第十四話 成果


 ――いよいよ、か。


 僕は少しだけ緊張をしながらも、訓練用の木剣を手に取って、



「――待ちなさい」



 そこで、父さんに止められた。

 何事かとそちらを見ると、父さんが厳かに口を開いた。


「確かに、武技も戦士にとっては重要だろう。だが、貴族である以上、『魔法が使えません』では品位を疑われる」


 僕にとっては寝耳に水と言ってもいい台詞。

 だが、父さんの言っていることは一面の真実を言い当てていた。


 もちろん武器による攻撃も、魔法による攻撃も、どちらにもそれぞれの利点がある。

 だが、範囲が広く見た目も派手な魔法の方が「戦闘における華」であるのは確かで、特に魔法によって今の地位を築いてきた帝国貴族たちにとって、魔法とは血筋の証明であり、矜持だ。



 ――どれだけ強くても、魔法が使えなければ「一人前」とは認められない。



 魔法至上主義とも言えるようなそんな風潮が、帝国にあるというのは僕も知識としては聞いたことがあった。


「私も、アルマが魔法を苦手にしているのは知っている。だが、もしお前が学園に、〈帝立第一英雄学園〉に行くと言うのなら――」


 父さんの瞳が、すっと細くなる。

「家族」としての父さんと、「貴族」としての父さん、二つの父の視線がしっかりと僕を捉え、



「――今ここで、魔法の力を示してみなさい」



「アルマ」にとってはあまりにも酷な、そんな課題を突きつけた。


 予想外の事態に、僕は頭の中をリセットする。

 ゆっくり深呼吸をして、僕は父さんに向き直った。


「準備をするので、少し、待ってください」


 魔法は、近接戦闘以上にごまかしが利かない。

 僕はちらりと横目にメニューを見る。


(……HPが少し減っているな)


 この程度なら問題ないとは思うが、念のためだ。

 僕はルナ焼きを取り出すと、一個ほおばる。


(うまぁあああああ!)


 あ、ちなみにこのルナ焼きは、ルリリアちゃん、いや、ルリリアが僕の十五歳の誕生日に贈ってくれた手作りのもの。


 ……いや、誕生日に手作りのタマゴボー〇って割と意味が分からないが、嬉しいことに九年経ってもルリリアとの親交は続いているのだ。


 初めて会ったあの日から彼女はお菓子作りに目覚めてしまったのか、あれから時々、いや頻繁に、むしろ毎日、僕に手作りのお菓子を届けてくれた。

 ただ、それはいくらなんでも流石に怖……申し訳ない。


 イングリットおじさんを間に入れて話し合って、差し入れは月に一回、食事に差し支えない程度を上限として、その代わり定期的に会うことを約束した。


 その代わり誕生日だけは制限なしで、と言ったらタガが外れてしまったのか、「工場から直送されたのかな?」ってくらいの量のタマゴボー〇が屋敷の玄関を埋め尽くした時は、流石の僕もくらくらしたもんだ。


(……とはいえ、ありがたい)


 お菓子は好きだし、中でもルナ焼きはもう僕の生きる希望そのものだ。

 ルリリアには感謝しかない。


(それに、成長したことで食べ物の回復効果のありがたみもかなり分かってきたしね)


 食料アイテムの効果量は割合かつ小数点以下切り捨て。

 例えば「HPを1%回復する」ルナ焼きなら、HPが54の時に食べてもHP回復量が0.54にしかならないため、HPは回復しない。


 だが、HPが1000ともなれば、その回復量は10。

 ルナ焼きの大きさ的に一気に何個でも食べられることを思うと、なかなかに優秀な回復アイテムへと変わるのだ。


(……HPMP全快、これで問題なしだ)


 余計なことを考えている間に、僕の準備も整った。


 考えていた流れは白紙になってしまったが、もともと魔法も見せる予定だった。

 何も問題はない。


「行きます」


 そう宣言して、僕は「木人」と名前のついた木製の案山子に向き直る。


 この木人は一定時間で勝手に修復される謎の標的用設置物で、それぞれに強度の違いがある。

 反撃もしないので、遠慮は要らない。


 これまでの九年間の成果、その口火を切る一発目は、これだ!



「――〈フレイムランス〉!」



 あえて口に出して、魔法を呼び出す。

 手のひらから生み出された炎の槍が木人にぶつかり、わずかに木人に焦げ跡を残す。


「ほう……」


 背後からは、感嘆の声。

 感触は悪くない。


 ――魔法には、段階レベルがある。


 魔法には系統ごとに熟練度があり、その熟練度を一定値まで上げることによって、次の魔法を覚える。


〈トーチ〉のように最初から使える魔法を「第零階位」として、そこから第一階位魔法の〈ファイア〉、第二階位魔法の〈ファイアアロー〉、第三階位魔法の〈ヒート〉、第四階位魔法の〈フレイムランス〉……とだんだんに威力や範囲が上がっていく。


 また、第二階位で覚えるのはどの属性も必ずアロー系というように、偶数階位で覚えるのは属性を問わず共通の性質を持っていて、奇数階位で覚えるのはその属性独自のもの、というのが魔法のルールだ。


 今使った第四階位の魔法はもうきちんとした「魔法」であり、少なくとも「落ちこぼれ」に使えるようなものじゃない。


(……でも、僕には光の適性とメニューがある)


