第七十話 消費MP削減
「……つまり、ファーリ様に魔法の練習に役に立つ指輪を贈って、それで仲が良くなった、と?」
「まあ、そんな感じかな」
トリシャに概略を説明した僕は、ちらりとファーリの方を振り返った。
(のめり込んでるなぁ……)
僕らが話していても何も気にせず、ファーリは一心不乱に初級魔法を使い続けている。
これは、指輪を貸す時の「約束」として、「授業はちゃんと受けること」「人前では練習しないこと」、それから「指輪で水魔法の練習はしないこと」を条件としたせいだ。
この約束のせいで学校では満足に練習が出来ないことをストレスに感じたのか、今は鬼気迫るくらいの表情で風の初級魔法を唱え続けている。
そして、そんなファーリを見て、トリシャもようやく気付いたようだ。
「あ、あの、レオっち? わたしの目が正しければ、今の説明をしている間中、ファーリ様がずっと魔法を使い続けているように見えるんだけど……」
おそるおそる、「そんなことはないよね」と言いたそうな顔で、僕にそう尋ねてきた。
でも、残念ながら自分の目で見たものが真実だ。
「うん、そうだね」
僕があっさり肯定すると、ハッと息を飲む。
それからキュッと目を細めて、真剣そうな顔で、トリシャは言った。
「じゃ、じゃあ、もしかしてレオっちがファーリ様に贈った指輪って……」
「トリシャの、想像の通りだよ」
だから僕はうなずいて、彼女の推論を肯定する。
そして、あの時にファーリに言ったのと同じ台詞を、彼女にも伝えた。
「――あの指輪をつけてると、初級魔法が無限に撃てるんだ」
※ ※ ※
無限に初級魔法が使える仕組みは単純。
ファーリに渡した指輪には両方、〈消費MP削減〉のエンチャントがついている。
《消費MP削減|(ベリーレア):武技や魔法使用時のMPの消費が1減少する》
ここで注目するべきは、ほかの貴重な効果についている(重複不可)の記述がここには存在しないことだ。
要するに、〈消費MP削減〉を二つつけると魔法の消費MPが2減少することになる。
そして、〈トーチ〉や〈ライト〉などの第零階位魔法、分かりやすく初級魔法と呼ばれる魔法の消費MPは一律で2。
この指輪をつけていれば、〈トーチ〉などの初級魔法をコスト0で使えることになる。
僕も最初は「まさか」と思った。
この指輪をつけて使いまくれば熟練度は稼ぎ放題。
まともなゲーム開発なら、そんな穴は真っ先に潰すだろう。
ただ、色々と検証していくうちに、気付いたことがある。
――まず、おそらくゲームでは戦闘中以外には初級魔法は使えなかったんじゃないだろうか、ということ。
火属性の〈トーチ〉。
水属性の〈ドロップ〉。
土属性の〈ストーン〉。
風属性の〈ブリーズ〉。
それから光属性の〈ライト〉と闇属性の〈ダーク〉。
世界観的な話をするなら、これらの初級魔法は生活に便利な魔法だ。
実際、日々の暮らしの中で使われていたりもするんだけど、ゲーム上では違う。
《トーチ(攻撃魔法):消費MP2。松明のような小さな炎を生み出して近くの敵を攻撃する。辺りを照らすことも出来る》
このように、ゲーム内分類上はガッツリ攻撃魔法なのだ。
同じく〈ライト〉についても目くらまし用の魔法と書かれていたし、明かり要素はいかにもフレーバーというか、たぶんゲームシステム上は明かりって概念はなかったんじゃないかと思う。
RPGで非戦闘時に使えるのは、専用の探索用魔法と回復魔法だけ、もしくはそれに加えて補助魔法まで、というのが一般的だ。
少なくとも世紀末系のゲームでもなければ、街や学園を歩いているところで主人公がいきなり街中で攻撃魔法をぶっぱなし始める、なんてテロ紛いのことは起こせないだろう。
僕がいつでもメニューから攻撃魔法を使えるのはゲームが現実に即して変化した結果であり、正確には平常時でも戦闘時のUIを使えるようになっているのではないか、とにらんでいるのだけど、とにかくゲームが現実化したことでその辺りの制限が緩んだことが影響していると考えられる。
――つまり「無限初級魔法連打」はいわば、ゲームが現実化したことによって出来るようになった裏技なのだ!
