第32話

「はあああーっ!」


 まず先手を取ったのはシズラだった。斧を大きく振りかぶりながら駆け寄ってくる。

 全身の力を込めて振り下ろされたそれを剣で軽く打ち払い、腹に一発押し出すように蹴りを叩き込んで後ろに下がらせる。

 別に手っ取り早く今の一発でやられてしまってもよかったんだが、せっかくここまで良い感じに演出してきたのだから、もっと盛り上げてから主人公であるハーレム野郎の一撃で敗北したい。


 シズラは今の一合で、一対一では敵わないと判断したようだ。ハーレム野郎と連携して攻めるべく視線を合わせてアイコンタクトを送っている。

 残ったメリッサはというと、後方からコソコソと左側に回り込んでいる。姑息にミリーを助けようとしているのかと思ったが、杖を構えたということは後ろにいるミリーに誤射することを恐れて射線をずらしただけらしい。


「うおおおぉぉぉっ!」

「はあっ!」


 前衛の二人が同時に攻めかかってきた。まずはシズラの方に俺からも近寄って、先ほどと同様の手順で後方に追いやる。

 そして残ったハーレム野郎が剣を振り下ろすのに合わせてこちらも剣を切り上げ、緊迫した鍔迫り合いの形に持っていく。主人公と悪役のボスキャラが戦うなら、様式美として一度ぐらいはこれをやっておかないといけない。


「ぐっ!」

「クックックックッ、そんなものか? 血気盛んにやってくるからどれほどの使い手かと思えば、まさかこの程度でこの俺に勝とうなど……片腹痛いわっ!」


 わっ! のタイミングで力を込めてハーレム野郎を押し返す。そして視界の端に見えていたメリッサが放った火の魔法を避け……るわけにはいかないので剣で切り払う。魔法を剣で消すのは相当な精密さが要求されるため、咄嗟のことでかなり焦ってしまった。というかあいつ何を考えているんだ。俺が言うのもなんだが、頭おかしいんじゃないのか?


「メ、メリッサちゃん! 火は駄目だよっ……!」


 拘束されてるミリーが思わずといった様子で叫んでいる。そりゃそうだ。俺が避けたら後ろにある本棚に火が直撃することになる。こんな風通しの無い地下室でそんな事になったら危険極まりない。死なば諸共というやつか?


「で、でもミリー! 私は、火の魔法じゃないと……ううん、火の魔法を使わないといけないんだから!」


 あー……どうやらそういう背景があるらしい。キャラクターごとのこだわりというかバックボーンってやつだ。


「後ろ! 本棚があるから駄目なの! 危ないよっ!」

「え? あっ、そ、そう……」


 当然ミリーはそんなものはお構いなしだ。俺が茶番を演じていることは薄々察しているから大人しくしているのだろうが、そこへきて盤面を全部焼き尽くすような暴挙は到底見過ごせないだろう。

 このまましばらく戦ってるフリをして、なんか盛り上がったタイミングで良い感じに美しい敗北を演出などと考えていたが、敵にあんなポンコツがいたんじゃモタモタしてると何が起こるかわからない。多少強引でもいいから早く終わらせる必要がある。

 未だかつて感じたことの無い緊張感に息を飲み、敵の……というかメリッサの一挙手一投足に気を配りながら機を窺う。


「だあああっ!」

「ハァッ! ハッ!」

「…………」


 前衛二人の攻撃を適当に捌きながら待つが、どうにも良い感じの攻撃が無い。攻め方が単調過ぎる。ずっと同じ攻撃を弾いたり避けたりしてるのに、急に対処しそこねたら変じゃないか。


「二人とも、下がって!」

「ああ!」


 メリッサの合図に合わせて前衛二人が下がる。合図しちゃ駄目だし下がっちゃ駄目だろう。前衛二人との戦いに気を取られている中で不意に飛んできた魔法を受け、そこから崩されて敗北という流れを想定していたのに。

 魔法は……『レイ』か。うーん、あれでいいか? ……よし、あれにしよう。次に何が飛んでくるかわからんし、安全なやつで終わらせたい。


「はああぁぁっ……『レイ』!」


 言っちゃったよ。せめて隠す努力とか……ああもういいや、この半透明の風の球に気付かない風を装って……。


「なんだ……? む、ぐわーっ」

「やった! チャンスよ!」

「ああっ、畳みかけるぞ!」

「くっ、おのれ……!」


 好機とみたのか鼻息を荒くして襲い掛かってくる前衛二人の攻撃を剣で受け止め、体を捻って躱し、そしてバランスを崩して一撃受ける。よし、これだ。


「ぐっ……こんな馬鹿なっ」

「うおおおっ!」

「はあああっ!」


 いよいよ決着をつけるべく思い切り振りかぶっての振り下ろし……しかしてこない。なんでこいつらこんな単純というか、猪武者みたいな……ああもう知らん、次で体勢を崩して、その次で負けよう。鍵も準備して……さあ来い。


