第六十六話 露店
「……露店、か」
まだ原作開始前だからイベントなんかは起きないとは知っているけれど、こういう偶然にはどうしても意味を感じてしまう。
それに、ぼくが回っていた店はどれも高級店。
逆に安いからこその掘り出し物もあるかもしれない。
「父さん、ちょっと行ってきてもいいかな?」
「参ったね。本来であれば、ここに露店を出すこと自体があまり褒められたことではないのだけど……」
ぼくが尋ねると、父さんはちょっと困った顔をしたけれど、最後にはうなずいてくれた。
「……でも、あまり期待しない方がいい。こういう店は、粗悪品に見合わない高値を付けて売ることも多いからね」
「うん、大丈夫!」
ぼくにはこの鑑定スキル……じゃないけど、説明文が見れる程度の能力がある。
流石にひどいぼったくりに遭うことはないはずだ。
「お、坊主! ちょっと見ていかないか? 掘り出し物揃いだぜ」
ぼくが近付くと、向こうの方から先に声をかけてきた。
これ幸いと、近付いていく。
(あー、やっぱり質はお店と比べるまでもないなぁ)
そこには大量のアクセサリが並べられていたが、美しさも宝石の豪華さも、全体的にお店のものに劣っていた。
並べ方も雑で、明らかに商売慣れしていないことが分かる。
その視線を読み取って、冒険者っぽい男は慌てて言葉を継いだ。
「ま、まあちょっとみすぼらしく見えちまうかもしれねえけどな。ここにあるのは二年間かけてオレたちがダンジョンで手に入れた、秘蔵のお宝なんだ。ここだけの話、全部魔法の品なんだぜ?」
「魔法? へぇー」
適当な相槌を打ちながら、まずは一番手前にあった木で出来た指輪に焦点を合わせる。
《ウッドリング(指輪):木で出来た指輪。防御力が1上がる》
表示された説明文に、ぼくは顔をひきつらせた。
(……ひ、ひどいなこれ)
お店で見た指輪にも防御力を上げるものもあったが、低くても30、高ければ100近く上昇するようなものばかりだった。
しかも値札を見る限り、これを二千ゴールドで売ろうとしているというのだから面の皮が厚い。
(やっぱり露店に来たのは間違い……あれ?)
ただ、そこでぼくは、店では一行しか表示されていなかった指輪の説明文に、まだ続きがあることに気付いた。
(なんだ、これ?)
内心で首を傾げながら、説明文の二行目を見る。
《敏捷増加Ⅰ(コモン):装備者の敏捷が5増加する》
「……え?」
今まで見たことのない文言に、ぼくはわずかに固まった。
「ん、どうした坊主? 気に入ったならちょいと手に取ってみても構わんぞ」
そこに声をかけられ、ぼくは我に返った。
声に動揺が乗らないようにしながら、尋ねる。
「ねーねー、これが魔法の品っていうのは本当なの?」
「なんだよ、疑ってんのかぁ?」
冒険者の青年は少しだけ身を乗り出すと、こちらを丸め込むように調子よく語り始めた。
「坊主も〈エンチャント〉って聞いたことねえか? ダンジョンで手に入るアイテムなんかにゃ、たまーに魔法の力が宿っててなぁ。その装備の本来の効果とは違う、まったく新しい能力がついていたりするワケよ!」
「へぇー。じゃあこれにはどんなエンチャントがついてるの?」
ぼくがさっき説明文を見た木の指輪を指さすと、男の言葉の勢いは弱くなった。
「そりゃ……まあ、買ってからのお楽しみだよ」
「まさか、知らないの?」
ぼくがあえてジト目を作って尋ねると、男はばつが悪そうな顔で視線を逸らした。
「か、鑑定士でも〈エンチャント〉までは読めねえし、その、まあ、あれだよあれ! 坊主もくじ引きは知ってるだろ? あんな感じで、なんのエンチャントが当たるか、そのワクワクを楽しんでほしいんだよオレとしちゃあよ!」
男は言っている間に興奮してきたようだ。
「ほら、よーく見てみるとなんとなく魔力を帯びてんのが分かるだろ! どんな効果があるのかは分からねえけど、絶対なんかの効果があるのは間違いねえんだって! なのにあの石頭のオヤジめ、どうせ鋳潰すだけだから全部定額で買い取るとか言いやがってよぉ!」
……なるほど、話が読めてきた気がする。
魔力を帯びているからエンチャントがかかっているのは確実だけど、その効果は分からないから店では定価でしか買い取ってもらえなかった。
だから不満に思ったこの人はエンチャント付きのものだけは売らずに残して、貯まったところで露店で並べて高値で売り払おうとした、と。
(だとしたら、さっきのお店にこういう装備がなかったのも分かるし……)
おそらく、さっきの高級店はまさにゲームで言う店売り品、人間の職人が作った品を主に並べていたんだろう。
このエンチャントというのはダンジョンのランダムドロップにしかつかないなら、店になかったことも納得出来る。
(こんな商売、普通だったら成立しないもんだと思うけど……)
ぼくならその効果が分かる。
いい効果がついているものなら、多少、いや、かなり割高でも買って損はないかもしれない。
……いや、それどころか、めちゃくちゃ条件としてはいいんじゃないか?
