第33話

「ミリー、シズラー。なんか凄い綺麗な宝石あったわよー……ってあいつ! シズラ!?」

「な!? くそっ、油断したか!」


 床に崩れ落ちているシズラと、ミリーに詰め寄っている俺。そんな光景を見た二人は当然のように武器を構えて臨戦態勢を取った。

 そしてそんなメリッサの手には赤く輝く手のひら大の謎の宝石がある。あれが何かのキーアイテムなんだろうか。


「そういきり立つな。もう何もするつもりは無い」

「はあ!? シズラに何かしたんでしょ!?」

「ああ、こいつは馬鹿でかい斧を思いっ切り振り上げて飛び込んで来たから、てっきり腹を殴ってほしいのかと思ってな。やめさせた方がいいぞ、あれは」

「ふざけた事を……! ミリー、そいつから離れろ! メリッサ、行くぞ!」

「え? う、うん」


 あーあー。悪役をやるとつい相手を挑発するような事を言ってしまう。これが楽しいんだが、今日はもうお腹いっぱいだ。これ以上は付き合ってられん。


「なんだ? また寄って集って袋叩きにしようというのか? 卑怯者め」

「あんたにだけは言われたくないわよ! もうボコボコにして衛兵に突き出してやるんだから!」

「衛兵に? いいのか? そうなると罪に問われるのはお前たちだぞ」

「はあ!? なんでよ!?」

「当然だろう。ワスレーン家嫡男を集団でリンチした罪で一生牢屋の中だ。死刑もあるか?」

「ワ、ワスレーン家だって……!?」


 実家の力を使うのは本当に気持ち良い。実際に使うと父上に怒られるだろうし、多分そんな重い罪には問われないとも思うが、脅しとしては十分過ぎる威力がある。


「お前だってミリーを誘拐して、こんな所に閉じ込めただろ!」

「ほう、そんな事があったのか。それで、証拠は? そして誘拐されて、他に何かされたのか? ん?」

「証拠だと……くっ、だが証言はできる! 俺たちが証人だ!」

「ほほーう、集団暴行事件の犯人が証人か。それはさぞ説得力があるんだろうなあ?」


 実際に誘拐事件を訴えられると少々まずいかもしれない。誘拐だけで他に何もしていないし握り潰せるとは思うが、多分父上からこっぴどく怒られる。


「くそっ、どうする……!? こいつ最悪だ……!」

「だからどうもしなくていい。もうお前らに関わるつもりは無いと言ってるだろう」

「そんな事が信じられるか!」

「信じられなくてもどうしようもないだろう。信じるしかあるまい」

「ぐぐぐ……あの変態が本当にワスレーン家なの?」


 そこを追及されると面倒臭い。学園では家名はあまり大っぴらにはしない風潮があるし、クラスメイトのミリーも知らないはずだ。もう逃げよう。いや、その前にちょっとそれっぽい事も言ってみるか。


「しかし、そうだな……ハルトといったか? あの扉を開けたということは……世界の命運は、お前にかかっているのかもしれんな」

「なに……!? どういう事なんだ!?」

「クックックッ……それはいつか自ずと明らかになるだろう……ではな」

「なっ!? 光が―――いない!?」

「ど、どうやって……?」


 格闘スキルレベル六『光臨の構え』を発動。恐らく剣スキルレベル五『剣気開放』と同じ類の技で、何らかのバフを付与するものだと思うが効果はよくわからん。なので俺にとってはただ全身が光るだけの技だ。

 それで目を眩ませたらあとは足音を立てずに走り去るだけ。部屋の外から耳を澄ませてみるが、どうやら消えたと勘違いしてくれたらしい。


 旧校舎から出ると外はまだ明るい……というかまだ朝だ。清々しい朝日を浴びて大きく伸びをする。

 辛いこと、苦しいことなどたくさんあったが、これで俺の役目が終わったと思うと肩の荷が下りた気分だ。

 主人公たちがあのよくわからん宝石を手に入れたことによって、物語は大きく前進するはずだ。今までの周回で主人公は何をやっているんだと思っていたが、あんな大事そうな物を入手できていなかったと考えると無理もないことだった。


