第23話
翌朝、目が覚めたときにはもう我に返っていた。
「昨日の俺は一体何を……?」
旧校舎を探索して監禁場所を見つけないといけないのに、放課後丸々勉強に費やしてどうするんだ。
原作通りに誘拐イベントを起こしたら後はどうだっていいんだから、留年なんか気にする必要は全く無いじゃないか。
おまけに、よりにもよって誘拐する相手と仲良くなってどうするんだ。実際誘拐したとき俺はどういう態度でいればいいんだ……?
「ミリーだ、ミリーが悪い」
あれはもう自覚の無い天然物の清楚なサキュバスみたいな存在だ。うっかり近づくと魅了デバフをくらって正気を失ってしまう。
どうせ主人公のハーレムに組み込まれる女なんだから、あわよくば仲良くなって……などという展開も期待してはいけない。
ただやはり魔法関連は方針を改めることにする。
昨日までは誘拐イベントを起こすことしか頭になく、授業について何一つ下調べもしていなかったし時間割すら知らないままだった。
さすがにあのままでは悪目立ちし過ぎるし、優秀らしいミリーとまた組まされることがあったら今度こそ篭絡されかねない。
平均点を取るレベルとまではいかなくても、赤点を回避できるぐらいには勉強しておく必要があるだろう。
「はい、それじゃ魔法実習αの二回目ですね~」
三限目、鬼門の魔法実習が始まった。今日はきっちりこなしてミリーと組まされないようにしなければならない。
この魔法実習αは月曜と火曜だけなので、今日さえ乗り切れば今週は安泰だ。気合を入れていこう。
「昨日は魔法の出力を上げる練習をしましたが、今日は下げる練習をしますよ~。できる人には退屈かもだけど、次からの授業で絶対必要だから我慢して下さいね~」
なるほど。大抵はできて当たり前だけど、何も知らずに入学してきた俺みたいな奴がいたら話にならないから、念のため時間を取っているというわけか。
「じゃあ魔法の出力を下げるときの注意点を~……今日は八日だから八番のサニムラ君。わかりますか~?」
「はい。出力を下げ過ぎると魔法が発動しなくなる事です」
「そうですね~。なので魔法ごとにそのラインの見極めを―――」
チッ、優等生ぶりやがって。やはりサニムラの野郎はいけ好かない。
「―――はい、じゃあ『ペフ』を使える人はやってみて下さいね~」
よし、ここが正念場だ。
昨日でマニュアル発動のコツは掴んでいる。出力を上げるときの要領で逆に下げてやればできるはずだ。
まずは試しに半分ぐらいに……下げるのはできたが発動しなかった。これは下げ過ぎということか?
それなら七割は……発動した。少し小さいペフだ。六割なら……ギリギリ発動した。ペフはここがラインか。
「えーっと、君はできてるね~。君は……難しいかな~? あれ、君も。あれ? ええ~?」
どうやら今回はできない生徒が大勢いるらしい。俺は早くも二日目にして優等生側に立ってしまったようだ。
「こ、こんなに……? じゃあ、う~ん。できる人はもうあっちの方で遊んでていいよ~。できない人はこっち集合ね~」
そうしてできる組とできない組で分けられた結果、できる組は俺と四人の男子、そして女子全員。
できない組は残りの男子全員という極端な分かれ方になっていた。男子は魔法が苦手なのか……?
「あ、ゲルド君。できたんだね」
「ん、ああ。昨日教えてもらったばっかりだしな」
く、できる組だからミリーが近くにいる。というか話しかけられた。……あ、そうか。
あの男子達は恐らく全員、昨日の俺の二匹目のドジョウを狙っていたに違いない。できないフリをしてミリーからマンツーマンで教えてもらうことを期待してやがった……!
