第六十五話 貴族の家には金がある


「――ふおおおおおおお!!」


 目の前に広がる光景に、ぼくは前世含めても一度もあげたことのないような声をあげていた。


 完全に精神年齢が子供になっているけれど、これはしょうがない。

 辺り一面に武器や防具、それから魔法の装飾品が並ぶ今の光景は、ファンタジー世界に憧れる者なら誰でも息を飲んでしまうはずだ。


「ここは昔、私が冒険者をしていた頃に利用していた店なんだ。話は通しているから、自由に見て回りなさい」


 ぼくが店の入口で興奮していると、後ろから父さんの声が追いかけてくる。


「えっと、でも、高いものもあるんだよね?」


 弁償とかになったら絶対に払える気がしない。

 今さらになってぼくの小市民な部分がそんなことを言わせたが、そんな不安を父さんは笑い飛ばした。


「あははは! 心配しなくても、アルマくらいの力で壊れるようなやわなものはここには置いていないよ。……ああでも、魔法の品の扱いには気を付けた方がいいね。中には触っただけで手がなくなってしまうようなものもあるから、ね」


 父さんがめずらしく茶目っ気を出して、パチンとダンディにウィンクしてくるけど、物騒すぎてちょっと笑ってあげられなかった。


「ぜ、ぜったいにさわらないよ、うん」


 深く心に誓って、ぼくは魅惑の装備たちに向き直る。


 確かに探しているのが武器なんかだったら、自分で触って使い勝手を確かめるのも必要だろう。

 でも、今日のぼくの目的は、そういうものじゃない。



 ――ぼくの乏しいMPを底上げしてくれる装備。



 それが、今のぼくに一番必要なものなのだから。



 ※ ※ ※



 父さんに装備をねだった日から三日。

 ぼくのお願いにあっさりとうなずいた父さんは、三日後である今日に、ぼくを連れて街へやってきて、装備品を売っている店まで連れてきてくれた。


 これだけ聞くと息子に駄々甘な親バカという感じだけれど、そこは流石の公爵様。

 単に甘やかすだけじゃなく、装備選びに当たってぼくに三つのことを誓わせた。



・手入れをおろそかにしない

・自分に扱えない装備は選ばない

・装備に頼りきりにならない



 どれも子供にも分かりやすくシンプルで、けれど重要なことだ。


 流石常識人パパ、と思う一方、そんな常識人っぽい父さんですら「大人の見えないところで使わない」とか、「絶対に人に向けない」みたいな条件を一切考慮に入れないところがこの世界って地味に狂ってると思う。


(ま、まあ、多少の怪我は魔法でなんとかなるし、レベル上げてパンチで殴ればそれで一般人くらい消し飛ぶからなぁ。武器とかもう関係ないか)


 あ、あとついでに、金銭面についても全く制限してないのは、貴族ってやっぱりお金持ってるんだなーと思いました(小並感)。


(というか、この店もずいぶんとすごい品揃えだよね)


 内装や店員も含めて、見るからに質がよさそうというか、ぼくが想像する街の武器屋さん、みたいなイメージとは一線を画している。


 試しに、目の前に置かれた商品の値札を見てみると……。



「んぴゃっ!?」



 思わず変な声が出るほどの値段が、そこには書かれていた。


(ご、五十万ゴールド……)


 確か、宿屋の値段が大体一泊百ゴールドくらい。

 駆け出しを卒業した剣士が使う一般的な鋼の剣が、大体三千ゴールドとかいう話だったはず。


 それが、五十万ゴールドとは……。



(――間違いなく、ここは超高級店だ)



 ゴクリ、と唾を飲む。

 緊張してきたというのもあるし、それよりもぼくがこの店に来られたことに、最初とは違う興奮が襲ってきたのだ。


 根っからの原作厨(なお原作ミリしら)なぼくはもちろんそんなことはしないが、もしかするとここの武器を使えば原作序盤なんてそれだけで無双出来てしまうのでは?


 そんな予感を覚えるほどに、この店に並べられた武器は圧倒的で、いかにも強そうなオーラを放っているように見えた。


 そんな欲望と好奇心に突き動かされ、ぼくが目の前の五十万の剣に視線を集中させると、いつものようにその性能が浮かび上がってくる。



《アイスブランド(武器):氷の魔力を帯びた剣。通常攻撃を水属性に変える。

 攻撃力 : 320

 装備条件: 腕力200 魔力100》



 その記載を見た瞬間、ぼくは店内にもかかわらず、思わず叫びそうになった。


(装備するのに条件がいるの!?)