 俺という異分子が今まで原作の流れを歪めていたが、今回ついに物語を正常なルートで進めることができた。そうなるとあとは原作通りに話が進み、きっとループも終わる日が来る。そう信じて果報を寝て待つとしよう。


 その二日後の月曜日、実際に二日間をぐっすり眠って過ごした俺は、引き続き清々しい気分で登校していた。

 やる事が無いって本当に素晴らしい。後は他の奴に任せておけば何とかなる。こんな気持ちになったのはいつ以来だろうか?


 おっと、前方を歩く水色の髪の少女はミリーじゃないか? あんな事があったのに健気に登校していて偉い偉い。

 曲がり角でふとこちらに目線をやって……目が合った。両目を見開いて、何か信じられない物を見たような表情をしてこちらに歩いてきている。デザロア学園に入学してからずっとミリーばかりを見ていたが、これは初めて見る表情だ。


「……本当にゲルド君? え、なんで?」


 信じられない物とは俺のことだったらしい。朝早くに来るのがそんなに珍しいか?


「なんでとはなんだ。俺は今まで無遅刻無欠席だぞ」

「いや、そうじゃなくて……なんで来てるの?」

「だから無遅刻無欠席だと言ってるじゃないか」

「遅刻とか欠席とかじゃなくて。あんな事して、思わせぶりな事も言って、最後は消えちゃったのに……? 普通に登校するの?」


 そういう事か。そういう意味ではたしかにそれ以降しばらく姿を見せない方がベタというか、展開としては自然だろう。


「あの宝石を手に入れた結果どうなっていくのか。それを観察しておきたいんだ」


 もしこの周でループが終わらなかった場合次の周ではどこかを修正する必要があるが、何も知らないままだと同じ事を繰り返してしまう。いずれ出発するであろう旅にまでついていくつもりは毛頭無いが、学園にいる間ぐらいは観察しておいた方がお得なはずだ。


「……ねえ、ゲルド君って何者なの?」

「さすがに気になるか」

「うん」


 いくらなんでも色々匂わせすぎているか。ミリーにはもう凡そのことはバレてしまっているし隠す意味も無いが……。


「別にある程度は話してもいいけど、ここではちょっとな。というか二人でいるところをあのハーレム軍団に見られるとマズいんじゃないか?」


 寮から校舎へと続く朝の通学路とくれば当然周囲に人は多いし、何よりあの連中に見つかるとまた因縁を付けられてしまうかもしれない。そしてさりげなく校外デートの約束を遠回しに取りつけられた事には気付いていなさそうだ。


「あっ、そうだ! ゲルド君、土曜日も言ってたけどそのハーレムって何なの!」

「え? 男一人に美少女三人……ハーレムじゃないか」

「そういうのじゃないから! 私とメリッサちゃんとハルト君は同じ村から出てきたから」


 俺のハーレム認定にミリーはプリプリ怒って否定してくる。たしかにハーレム要員の一人としてカウントされるのは不名誉極まりないか。それにしてもまさか本当に幼馴染特化ゲームだったのか……?


「まあ内情は何でもいいけど、とにかく学園ではあまり話さないようにするぞ。あいつらすぐ暴力に訴えてくるからあまり関わりたくない。特にメリッサとかいう奴は本当にヤバい」

「うん、わかった……けど、ゲルド君がそれ言うの……?」

「俺のは華麗だから良いんだよ。あいつらのは荒々しくて野蛮だから駄目だ。じゃ、そういう訳でまた今度な」


 そう言ってミリーから離れて校舎へ向かう。またミリーを狙っているなどと思われては何をされるかわからん。可能な限り訴訟や通報のリスクは下げておかないと。



「う~ん、ゲルド君今回も駄目そう? じゃあ~、ミリーちゃん。またお願いね~」

「…………」

「…………」


 気まずい。

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