第十五話 両親


「――合格、だ」


 厳かに口にされた父さんの言葉に、僕は全身の力を抜いた。


「はぁぁぁ。よかったぁ」


 大きく息を吐くと同時に、あらたまっていた口調も崩す。

 ここからは、「貴族の当主とその息子」ではなく、単なる「父と子」の時間だ。


「心配性だな、アルマは。あれだけの魔法を見せられて、私が帝都行きを反対すると思ったのかい?」

「そりゃあ、十中八九大丈夫だろうとは思ってたけど」


 この選択に、世界の運命がかかっているんだ。

 そりゃ、心配にもなる。


「それよりも、さっきの〈ファイア〉はどうやったんだい? 私の知る限り、魔法の威力を上げるような魔法や技能なんて、なかったはずなんだがね」


 冗談めかしたような中に、ちょっとだけ本気の色をにじませながら、父さんが僕に問いかける。


 確かにそりゃ不思議だろう。

 この世界のルールとして、魔法の威力を術者が能動的に調整することは出来ない。


 なのに、僕の撃った第一階位の魔法である〈ファイア〉は、それより前に撃った〈フレイムランス〉よりも、いや、属性違いとはいえ、第十階位の魔法である〈ウィンドバースト〉よりも強かったんだから。


 ただ、その答えなら簡単だ。


「それは、たくさん〈ファイア〉の練習をしたからだよ」

「う、うーん。いや、確かに魔法は使えば使うほど慣れて強くなるとは聞いているよ? だけど、それにしたってあの威力は……」


 なおも食い下がってくる父さんに、


「めちゃくちゃたくさん練習したからだよ!」


 笑顔と共にそう言って、それ以上の質問を封殺する。


「そ、そうか。めちゃくちゃたくさん、そうかぁ……」


 父さんはまだ何か言いたげに口元をひくつかせていたが、一応は納得した様子を見せてくれた。


(――まあ、実際その通りだしね)


 あの〈ファイア〉には、正真正銘なんの種も仕掛けもない。

 あれに〈フレイムランス〉を超える威力がこもっていたのは、ただひたすらに〈ファイア〉を撃ちまくって、〈ファイア〉の熟練度を上げまくっただけなのだ。


 魔法を使うと、全部の魔法に関わる〈魔法詠唱〉と、その〈魔法系統〉と、さらにその〈魔法単体〉の熟練度が上がる。

 例えば〈ファイア〉を使うと、〈魔法詠唱〉と〈火属性魔法〉、それから〈ファイア〉自体の熟練度が上がるという感じだ。


 ぶっちゃけると〈魔法詠唱〉や〈魔法系統〉の熟練度上げ効率は上位の魔法の方がいいから第一階位の魔法なんてわざわざ使う意味はないのだが、火属性だけはひたすら〈ファイア〉ばかりを使っていたのだ。


 え、なんでそんなことしたかって?

 だって第十階位より強い第一階位魔法とかかっこいいじゃん?


 ……というだけでなく、僕はHPと比べるとMPが少ないから、念のため消費が少なくて強い魔法を一つ持っておきたかったというのもある。


 それに、イベントやダンジョンギミックであんまり高いレベルの魔法が使えない状況なんてのもあるかもしれないし、備えあれば憂いなし。


 僕は原作を守護るためなら妥協しない男なのだ。


 ちなみに、だったら一階位より零階位を上げれば、って思ったりもしたのだけれど、零階位魔法だけは威力が固定で、どれだけ使っても強くならなかった。

 まあ、明かりを灯すだけの魔法で威力が数十倍とかになっても逆に不便というか、家が燃えたりしたら困るしね。


「アルマ……」


 そんな余計なことを考えてにやついていると、今まで一言も発さずに僕のことをじっと見ていた母さんが、歩み寄ってきた。


 ただ、やはりその表情は曇ったまま。

 憂いを帯びた表情で、母さんは口を開いた。


「やっぱりわたしは、心配だわ。あなたが学園に行くなんて……」

「母さん……」


 僕がここまでやったのは、母さんの不安を払拭するためでもある。

 だけど、どうやらこれだけじゃ不十分だったらしい。


 僕がどうやって母さんを安心させようか悩んでいると、不意に、僕の身体が引き寄せられた。


「でも、すごいわ。……がんばったわね、アルマ」


 気付けば、僕は母さんに抱きすくめられていた。

 もう身長は通り越したはずなのに、二度目の人生でそんなものは卒業したと思っていたのに、母さんのぬくもりと匂いに安心させられてしまう。



「……行ってきます、母さん」



 優しいぬくもりに抱かれながら、僕はその時ようやく、「ああ、僕は故郷を旅立つんだな」と今更ながらに自覚したのだった。


―――――――――――――――――――――

一話使って旅立てなかったってマジ?

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