第六十三話 初戦闘


 翌日。

 ぼくは何が起こってもいいように万全の態勢を整え、今日ばかりは魔法を使わずに温存して厨房へと向かった。


(まあMP温存したって、使えるのはまだ〈ライト〉の魔法だけなんだけどね)


 それでも目くらまし程度にはなるかもしれないし、その差が生死を分けることもあるかもしれない。


 とにかく今日は初めての実戦。

 何が起こってもいいように、覚悟の準備をしておかなくては。


(厨房で初戦闘ってことは、やっぱり食材と戦うのかな)


 あまり意識したことはないけれど、この世界では魔物の肉も普通に食卓にあがるし、厨房の奥にでっかい水槽があるのも知っている。

 ぼくの「はじめて」の相手は殺人ピラニアとかになるのかもしれない。


 なんとも言えない高揚感と不安感を胸に、ぼくは待ち合わせ場所の厨房に向かった。


「たのもー!」


 ぼくが気合と共に足を踏み入れると、そこにはすでにレイヴァン兄さんとクマみたいな大男がいた。


「おはようございます、兄さん、ドリッツさん!」

「おう、アルマ坊ちゃん! よく来やしたね!」


 ぼくのあいさつに、ニヤリと口元を上げてあいさつを返してくれたこのドリッツさんは、うちの厨房を一手に引き受ける料理長だ。

 シェフというよりは板前さんみたいな見た目だし、敬語はちょっと怪しいけれど、その腕前は確か。


「アルマ坊ちゃんのために、とびきり活きのいいのを選んでおきましたぜ」


 そんなドリッツさんが人を何人かヤってそうな笑みを浮かべて示したのは、食材倉庫の片隅に置かれた大きな壺だった。


「あれって……」

「ま、百聞は一見に如かず。まずは覗いてみてくだせぇ」


 その笑みに不安になってレイヴァン兄さんを見ると、優しげな顔をしてそっと僕の背中を押してくれた。


 これ裏切られる奴じゃないよね、信じていいよね、と石影 明シンドロームに陥りながらも、ぼくはおそるおそる壺に近付いた。


(おっきい……)


 成人男性の胸くらいまであるその壺は、当然六歳のぼくには大きすぎた。


 それを見越して、だろう。

 横に設置してあった脚立を使って、壺の縁にまで頭を持ち上げる。


 ドキドキを押し殺しながら、そっとぼくが壺の中を覗くと、


「うぇ!?」


 壺の底にはうねうねとうごめく大量の緑色の何かがいた。


「えっなにこれは?」


 ていうかほんとに何!?

 もしかしてぼくらは、知らない間にこんな気持ち悪いものを食べてたの!?


 そんな戦慄と共に反射的に二人の方を振り返ると、ドリッツさんが笑いながら答えた。


「あっはっははは! そいつぁスライムですよ、坊ちゃん!」

「スライムって、あの?」


 ゴブリンと並び、数多のファンタジーRPGに出てくる超代表的なモンスター。


 某国民的RPGの影響によってユーモラスな見た目で弱いというケースが多い一方、本格ファンタジーを標榜する意識が高い作品ほどグロテスクな見た目で物理無効だったり状態異常を付与してきたりでやたらと強くされがち(個人の感想です)な魔物の王様が、これ?


 そう思って見てみると、確かにスライムだ。

 明かなゲル状をしていて見た目がちょっとグロいのは本格寄りだけれど、少なくとも強さに関してはそこまでのようには見えない。


「でもなんでスライムが厨房に? やっぱ食べるの?」という疑問には、すぐに兄さんが答えてくれた。


「スライムは残飯や食材の残りみたいなゴミを食べてくれるから、厨房で飼っているんだよ。餌を与えすぎると際限なく増えてしまうし、あまり変なものを与えると毒を吐くようになるから、管理は必要だけどね」


 そう言われれば、確かに合理的な気もしてくる。


「ま、慣れちまえば可愛いもんですよ!」


 なんて意見にはちょっと賛同しかねるけれど、重要なのはそこじゃない。


「え、えっと、もしかして、ぼくの位階上げの相手って……」

「もちろん、そこのスライムたちでさぁ!」


 あ、うん。

 やっぱり、そうなるよね。


 不満を言える立場ではないけれど、ちょっと肩透かし感は否めなかった。


「その、てっきり水槽の魚とかと戦うのかなって思ってたんだけど……」

「あっはははは! それもいいですがね! せめて位階が20以上はないと一刺しで殺されちまうような魚もおりますから、流石に坊ちゃんには触らせられませんよ!」


 豪快に笑うドリッツさんだったけど、こっちは青くなるばかりだ。

 やっぱりこの世界、人にやさしくなさすぎるのでは。


(う、うん。まあそう考えるとスライムも、悪くはないよね)


 ちょっと予定とは違ったけれど、ぼくの初めての実戦が今から始まることには変わりはない。

 ぼくが気合を入れなおしていると、兄さんが近寄って尋ねてきた。


「そういえば、アルマは〈トーチ〉の魔法は使えるようになったんだっけ?」

「……ううん、まだだよ」


 むしろそのためにレベル上げをしたいんだけど、やっぱり早かっただろうか。

 けれど、そんなぼくを安心させるように兄さんは微笑んだ。


「あ、いや。心配しなくても大丈夫だよ。そのために秘密兵器があるんだ」


 そう言って、兄さんが取り出したもの、それは……。



「……え」



 どこからどう見ても、マッチ箱だった。



 ※ ※ ※



「坊ちゃん! ここが気合の見せどころですぜ!」

「アルマ! 僕は君ならやれると信じているよ!」


 ぼくは二人に見守られながら、マッチ箱からマッチを一本取り出し、箱の脇をシュッとこする。

 火属性の精霊石の粉末がまぶされているそれは、子供の力でも一瞬で火がついた。


「おお! 流石はレオハルト家の子供! 見事な手さばきだ!」

「いい調子だよ、アルマ! さぁ、油断せずに行こう!」


 兄さんとドリッツさんの声援を無心で聞き流しながら、ぼくはマッチをぽいっと壺の中に落とす。

 事前に油がまぶされたスライムたちは、マッチによって一瞬で燃え上がり……。


「おー。よく燃えますなぁ」

「マッチが、アルマの頑張りに応えてくれたんだね」


 火にまみれても壺の底でただうねうねと燃え続けるだけのスライムたちを見守ること、十秒ほど。



 ――テッテレレレ!



 クソデカ音量が突然頭に響き渡って、ぼくはレベルアップした。


「お、やったみたいですな! これはめでたい!」

「おめでとう! よく頑張ったね、アルマ!」


 すかさず駆け寄ってきた二人の祝福にもみくちゃにされながら、ぼくは、



「……おもってたレベル上げとちがう」



 と小さな声でつぶやくしかなかったのだった。







 ちなみに、だけど。

 レベルアップによって、ぼくの最大MPはどうなったかというと、




  HP 54 / 63

  MP 6 / 7




「……ダメじゃん」


 ぼくの楽々原作スタート計画に、暗雲が立ち込めてきた瞬間だった。


―――――――――――――――――――――

祝、初レベルアップ!

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