しかし同じ事を考えている奴があまりにも多過ぎたせいで、全員共倒れという虚しい結果に終わったというわけか。こすい真似はするもんじゃないな……。
謎の棒を手に持ったまま助走を付け、片手ロンダートからの後方伸身四回宙返りをしながら棒を高速回転させて三重の円を描く。
「ゲルド君、今度は何を……うわー! 何それ何それ! すっごー!」
「はわー……何なの今の」
「何回回ったの? 三? 四?」
「ウハハハハ、魔法は駄目だけどこういうのは得意だからな」
棒の端に大サイズ、その少し内側に中サイズ、さらに内側に小サイズの『ペフ』を光らせ、それを超高速で回転させることで三重円を実現。
それをどう魅せようかと試行錯誤していると、ミリーや他の女子生徒がキャーキャーと黄色い声援を浴びせてくるものだからつい調子に乗ってエスカレートし、最終的にはとんでもないアクロバットを披露することになってしまった。
こんなにキャーキャー言われたのは最初の周でメイド達に囲まれながら素振りをしてた時以来だ。というかあの時はなんでただの素振りでキャーキャー言われてたんだ……? 盛り上がる要素なくない……?
「はい、全員できるようになったね~。じゃあ~、ちょっと早いけど今日はここまで~。次からは本格的なのやるからね~」
そうやって遊んでいる内に最後の一人も無事成功して授業が終わったようだ。というかどうせ全員最初からできるんだから成功もクソも無いんだが。
連中はどうせ、ロクに教えてもらってないまますぐできるようになったら不自然なのでは……? などと考えていたに違いない。そこからは誰がどのタイミングで成功させて抜け出すかの心理戦が行われていたのだろう。
最後まで残ったアイツはその敗者だ。
「お疲れサニムラ。大変だったなあ」
「よせよ。ったく、お前ら抜け出すのが早いんだよ」
勝者たちが敗者を揶揄っているようだ。どうやら敗者の名前はサニムラというらしい。
「ん? ……ええっ!?」
俺の終生のライバルたるサニムラが、まさか敗者のレッテルを貼られてしまったとは。なんと情けない……!
「わっ、どうしたの」
「あ、いや……あれだ、思い出しびっくりしたんだ」
「思い出しびっくり」
「そう。びっくりしたことを思い出してびっくりするんだ」
「……ゲルド君ってときどき変なこと言うよね」
誤魔化し方に失敗してミリーに変人認定されてしまった。サニムラめ……!
実習場から教室に戻るまでの間、なんとか変人認定を取り消すべくミリーと普通の話をしようと試みたが、笑われたり驚かれたりするばかりで認定解除は上手くはいかなかった。
教室に戻った後は担任を急かしてホームルームの後に解散。だが今日の放課後はいつもとは違う。火曜日と木曜日は三限目で授業が終わるため、午後のかなり長い時間を自由に使えることになるのだ。
友人たちと遊び呆けるのも良し、恋に現を抜かすのもよし。青春の時間を大いに満喫すればいい。
或いは入学早々から将来に向けて自己研鑽に励むのも良い。動き出すのは早ければ早いほどライバルに差を付けることができるだろう。
教室から出て行くクラスメイトの様子を見るに、彼らの大半はこれから学校を出て街の方へ遊びに繰り出すようだ。早速いくつかのグループができつつあるらしく、何人かで連れ立って歩いていく姿が見受けられた。
そして早くも男子の中で浮いてしまっている俺はといえば、一人寂しく旧校舎探索だ。
ミリーをかどわかして手籠めにしようとする男は大勢いるはずなので、ライバルに差を付けるためにも監禁場所の選定は早めに済ませておかなくてはならない。
ある程度生徒が少なくなってきた頃にコソコソと行動を開始する。あまり旧校舎に向かっているところを見られたくはないので全力の隠形だ。
校舎を出て小さい林を抜けて旧校舎前へ。決行の際にミリーを抱えて通ることも考慮に入れてルートも選定しておく。
「さーて、どうすっかねこれ……」
そしていざ旧校舎内へ、といきたいところだが、校舎内には大量のモンスターの気配があった。
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