この人は、二年もかけてこの装備たちを集めたと言っていた。
ゲームではアホみたいに周回した結果手に入るような数のエンチャント品を、本編開始前に自分だけが厳選出来ると思えばお得感しか感じない。
ぼくは興奮が声に出ないように気を付けながら、あくまで興味本位、といった態度を崩さずに返答する。
「ふーん。じゃあ、ちょっと見てもいい?」
「お、おお? あ、ああ、いいぞ。なんだよ坊主、話が分かるじゃねえか」
それに気をよくしたのか、冒険者の男の機嫌が一気によくなった。
ぼくはその隙に、商品の検分を始める。
(流石に二年かけて集めただけのことはある。数だけは相当なものだけど……)
並んでいる指輪は主に三種類。
先ほどの〈ウッドリング〉と鉄で出来た〈鉄の指輪〉、それから〈鉄の指輪〉とデザインは同じだけれど一面に錆が広がった〈錆びた指輪〉だ。
また、数は少ないものの、それからちょっと離れた場所に、その三つよりも少し上等な〈綺麗な指輪〉も置かれていた。
それぞれの性能はこんな感じ。
《ウッドリング(指輪):木で出来た指輪。防御力が1上がる》
《鉄の指輪(指輪):なんの変哲もない鉄製の指輪。防御力が2上がる》
《錆びた指輪(指輪):本来の効果を失ってしまった指輪。価値はない》
《綺麗な指輪(指輪):シンプルな装飾の指輪。魔法防御力が5上がる》
どれも大した性能ではなく、一番マシな〈綺麗な指輪〉ですら正直これ単体ではあまり意味はなさそうだ。
ただ……。
《腕力増幅Ⅰ(レア):装備者の腕力が5%増加する》
確かに、どれにもエンチャントがついているようだ。
ぼくは最初は特に狙いを定めるようなことはせず、片っ端からその効果を探っていく。
《魔力増加Ⅰ(コモン):装備者の魔力が5増加する》
《敏捷増幅Ⅰ(レア):装備者の敏捷が5%増加する》
《魔力増加Ⅰ(コモン):装備者の魔力が5増加する》
《致命攻撃Ⅰ(ベリーレア):クリティカルヒットの確率が5%上がる》
《精神増加Ⅰ(コモン):装備者の精神が5増加する》
《腕力増加Ⅰ(コモン):装備者の腕力が5増加する》
数々の指輪を調べていき、十個ほどの指輪の効果を見たところで、
(――あった!)
ぼくはついに、お目当ての効果を見つけた。
《MP増加Ⅰ(コモン):装備者の最大MPが10増加する》
念願のMP固定値アップ装備!
しかも腕力や敏捷と違って上昇値が10もある!
これだけで今のぼくのMPは倍以上、魔法を撃てる回数も当然倍に増える!
興奮も冷めやらぬまま、次の指輪を調べてみると、
(お、おお!?)
なんと、その指輪がいきなりの〈MP増加Ⅰ〉だった。
コモンとあるからかなり出やすいものだとは思うけれど、一発で引くのはかなりの豪運。
まるで指輪が、ぼくに買ってほしいと訴えているようにも思えた。
そして、そんな気配を察した男が、すかさず話しかけてくる。
「お、その指輪が気に入ったのか? 二つセットなら特別に三千ゴールドでいいぜ?」
なんと、千ゴールドもお得!
これは買わない手はないと、ぼくは一瞬だけ腰を浮かしかけて……。
(……ま、まあでもせっかくだから、ほかの指輪も見てからにしようか)
すぐに愛想笑いと共にMP増加の指輪をさりげなく手元の方に置き直すと、指輪の物色を続けることにしたのだった。
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