 ぼくの今の腕力は17で、魔力に至ってはまだ5しかない。

 言うまでもなく、全然足りない。


(くっそー! 父さんがあっさりと許可を出したのは、これが理由かぁ)


 この店には強力な装備も多いけれど、そういう装備は地力が備わっていないと使えない。

 条件には「自分に扱えない装備は選ばない」というのもあったし、ぼくは父さんの手のひらの上だったらしい。


(……って、違う違う!)


 頭を振って、煩悩を追い出す。

 強力な武器を見てついその気になりかけてしまったけど、今日の目的はそうじゃないんだ。


(一応、強力な武器を扱うには使い手にも相応の能力が要求される、って本に書いてあったしね)


 店に来るまでに三日の猶予があったので、この世界での装備品の扱いについては本を読んだり兄さんに聞いたりしてリサーチ済みだ。


 武器については普通に両手でいいとして、防具が装備可能な場所は、頭、胴体、腕、足、首、指、指の七ヶ所。

 頭から足までが防具で、首と指がアクセサリという分類になる。


 指が二ヶ所になっているのはここだけ装備が二つ出来るようで、指輪は二つまで嵌められるらしい。

 無理矢理全部の指に指輪をつけたら十個の効果が一気に……みたいなことも考えたのだけど、そういう場合は最後につけた二つの効果だけが有効になるのだとか。


 ちょっと残念だ。


(今ほしいのは、装備の基礎性能よりも特殊能力、なんだけど……)


 装備には特殊な能力がつくことは確かにあるらしいけど、その能力は装備の種類によって割と厳密に決まってしまっているそうだ。

 例えば武器なら攻撃性能、防具なら防御性能が上がる特殊能力がつくし、首装備には耐性系の能力しかつかない。


 ――だからぼくが狙うのは、必然的に色んな種類の能力が付く〈指輪〉一択となる。


 しかも、武器や防具と違ってアクセサリには装備するのに能力が必要だとは書いていなかった。

 たとえ今のぼくでも、すごい効果のついた指輪を装備出来るはずだ。


 背後に父さんの視線を感じながら、ぼくは武器防具をスルーして、指輪売り場へと向かった。

 思わず気圧されるほどの色とりどり、様々なデザインの指輪が並ぶ中で、


(あ、あれだ!)


 その棚には、「気力量増幅の指輪」と「魔力量増幅の指輪」が並んでおいてあった。

 気になるお値段は……。


「うひっ!?」


 なんと両方とも〈アイスブランド〉を超える、驚異の百二十万ゴールド。

 目がチカチカしてしまうけど、これは期待出来る。


 ぼくは早速、「魔力量増幅の指輪」の方を見て、その効果を探る。

 その結果は……。



《マナブーストリング(指輪):装備者のMP最大値を15%増加させる》



 ……MP最大値の増加。


 この効果は、ぼくが探していたものに間違いはない。

 間違いはない……けど。


(うーん……)


 いや、もちろん効果としては強い。

 15%って言われると微妙に感じてしまうけど、二つつければ30%。


 割合増加だからどんなに強くなっても腐ることはないし、他人より三割多く魔法の練習が出来るなら、それはアドバンテージだろう。


(でも、なぁ……)


 正直、「今」欲しい効果がこれかと言われると、ちょっと首を傾げてしまう。

 ならもっとほかのものは、と探したけれど、この店にはMP関連の指輪はこの一つしかないようだ。


「おや。それを買うのかい?」


 父さんが追い付いてきて、ぼくの視線の先を追うと、特に気負いもない口調でそう尋ねてくる。


 百万越えの品をポンと買えてしまうお父様素敵、となるところではある。

 あるんだけど……。


 ぼくは幾分か迷ったあと、ゆっくりと首を横に振って、言った。


「――その、別の店も見て回ってもいい?」




 ※ ※ ※



 少し格は落ちるけれど、と父さんが紹介してくれた店も、品揃えはよかった。

 よかったけど、


「……はぁ」


 残念ながら、前の店にあった〈マナブーストリング〉以上の装備はなかった。


(装備でMP補強っていうのは、いい考えだと思ったんだけどな)


 どうやらちょっと、考えが甘かったらしい。

 少し落ち込んでいると、ポン、と頭に手が乗せられた。


「まぁ、そういうこともある。でも私は、アルマがちゃんと自分の目的を見定めて動ける子だと知って、嬉しかったよ」

「父さん……」


 言いながら頭を撫でる父さんの手つきは優しかったけれど、それでも気落ちした心は隠せなかった。

 ただ、そんな時、


「ん?」


 肩を落としたぼくの視界に、一瞬気になるものが映った気がした。

 顔を上げて、そちらに視線を向ける。


「あれって……」


 目を凝らした先に、あったもの。

 それは、冒険者風の青年が路上に思い思いに商品を並べている、小さな露店だった。


―――――――――――――――――――――

露店で掘り出し物はネット小説の嗜み!!

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