「はあっ!」

「ぐっ。し、しまった」

「これで……トドメだあああああっ!」

「ぐはーっ」


 最後の一撃を受けてびょーんと真横にジャンプし、その途中で拘束具の鍵を懐からチャリーンと落とし、俺はキッチンの辺りに叩きつけられてガクリと気絶したフリをする。この後で何が起こるにしても、さすがにここは関係無いはずだ。


「よし! ……そうだ、ミリー! 大丈夫か!?」

「なんか今の変じゃなかったかい……?」

「あっ、鍵よ! 鍵があったわ!」

「鍵……これの鍵か! よし、外せるぞ」

「ミリー、大丈夫だった!? 何か変なことされてない!?」

「う、うん……大丈夫だったよ。その、ありがとう」


 ミリーは指示に従うことにしたらしい。ここでネタばらしをされては俺の名演技が無駄になるところだったので本当に良かった。


「でも……目が腫れてるじゃない。そんなに……」

「二時間ぐらいかかったはずなんだけど、たしかに服に乱れは無いね」

「えっ、えっと、それは……ほら、準備があるとかないとか」


 くそ、なんだあの女二人は。こんな状況でそんな追及をするとは、とんでもないデリカシーの無さだ。一旦落ち着いて男のいない所で改めて話をするとか……なんかそういう気遣いがあるべきだろう。そしてミリーもなんとか誤魔化そうとしてくれてはいるが、状況が不自然過ぎてわけのわからん言い訳になっている。準備って何の準備なんだ。


「それにしてもこの部屋は一体……うわ! なんだ!?」

「ハルト!? どうしたの!?」

「な、何だこの光は……」


 何かが起こったらしく急に騒がしくなった。こっそり薄目を開けて確認すると、部屋の奥の壁が一部だけ光っている。ちょうど扉一枚分の大きさだ。ハーレム野郎が近くにいるが、あいつが何かしたんだろうか。


「これは……隠し扉だね」

「ハルト、何かしたの?」

「いや、近づいたら急に。……どうする? 行ってみるか?」

「そうだね、ちょっと気になる。けど彼をそのままにしておくのはどうかな」

「あっ、じゃあ私が」

「ミリーが? 大丈夫なの?」

「なら私も残ろう。二人で見に行くといいさ」

「そう? じゃあすぐ戻るからね」


 ふーむ。ミリーとシズラが俺を見張るために残って、他の二人が謎の扉の奥を調べに行くのか。それなら二人がいなくなったらもうこの場を離れても問題無さそうだな。一応悪役ロールは続けるが、多分俺の役目はもう終わっている。


「さて、何か縛る物があればいいんだけどね……あれでいいかな。この白いロープでって何だこのロープ。信じられない手触りの良さだ」


 むむむ、俺がミリーのために特注した超高級ロープで俺を縛り上げようというのか? 問題は縛るのがどっちかだが……ミリーが縛ってくれるなら寝たフリ続行だが、シズラに縛られるならもう寮に帰ろう。近づいてくる足音は二人だが……薄目を開けて確認するとロープを持っているのはやはりシズラだ。残念。

 俺を縛ろうと伸ばしてきたシズラの手を取って捻り床に転がす。それと同時に立ち上がって首をコキコキ。余裕アピールだ。


「油断し過ぎだな。クックックックッ……」

「なっ!? くそっ、意識が戻って……!?」

「やっぱり」


 やっぱりとか言うんじゃない、という意思を込めてミリーを睨みつける。これはもう少し言い含めておく必要があるかもしれない。

 そして二人の後方、何も無い壁に出現した扉サイズの穴を見る。俺が調べた時には何も無かったはず。しかし主人公が近づくと光って開く。つまり特別感アピールのためのイベントだ。血筋とか能力とかそういう何かに反応して開く仕組みなんだろう。


「そうか……ここにあいつを連れてくることが俺の役目だったか……」

「っ……なんだい? 何を言っている!?」

「ああ、気にしなくていい。もうお前たちには関わるつもりもない。ただそうだな……シズラだったか。お前はもう少し頭を使って戦った方がいいぞ」

「な!? 何を」

「南の森にいる猪と大して変わらん知能だ。それではこの先やっていけんぞ」

「舐め―――がっ……」


 こいつらにはラスボスを倒して世界を救うという大事な役目がある。ちゃんと強くなってもらわないといけない。

 しかし例によって斧を大きく振りかぶったので、溜息を吐いてまた腹に一撃。意識は……無いな。


「さて、ミリー」

「っ……何?」

「本当に余計なことはもう言うなよ? さっきのやっぱりとかああいうのも無しだ。二時間何もせずぼーっとしてたとか絶対言うんじゃないぞ? いいな?」

「う、うん」

「絶対だぞ? もし言ったら……あれだ、こいつの実家に圧力をかけて破滅させてやるからな。脅しじゃなく本当にやるからな?」

「あ、酷いことってそういう……」


 多分悪役ムーブは必要無かったとは思うが、ここまでやり切ったなら最後まで悪役でいたい。というか悪役楽しい。

 そうしてミリーに釘を刺していると、謎の穴から足音と話し声が聞こえてくる。二人が戻ってきたようだ。

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