第六話 ヒロイン


 ――〈フォースランドストーリー〉には、四人のヒロインがいた。


 いつも元気で明るいリリサ。

 物静かで理知的なミューラ。

 気が強いが心優しいナナイ。

 悠久の時を生きる死神であり「千年時計の調律者」の異名を持つ元兎族の戦士で、その全ての力を解放した最終非定理魔術形態エンド・ジ・エンドを身に纏った時の戦闘力は銀河最強の一角にも数えられるが、その代償として定命の人間と運命を交わらせることが出来ないと予言されているためその反動として強い母性を持っているというごくごく自然で何の違和感もない設定によって合法的にバブみを感じてオギャることが出来るのはもちろんのこと、好きな人にウサギの耳を触られると一瞬で力が抜けてしまうというあまりにも露骨な弱点によって攻守逆転シチュへの希望も大きな胸と一緒にバインバインに詰め込んだその姿はまさに人類史に残る発明と言うしかない今世紀最強の超国宝級ヒロイン……のメルティーユ。


 彼女たちはそれぞれがそれぞれに個性的で、誰か一人を選べと言われたらコンマ一秒は迷ってしまうほど甲乙つけがたい魅力を持っていたが、そんな彼女たちの魅力を支えるのが、やはり声優さんの演技だった。


 彼女たちの演技が、声が、魅力的なヒロインたちに魂を吹き込み、血を通わせ、その存在をもっとずっと身近で確かなものに変えてくれた。

 そしてちょうどその中の一人、ちょっとツンデレ気質のあるナナイの声優さんが、「釘野 桜」さんだったのだ。


 一部界隈で「釘野病」と言われるほどの熱狂的なファンを生み出した彼女の声は実に個性的。

 ゲーム世界が現実になったこの世界でも、その存在感は健在だった。


(あの「ないんだからね!」の響きは、間違いない。性格は全然違うのに、あの一瞬だけルリリアちゃんとナナイがダブって見えた)


 もはや、ルリリアちゃんがヒロインポジションなのは確定的に明らか。

 ただ、ほかの人については今のところよく分からなかった。


 特に、自分の、アルマの声が声優さんのものか分かれば、それはもう直接的なヒントになったんだけど……。


(うーん。自分の声って音が違って聞こえるし、そもそも声変わり前だしなぁ)


 正直、「俺」はそんなに声優に詳しい訳じゃなかった。

 釘野さんが分かったのは特徴的な声で、さらには〈フォースランドストーリー〉に出ていたから調べたことがあったからだし、そこそこ以上に有名な人でも声を聴き分けろとなるとちょっと自信がない。


 少なくともこの場にいるルリリア以外の人たち、ぼくと母さん、イングリットおじさんについては、声優さんが声を当ててるのかどうかちょっと判別はつかなかった。


(いい切り口だと思ったんだけど、仕方ないな)


 結局そこから大した進展はなく、ちょっと前までは体調を崩していたというルリリアちゃんの身体を気遣って、そこからすぐにお別れすることになった。


 ルリリアちゃんはこれでしばらく会えなくなると知って寂しそうにしていたが、そこは素直なルリリアちゃんだ。


 屋敷から帰る時はぼくに笑顔を見せて、


「あ、あの、おにいちゃん! ……わたし、つぎはもっとがんばるから!」


 そんな宣言をしたかと思うと、顔を隠すようにしてイングリットおじさんの方へ走っていった。


 もっとがんばる、というのはちょっとよく分からなかったけど、もしかして花嫁修業かなにかだろうか。

 だとしたら、ちょっと照れくさいけど、嬉しい。


 ぼくは遠くなっていくルリリアちゃんとイングリットおじさんに手を振りながら、



 ――幼馴染ヒロインもいいよね。



 なんてことを思ったのだった。


―――――――――――――――――――――

イングリット伯「む、娘の性癖が、歪んで……」

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