
「そ、そんなこと言われても……」
というか僕がそんなことを言うのは逆に嫌味にならないか?
「そりゃ、実際に言われたら殴るけど」
「殴るんだ……」
やっぱりこの子こわい……。
僕が半歩トリシャから距離を取ると、トリシャの眉がまた一段階吊り上がった。
「言っとくけど、入学前に第七階位を使えるってとんでもないことだからね?」
まるで小さい子供に言い聞かせるような口調で、トリシャは続ける。
「人はかつて、精霊と契約するようになって魔法が使えるようになった、って伝承があるように、魔法の技術って精霊と契約してからの方が大きく伸びるんだよ。だから入学してからみんな必死に魔法を練習するし、入学前に第三階位まででも使えるようになってたら十分に優秀って言われる訳」
「なるほどなぁ」
ちらっと、「それなら入学してから頑張ればいいのでは」とも思ったが、契約前に学んだ技術やコツは精霊と契約してからも役に立ち、精霊と契約してからの魔法熟練の伸びが目に見えて変わるので、決して無駄にはならないようだ。
「まぁ? 契約前から十三階位が使えちゃうような変態さんに言っても分っかんないかもしれないけっどねー」
どことなく棘がある口調でそう締めて、そこで少しだけ、トリシャは表情を曇らせた。
「……でも、だからこそ、ちょっと心配だよね。ファーリ様が魔法の訓練に来ないなんて、きっとよっぽどのことだよ」
「え?」
あまりに想定外の言葉に、反応が一瞬だけ遅れる。
「で、でも大丈夫じゃないか? 本当に魔法が好きならそう簡単に投げ出したりしないだろうし、ほら。クラスのみんなが心配してるって知ったら案外パッと出てきたり……」
「普通なら、そうなんだけど……」
そこで、トリシャがめずらしく言いよどんだ。
「あの、さ。最近帝都で流行ってる噂、聞いたことない?」
「噂?」
新しいイベントの予感に、僕が聞き返したところで、
「――おーいレオハルト弟ー! こいつが〈ロックスマッシュ〉の魔法覚えたいっていうから、ちょっとこっち来て実演してくれぇ!」
真っ赤な髪の教官のやかましい声が鼓膜を揺らして、会話は中断された。
「嫌ですよ、そんなの。というか、それを教えるために教官がいるんだから、ネリス教官が……」
「うるせー! 土属性の第五階位なんてドマイナーなもん私が使える訳ないだろ! どうせ私より魔法が上手いんだから、ちゃっちゃとお手本になれぇ!」
こうして教官の空気を読まない乱入によって、ファーリさんに関する話はうやむやになり……。
――結局その日の授業が終わっても、〈眠り姫〉が僕らの前に現れることはなかったのだった。
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土属性くん強く生きて!
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