第三十八話 対決
誰もが予想していなかった、突然の乱入者に、ボクだけではなく、男たちの間にも動揺が広がる。
「ど、どうするんすか、ランドさん! あの平民野郎ならともかく、貴族相手じゃ黙らせるって言っても……」
「バカ野郎が!」
狼狽し、弱腰な態度を見せた上級生を、ランドは一喝した。
「ビビってんじゃねえぞ、アホが! 子爵家だろうが貴族の娘に手ぇ出した時点で、もうケツまくって逃げられる状況は通りすぎてんだよ! 全員ボコって弱み作って全員口止めする! それ以外に解決策はねえ!」
一声で取り巻き共を黙らせると、ランドはアルマくんの方へ向き直る。
「テメエもバカだな新入生。すぐ帰ってればよかったものを、見られちまった以上、ただで帰すワケにはいかねえ」
必要ないと思ったのか、ランドは武器をしまうと、手の骨をボキボキと鳴らしながらアルマくんに近付いていくと、
「僕だって、このままセイリアさんを置いて帰る訳にはいかない」
アルマくんは無謀にも拳を握りしめ、戦いのポーズを取る。
「上等じゃねえか、ガキがぁ!」
それが、ランドの神経を逆なでした。
「ダ、メ……。に、げ……」
逃げてほしいと叫びたいのに、うまく声が出なかった。
そして、ボクが何も言えないでいる間に、事態は動き出す。
「テメエに恨みはねぇけどな。ちぃーっとばかり痛い目見てもらうぜ!」
ランドが獰猛な笑みを浮かべて走り出すと、アルマくんは迎え撃つように拳を振りかぶって、そして、
「――〈精霊衝〉!」
高らかに、武技の名前を叫ぶ。
拳が光って、ランドに向かっていく、けど……。
(ダ、ダメ! その技じゃ……)
〈精霊衝〉は拳における最初の武技。
消費する魔力が全武技の中で一番少なく、その割には低レベルな魔物を一撃で屠れるだけの威力を持つ。
子供の頃、十五歳以前に覚えたのなら、これ以上ないほどに有用な技だ。
(――でも、それじゃダメなんだ!)
〈精霊衝〉は弱い時にはそれだけ使っていればいいというほどに頼れるが、本人が強くなっていくにつれて役に立たなくなっていく、いわゆる罠技。
だってあの技は、「技の威力に本人の強さが関係しない」のだ。
だから位階が十を超える頃くらいからどんどんと威力不足になって、二十を超える頃にはもう、最初の頼れる姿が見る影もないほどに弱い技になってしまう。
ましてや、ランドの位階は推定50。
威力固定の〈精霊衝〉が効くはずがない。
けれど、現実は無情だった。
「――おっせえんだよ、雑魚が」
アルマくんの技は、ボクの懸念にすら、届かなかった。
「あ、がっ!」
〈精霊衝〉がランドに当たる前に、ランドの蹴りがアルマくんのおなかに突き刺さった。
(身体能力が、違いすぎる!)
普通であれば、武技は速度も威力も通常の攻撃とは段違いに強い。
それに武技の発動中は気力が鎧のごとく身体を覆っているため、生半可な抵抗で技が中断されることはない。
本来なら武技に対しては武技をぶつけるか、軌道を読み切って避ける以外に道はないのだ。
(でも、アルマくんは敏捷が低すぎるんだ)
だから武技に対して、同時に繰り出したランドの蹴りが間に合ってしまった。
そして基礎能力が違いすぎるために、
(勝てるはず、ない……)
実力差は明確という以上に明確だった。
アルマくんの武技は、ランドの通常攻撃にすら届かない。
それなのに、アルマくんは切り札である武技すらもう使ってしまっているのだ。
(あと、希望があるとしたら、魔法?)
でも、アルマくんに十分な
彼がもし、これまでの訓練などで魔力を使い切ってしまっているとしたら……。
(――アルマくんは絶対に、ランドには勝てない)
ボクの推測を裏付けるように、おなかを蹴られてバランスを崩していたアルマくんが、よろめくように立ち上がる。
魔法は……使わない。
それでも無謀にも拳を握り固め、ランドに対して拳を振りかぶって、
「だから当たるかよ、バァカ!」
それが実を結ぶ前に、ランドによって刈り取られる。
あとはもう、サンドバッグだった。
ランドのフェイントも技術も何もない、フィジカル任せのパンチは、面白いくらいにアルマくんに決まって、その度にアルマくんの身体が揺れる。
かろうじて意識を残している様子のアルマくんが、ふらつきながら拳を握りしめて、
「――やっぱつまんねえよ、オマエ」
そこに、ランドの回し蹴りが突き刺さった。
(アルマくん!)
アルマくんが吹き飛ばされていくのが、その身体が受け身も取れずに地面に転がるのが、スローモーションのようにはっきりと見えた。
「おねんねにははええぞ、クソ雑魚野郎」
ランドは、それでも満足しなかった。
残虐な笑みを浮かべて、倒れているアルマくん相手に歩み寄って、
「――やめて!」
やっと、声が出せた。
ボクが出した久しぶりの大声に、ランドも少しだけ驚いたように振り返る。
「も、もうやめて。ボクは、どうなってもいい、から。クスリだって、受け入れる、から」
恐怖に声が震える。
でも、誰も助けようともしてくれなかったボクに、ただ一人、手を差し伸べようとしてくれた人を、これ以上放ってはおけなかった。
(……ありがとう、アルマくん)
アルマくんが、どうしてボクを助けてくれようとしたのか、本当のところは分からないし、もうそれを知る機会はないかもしれない。
だけど、その言葉は確かに、砕け散ったボクの心を動かした。
(――これからボクは、もう二度と日のあたる世界に戻ってこれないかもしれない。でも、ボクを助けてくれようとした人がいた。それだけで少し、救われた、から)
もちろん、そんなのはただの強がりで、つついたら破けるようなただのハリボテだ。
だけど、ランドの注意を引くことくらいは、出来たみたいだった。
「貴族お得意の自己犠牲かよ、面白くもねえ」
ランドはボクの言葉に、不機嫌そうにそうつぶやいたが、
「ま、いいさ。手応えなさすぎて冷めてきたとこだ。ちゃっちゃと『仕込み』済ませてお楽しみに……」
それでもアルマくんへの興味を失ったみたいに一つ息をついて、ボクの方に足を進めて、
「――なに、勝手に戻ろうとしてるんだ?」
だけどその時、ランドの背後から、声が聞こえた。
苦しさと嬉しさが、胸の中で交差して、暴れ出す。
驚くランドの肩越しに、ボクにも見えた。
「――勝負の途中で逃げるなよ、臆病者」
ボロボロのアルマくんが、それでも拳を握りしめて、立っていた。
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