第31話
「クックックッ……そう焦るな」
「っ……」
ミリーの頬にそっと手を添える。ついに俺は顔に触れてしまった。
間近で見て、そして手で触れみて改めて思う。なんて美しい顔なんだこれは。
しかしそのままじっと見つめているわけにもいかないので、顔に添えた手を少しずつ下へ滑らせてゆく。
顎の辺りから首筋、そして肩へと……うおおおお、理性が、俺の理性が試されている。いや、もういっそ服をビリビリに引き裂いて欲望のままに……じゃない。せっかくここまで頑張ってきたのに原作ルートから同人誌ルートに逸れるわけにはいかない。
「……ほら、そこから何もしないでしょ」
こ、この小娘、こっちが必死に我慢してるのにそんな挑発するような事を……!
そこまで言うならお望み通りやってやろうか。主人公たちが来ないのもこれが原作じゃなく同人誌の世界だからなんじゃないか? エロい事をしないと話が進まないから、世界の強制力とか何かがはたらいて救出の行く手を阻んでいるんじゃないか?
それならもう躊躇する必要など無い。無いが………………また泣くかもしれん。駄目だ、できない。
「ゲルド君の、うそつき」
「っ、な、何がだ」
「昨日までは嘘を吐いたこと無かったけど、今日は嘘ばっかり」
ああ、もう駄目だ。完全に確信されてる。いつものミリーの目……じゃない。もっと強い力と決意と覚悟を感じる。
いっその事もう洗いざらい吐いてしまって協力を要請するか? いや、ここまで泣かせておいてそれは虫が良すぎるか。
そうして顔を近づけて覆いかぶさったような体勢のままどうしたものかと悩んでいると、ここにきてやっと待ち望んだ足音が部屋の外から聞こえてきた。今はあの梯子のような取っ手を順番に降りている辺りか。数は……三人分だ。
「来たか。……ミリー、これから余計な事は言うなよ。そうだな、助けてーとかたまに叫んでおけ」
「っ……なんで私が、ゲルド君の言うことなんかっ」
「あー、えー……じゃあそうだな。余計な事を言ったらミリーじゃなくて、これから来る色ボケハーレム集団が酷い目に遭うぞ」
「い、色ボケって……で、でもゲルド君は酷い事なんかできないでしょ。もう騙されないもん」
「残念だったな。たしかにミリーには何もできないが、どうでもいい相手になら何をしても何も思わん人間だぞ俺は」
「……むぅ」
「そういうわけだから大人しくしていろ。悪い様にはしない」
さあここからゲルド・ワスレーン一世一代の晴れ舞台だ。ミリーには看破されてしまったが、これから来る奴らに対しては悪役を演じ切ってみせるぞ。
「ミリー! ここか!?」
「……ッ! やっぱり、あの男……ゲルドが」
扉を蹴破るような勢いで開けて部屋に走り込んできたのは、やはりあのハーレム野郎と残りの女二人だった。
ベッドの上で拘束されているミリーと、その上に覆いかぶさるような体勢になっている俺という光景を目の当たりにして三人とも瞬時に顔色を変えた。
「(ミリー、助けてーって言え)」
「え? た、たすけてー」
「(何だその演技は!? とんでもない棒読みじゃないか!)」
「(だ、だって……そんな急に言われたって)」
そっとミリーに耳打ちして良い感じのスパイスを足そうと試みたが、ミリーが思った以上にヘッポコだった。
しかしこれでも効果覿面だったようで、ハーレム野郎の顔は怒りで真っ赤に染まり、剣を抜いて俺を睨みつけている。
「お前ッ! ミリーに! 何をして―――くっ!?」
激昂してこちらへ走り出そうとする男の足元に『斬空波』を放って足止めする。いきなりごちゃごちゃと乱戦するのではなく、多少の前口上とか必要だろうに。風情のわからん奴だ。
「クックックックッ……これから良いところだったのに、邪魔が入ったか」
「くそっ、ミリーに何をしようとしていた!?」
「なんだ、言わないとわからないか? クックックッ……さーて、ミリーは一体こんな所で何をされそうになっていたんだろうなあ」
完璧な悪役っぷりじゃないだろうか。そう思って内心満足していると、後ろから「良いところだったかなあ……?」などと呟く声が聞こえてくる。サッと振り向いてミリーを睨みつけるとミリーもサッと目を逸らした。それでいい、大人しくしていろ。
「変態だと思ってたけど……ここまで最低の男だったなんて」
「そうだね。彼はもう、この学園にはいちゃ駄目な人だ」
とんでもない言われようだが、たしかにその通りなので反論もしない。悪役アピールも既に十分だろう。
「クックックッ……たったの三人か。それなら返り討ちにして……おっと、さらに二人追加じゃないか。これはたっぷり楽しめそうだ」
さらにゲスい事を言いながら剣を構えて武力行使をアピールする。話し合いで解決なんてぬるい真似をされては台無しだ。ミリーを助けるためには俺を暴力で打ち負かす必要があるぞ。良い感じに負けてやるからかかって来い。
「やる気か……メリッサ、シズラ。やるぞ!」
「ええ! 今度はさっきみたいにはいかないんだから!」
「ああ! もう不覚はとらない!」
ハーレム野郎は長剣を、金髪ツインテのメリッサは杖を、赤髪ポニテのシズラは斧をそれぞれ手に持って構えた。あちらも既にやる気は十分らしい。最早言葉は不要だろう。
「クックックッ……軽く遊んでやるとするか……!」
さあ、ボス戦だ!
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