第二十五話 一日の終わりに
クラス分け試験が終わると、あとはガイダンス。
各クラスに案内されて今後について軽く説明を受けたところで、初日は終了した。
(……濃い、一日だったなぁ)
英雄学園は全寮制。
クラスによって部屋のグレードが違って、とかそういうこともなく、こちらは特に問題なく入寮を済ませることが出来た。
トラブルっぽいことと言えば、寮の部屋に入った途端、僕の契約精霊のティータが興奮して、
「へー! ニンゲンって区切った箱の中で暮らすって聞いたけどほんとなのね! ふしぎ!!」
と騒ぎ立て、
「なっ、こ、これ! アタシの攻撃を跳ね返したわよ! 新種のスライムかしら! ね、ねえ! アンタも加勢しなさいよ!」
とベッドに行っては跳ね回り、
「ぴゃっ! み、水! 水が出たわ! さてはこれ、人工精霊って奴よね! な、生意気な! この光のし……あわわわわ、す、すごいえらい精霊のアタシに逆らおうなんて、百億光年はや……うにゃあああ!!」
魔道具のシャワーと格闘してはずぶぬれになり、とまるでテンプレのような暴れっぷり。
まあ最終的には、枕に格闘戦を挑んだティータが、
「くっ! これじゃあアタシの威厳が……。こ、こうなったらあのスライムだけでも、えい、えいっえいっ! う、こ、この! なによ、なめらかな肌触りしちゃって! い、いくらふんわり感触だからって、アタシはアンタなんかに負けな……スヤァ」
という感じで即落ち二コマして眠り込んだので、ようやく静かになった。
(枕、もう一個買わなきゃなぁ)
気持ちよさそうに枕に埋もれて眠るティータに布団をかけて、僕もその隣にゴロンと横になった。
(はぁ、癒やされる……)
行儀が悪いのを承知で、そのままだらんと脱力する。
寮生活なんてしたことがなかったので不安もあったが、ぶっちゃけかなり快適だ。
学園自体が少人数だからか、寮の部屋数には余裕もあり、希望すれば一人部屋を選べるというから、僕は当然一人を選んだ。
ちなみに男女は建物こそ同じだが別棟。
上から見るとHのような形をした構造で、左右の両翼に男子女子それぞれの個室があり、真ん中の横棒部分が食堂などの共用スペースという、「ふーん、エッチじゃん」と言いたくなる造りをしている。
……いやまあ、エッチかはともかく、男女の個室は直線距離ではそんなに離れてはいないので、何かしらのイベントの温床になりそうな感じはある。
(にしても、こう、ちょっと快適すぎて寮暮らしって感じがしないんだよね)
部屋は下手をすれば日本の一人暮らし用のアパートなんかよりも断然広く、おまけに魔道具によって冷暖房風呂完備。
食事は専用の食堂や購買部にデリバリーサービスまであるし、掃除や洗濯も魔道具でこなせるほか、ベッドメイクや洗濯などはコンシェルジュ的な人に頼めば乾燥からアイロンまで完璧にこなして戻してくれるサービスがあるらしく、寮というより高級ホテルかなってくらいに色々と手厚い。
(まあでも、分からなくもないか)
国内に競合相手はおらず、入学者はほぼ全員貴族だから当然資金は潤沢。
学園の思惑としても、使用人に傅かれていちいち世話を焼かれなきゃ何も出来ない者にはなってもらいたくないが、それはそれとして、生活に時間を取られて戦闘訓練に集中出来ないのも本末転倒といったところなんだろう。
(修羅の国みたいな学園だもんなぁ)
何しろ、僕以外で一番レベルが低かった子でも、レベル26。
その時点で数百匹単位で魔物をぶっ殺してるのは確定な訳で、学園物によくいる甘ったれた貴族の子供みたいな奴は最初からほとんど入ってこないのかもしれない。
(そういえばマインくん、大丈夫だったかなぁ)
馬車の待合所で見た、あの太っちょボディを思い出す。
レベルを見たりはしなかったが、ああ見えて実はめちゃくちゃ強かったりしたんだろうか。
(あそこでトラブルがなければAクラスになってた……とか)
なんて想像して少し笑ったあと、すぐに憂鬱になる。
(はぁ、まさか僕がAクラスに入っちゃうなんてなぁ……)
初めはAクラスを狙っていたはずなのに、いざ選ばれてしまうと周りとのレベル差にちょっと気おくれしてしまう。
「あの女の子、すっごいにらんできてたしなぁ……」
名前は……ええと、セリカ、じゃなくて、セシル、でもなくて……。
ああ、確かセシリアとかいう、僕と一緒に敏捷試験を受けた鎧の子だ。
鎧つけたままですごい速度で動いていたからただものではないと思っていたけれど、あとで周りの人が話しているのをそれとなく聞いていると、どうも彼女も「ファイブスター」……この国の要人の子供の一人だそうだ。
あ、ちなみに人によって「ファイブスターズ」って言ったり「ファイブスター」とか言ったりするのは、一応五人まとめて呼ぶ時は「ファイブスターズ」で、五人のうち一人のことを示す時は「ファイブスター」という使い分けがあるかららしい。
(……あの子とも、仲良く出来るといいけど)
友好的な雰囲気の欠片もなく、路上にひっくり返ったセミでも見るようなまなざしで僕をにらんでいたあの目を思い出すと、流石に心がくじけそうにもなるけれど、僕には希望もあった。
(たぶんこれ、原作の既定路線だよね)
世に知られていない光の属性だけを備えた魔法適性。
ほかの学生と比べてまるで足りない能力値。
自分の実力を超えた精霊との契約。
そして、身の丈に合わないクラスへの編入。
その全てに散々振り回されては来たけれど、こうして振り返ってまとめてみると、お手本のような巻き込まれ系主人公のテンプレだ。
――だとするならば、ここから逆転する道筋は、必ず用意されているということ。
いや、まあゲームの知識は1ミリもないだとか、セーブもロードも出来ないだとか、難易度は鬼畜級だとか、そういう不安要素もあるにはあるけれど、活路があるのは間違いないんだ。
……たぶん。
「ふあぁぁ……」
もう少し今後のことを考えようと思っていたのに、ぐっすりと眠るティータにあてられたのか、僕にも眠気が襲ってきた。
まあ、とにかく全ては明日から。
今だけは全部を忘れて、この睡魔に身を任せよう。
「おやすみ、ティータ」
そう声をかけて、明かりの魔道具を消す。
そうして訪れた、月明がりだけが辺りを照らす薄闇の中で、
「……ん。おやしゅみ、アルミャぁ」
夢うつつどころか夢八割くらいのティータの言葉に目を細め、僕はやっと激動の一日目を終えたのだった。
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