 九年前のあの日。

 最大HPが減ったことに驚いて確認をしていなかったが、落ち着いてから火の魔法の欄を見ると、〈トーチ〉の成功確率が1%になっていた。


 何が原因かと頭をひねると、〈魔法詠唱〉そのものにも熟練度があってそれが全ての魔法の成功率に影響することが。

 つまり系統によらずに魔法を成功させ続ければ、少しずつでもほかの属性の魔法の成功率も上げられることが分かったのだ。


 あとはもう、簡単だ。

 僕は属性魔法の適性は壊滅的だが、光の魔法だけは100%成功出来るだけの適性を持っている。


 光魔法を他人に見せることは出来ないが、こっそり使うだけなら別に問題ない。

 僕はメニュー画面から光魔法を使い続け、〈魔法詠唱〉の熟練度を上げ、少しずつ少しずつ、魔法全体の成功率を底上げし続けた。


 そして、〈トーチ〉の成功率が二割程度にでもなれば、もうあとは簡単だ。

 二割は高い確率とは言えないが、一度成功させてしまえば火属性と〈トーチ〉そのものの熟練度が上がるため、成功率は加速度的に上昇していく。


 僕が〈トーチ〉を成功確率100%で使えるようになるまで、一ヶ月もかからなかった。


 そこからは、ただもう繰り返し。

〈トーチ〉を足掛かりに〈ファイア〉を、〈ファイア〉を足掛かりに〈ファイアアロー〉を、じっくりと育てていけばいいだけ。


 どうせ僕はメニューからぽちっとボタンを押す感覚で魔法が使えるんだ。

 最大HPが削られて瀕死にでもならなければ、大した苦でもない。


 ――そしてもちろん、それだけじゃない。


 僕は続けざまに手を差し出し、今度はこう叫んだ。



「――〈ウォーターボール〉!」



 第六階位、水の範囲魔法攻撃が、案山子を揺らす。


 当然ながら、〈魔法詠唱〉の恩恵は火属性以外の属性にも及ぶ。

 二系統を育てたことで〈魔法詠唱〉はさらに育っていて、水属性を育てるのは火属性よりもさらに簡単になった。



「――〈アーススパイク〉!」



 お次は土。

 第八階位、土の大威力魔法がそれまで目立った傷のなかった木人を大きく削る。


「なっ!?」


 ここまでくればもう、父さんが漏らす言葉は、感心ではすまなかった。


 本だけの知識ではあるが、スパイク系の魔法が使えるのは優れた魔法使いの証。


 おそらくこの時点で、学園入学前の子供の標準は超えている。

 だが当然、まだ終わらない。



「――〈ウィンドバースト〉」



 静かに唱えた呪文。

 風の第十階位、大威力範囲魔法が、スパイクによって傾いた木人をズタズタにする。


 ……僕には、時間があった。

 研鑽を重ねるには、あまりにも十分すぎる時間が。


 だって、ゲームの主人公には、学園で過ごす三年間しかない。

 けれど僕には、九年があったのだ。


 その全てを自己鍛錬に費やしたのなら、この程度当然のこと。



「な、なるほど。アルマ、お前の努力は見せてもらっ――」

「まだです!」



 だから、ここで「試験」を打ち切ろうとする父を、僕は鋭い声で止めた。


 ――ここまでは、ただの前座。


 ちょっと優秀な魔法使いなら当然のように出来ることで、「僕にしか出来ない」ことじゃない。


 だから、今から見せるのが、本当の僕のとっておき!


(MPは……問題ない!)


 魔力は、まだ十分にある。

 そしてこの魔法に、それほどの魔力は必要ない。


 わずかな高揚と、心地よい緊張。

 僕はボロボロになった木人に引導を渡すように、右の手のひらを突きつけて、



「――消し、飛べぇ!!」



 叫びと共に、魔法を解き放つ。

 今までとは比べ物にならない熱量が、魔力がうねり、そして次の瞬間、



 ――爆発!



 一拍遅れて届くのは、耳をつんざくような轟音。

 それから熱が一気に押し寄せ、術者である僕さえ、一瞬だけ視界を遮られる。


 そして、その熱波が収まった時……。





 ……木人の上半身は、完全に消滅していた。





 これが、今の僕が二人に見せられる全力。


「なん、と……」


 父さんの、乾いた言葉が耳に届く。

 流石の父さんも、目の前の光景に驚きを隠せないようだった。


 しばらくの沈黙のあと、重々しい父さんの声が訓練場に響く。


「その、火力……。今のはまさか、失われた伝説の魔法〈ファルゾーラ〉か?」


 耳にその言葉が飛び込んだ瞬間、僕は天を仰いだ。

 視界に、涙がにじむ。


(……あぁ。その言葉が聞けたなら、僕の九年間は無駄じゃなかった)


 潤む瞳に気付かれぬように、僕は父さんの方を振り向き、ゆっくりと首を横に振る。

 そして、僕は九年前からずっと用意していた台詞を、言い放つ。


 すなわち、




「――今のは〈ファルゾーラ〉ではありません。〈ファイア〉です」




 ……と。


―――――――――――――――――――――

当然ドヤ顔!!

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