「ま、待って! 待って待って待って!!」
ゲームと転生の要素だけを伏せて指輪の効果について話していると、トリシャが急に話を遮ってきた。
僕の説明をぽーっと聞いて、よく分かってなさそうなのにとりあえず相槌だけを打ってくれるレミナを見習ってほしい。
「ちょ、ちょっと頭がついてかないんだけど! 無限? 無限って、何?」
何やら突然答えにくいことを尋ねてくる。
「え、えぇ……。無限は、無限だよ」
「そうだけど、そうじゃなくて! あ、あの指輪の効果って本当に初級魔法の魔力消費をゼロにするの!?」
僕がそう答えると、彼女はもどかしそうに首を振る。
「うん。トリシャもさっきそう言おうとしてたでしょ」
「言おうとしてないよ!! わたしはただ、魔法に使う魔力を減らしてくれる指輪なのかなって……」
「だから、魔法に使う魔力を減らしてくれる指輪で合ってるけど?」
「そうだけど、そうじゃなくてぇぇぇ!!」
そう口にする彼女の言葉は、最後の方にはもう悲鳴のようになっていた。
そのまま頭を抱えると、独り言のようにぶつぶつとつぶやき始める。
「待って、待ってよ! こんな話が急に飛び出してくるなんて思わなかった! か、軽い気持ちで聞いちゃったけど、アレがあったら魔法の熟練度が上げ放題ってことでしょ? だ、だったら……」
自分で自分を追い込むかのように、自分の台詞でどんどん顔色を悪くさせていくトリシャ。
それで、ようやく彼女が何を誤解しているのか分かった。
「ああ、いや、そこまでうまい話はないよ。あの指輪は確かに魔法の練習に役には立つけど、あれが一番効率いいのは魔法レベルが低いうちだけなんだ」
「え……?」
魔法レベルが高くなるにつれ、初級魔法連打では熟練度がほとんど変動しなくなる。
これは、スライム焼きでレベルを六以上に上げるのが難しくなるのとおそらく同じ仕組み。
魔法のレベルが高くなればなるほど、低ランクの魔法で手に入る熟練度はどんどん半減してしまうのだ。
「だから、最終的には指輪で初級魔法を使い続けるより、その時間はぐっすり寝て回復して、ほかの魔法を使った方が効率がよくなるんだよ」
そしてこれが、僕がファーリに「指輪で水魔法の練習はしないこと」と言った理由の一つであり、僕が今はあの指輪をつけていない理由だ。
いわばあの指輪は、自転車の補助輪。
魔法に慣れていない初心者のうちは役に立ってくれるけれど、自分できちんと魔法が使えるようになると、次第に必要がなくなってしまう。
「そ、そっか。あ、でも、初級魔法の熟練度を上げて実戦で使うとか……」
「いや、それは無理だよ」
もちろん、初級魔法も使えば使うだけ初級魔法自体の熟練度は上がるけど、ここで前にも述べた「初級魔法はいくら熟練度を上げても威力が変わらない」という特性が効いてくる。
「これは〈ファルゾーラ〉ではない、〈トーチ〉だ」は、絶対に出来ない仕様になっているのだ。
「な、なるほどぉ……」
僕がそこまで説明すると、トリシャはやっと人心地ついたかのように、息を吐きだした。
「び、びっくりしたけど、それならそこまでの影響はない……のかな」
「残念ながら、ね」
もしあの指輪がつけただけで本当に無限に熟練度を上げられるようなものだったら僕もずいぶんと楽を出来たんだけど、〈フォールランドストーリー〉というのはそこまで甘いゲームじゃない。
まあだからこそ、やりがいがあるとも言えるんだけど。
「はぁぁぁぁぁ! あ、焦ったぁ! わたし、てっきり軽い気持ちの質問で、レオハルト家が秘匿してる機密を踏み抜いちゃったのかと思って……」
「大げさだよ、トリシャは」
言うなりへなへなとテーブルに突っ伏すトリシャを見て、僕は苦笑した。
でも、こういうところがあるからトリシャのことを信用出来るとも言える。
やっぱり長く付き合っていきたいな、と考えて、僕は言葉を継いだ。
「あ、でもまだレベルが低い属性に関して言えばすごく役に立つから、トリシャとレミナにも今度貸すよ」
僕が言うと、トリシャだけではなく、レミナも嬉しそうに表情を輝かせた。
「ほんと!? わたし、苦手な属性多いからそれは嬉しいな! あ、ちなみに、どのくらいまでならあの指輪で鍛えられるの?」
「んー。無理なく出来る範囲だと、そうだなぁ……」
そこでようやく表情を緩め、今まで手付かずだったお茶に手を伸ばすトリシャに僕もつられて笑顔を見せながら、少し考えてから答えた。
「――せいぜい、第六階位魔法を覚えられる程度かな」
そうして僕が答えを口にした瞬間、トリシャはお茶を綺麗に逆噴射したのだった。
―――――――――――――――――――――
可哀そうなトリシャ!!
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