第30話
「ぐすっ…………ぐすっ……」
最初からこうするつもりだった。この事を伝えるとミリーがギャン泣きと言っていいぐらいに泣いてしまった。
しばらく経ってようやく落ち着いてはきたのだが、そもそもそんなに泣くことか……? 嫌いな相手からどう思われたところでどうでもいいだろうに。ただミリーはそれでも気にするタイプなのか、或いは別に嫌っているわけではなかったのかもしれない。
にしてもこれは本当に計算外だった。悪役ムーブでちょっと恐がらせて悲しませた方が救出されたときに盛り上がるかと思ったんだが、ここまでとなるとさすがに胸が痛い。個人的にはこの短い期間の付き合いだけでもかなりの好感を持ってる相手だし、既に恩も積み重なっている。こんなはずではなかった……。
一旦悪役ムーブを中止して様子を見るか……? さすがにそれは不自然過ぎるか。それにもう涙も出し尽くしただろう。
というか不自然というならこの状況がもう不自然だ。いつまでぼけっと座ってんだって話になる。エロい事をするのが目的なら本来とっくに手を出しているはずだ。今はミリーがその事に気付かないよう祈るしかないか? いや、引き延ばす方法ならあるぞ……!
「クックックックッ……やっと落ち着いたか?」
「…………」
「クックックッ、落ち着いたみたいだな。さて、それじゃあ……いや、まだまだ時間はたっぷりあるんだ。ゆっくり楽しませもらうとするか……クックックックッ」
「ッ……!」
よーし。一週間とかそれぐらいの期間を使ってじっくり嬲っていくという背景を匂わせてやった。これならここに連れ込んで今が、大体三十分ぐらいか? それぐらいの時間で手を出していなくても何ら不自然ではないはずだ。
実際にはあと十分か二十分か、とにかくすぐに来てくれるはずだから、俺は悪役のまま終われるはずだ。
「クックックックッ……助けが来る頃には、ミリーはどうなってるんだろうなあ、クックックッ」
そう言って軽く脅かしながらベッドから立ち上がる。近くにいると恐いようなので離れて……もうソファーに戻ってしまおう。
「ねえゲルド君……」
「ん?」
「ゲルド君、色んなことをたくさん話してくれたよね……あれ、全部嘘だったの……?」
「クックックックッ、嘘か……嘘? なんか嘘吐いたことあったか……? いや、クックックッ。覚えてないな」
「そ、そう……」
ミリーは泣き疲れたのか、虚脱感を感じさせる声音で何やら以前の話を……これは確認して心に整理を付けようとしてるのか。友人としての未練を断ち切るというか、決別するための儀式のようなものだ。しまったな、全部嘘だったとか言えばよかった。
「じゃあゲルド君……」
「今度は何だ」
「ゲルド君さ、魔法が苦手で……私が教えて……あれも嘘だったの……? 私に近づいて、騙すために……」
「あれ決めたのは先生じゃ……あっ、クックックッ……いや、魔法は普通に苦手だ……」
「そ、そうだったね」
誤魔化そうとしたけど無理だったから諦めた。もっとこう、俺がすごい悪い事したやつ聞いてくれ。何か無いのか。
「…………」
「…………」
何も無かったらしい。
そこからお互いじっと黙ってもう一時間ほど経っただろうか。今は部屋にあった本を適当に見繕ってソファーで読んで待っているが、主人公たちは一向に現れない。多少引き延ばしたとはいえさすがにそろそろ厳しくなってきた気がする。もう合計で一時間半はここにいるのに、どこで道草食ってんだあの色ボケ集団は。
……もしかして応援を呼んでいるのか? 人を集めているから時間がかかっているのか? そうだとしたらあっさり制圧したのは失敗だったかもしれない。あれで三人では返り討ちに遭うだけだと判断される可能性がある……!
応援が来たら……どうなる? 教師を連れてくるのか? それなら恐らく問題は無い。俺の知ってる限りでは全ての教師を集めても十分返り討ちにできる。ただウキャック学園の豪傑先生のようなわけのわからん存在がいたら一発でアウトだ。あっちにいてこっちにいない保証はどこにもない。
少し様子を見に行くか? いや、入れ違いになったら悲惨過ぎる。ここで待つしかない。
ぺらり、ぺらりとページをめくる音だけが空虚に響き続ける。本の内容は一切頭に入ってこない。あくまでも読んでいるフリだけだ。内容がそもそも難し過ぎる上に、もうはっきり言ってそれどころじゃない。早く、早く来てくれ……!
「ゲルド君さ」
「ッ!? な、なんだ?」
急に話しかけられてビクッとしてしまった。心臓に悪い……!
「なんのためにこんな事したの?」
「だからそれは……クックックッ、言わないとわからないか?」
「うん。わからない」
「そ、そうか? クックッ……だったらそろそろ、わかりやすくその身体に教えてやろうか」
やばい。もうかれこれ二時間ぐらい経ったか? いくらなんでもおかしいとは気付かれるか。引き延ばしもそろそろ限界かもしれないが、可能な限り抗ってみるとしよう。
ベッドの脇まで歩き、拘束されているミリーを見下ろす。やはりまだ虚脱感のある表情だが、少し目に力が戻ってきているかもしれない。怯えるでもなく、悲しむでもなく、そして怒るでもなく。ただじっと俺を見ている。
これは今一度心を折る必要があるかもしれない。でも泣かれると困るので、できるだけ優しくだ。
「ゲルド君、そういう事しないでしょ」
「ん~? そうだと信じたいのか? 残念だったな、今から―――」
「おかしいとは思ったんだよ」
「……何がだ」
「男子はさ、ずっと胸をジロジロ見てくるのに……ゲルド君だけは目を見て話してくれてたし」
「む……」
近頃は暖かくなってきたこともあって、ローブを羽織る生徒はほとんどいなくなった。そして今までゆったりしたローブに隠されていたミリーの胸の大きさが明らかになると、男子の視線はそこに釘付けとなった。俺の視線も釘付けになった。
しかし俺は無自覚サキュバスに篭絡されまいと鋼の自制心で必死に胸から目を背け、なんとか顔に視線を固定しようと悪戦苦闘する毎日だった。というより顔の方に魅了されていたのかもしれない。
にしてもあんなに頑張ったのに、よもやそれが裏目に出ようとは……!
「最初からこうしてしまうつもりだったからな。すぐに自由にできることがわかっている物を、じろじろと見る必要も無いだろう」
「っ……」
自由にできても見る物は見るが、女のミリーはわからないかもしれない。そう願いながらベッドに腰掛け、ミリーの顔の脇に手をついて目を覗き込む。
さすがにここまで近づいてはミリーにも緊張が走るようだ。八割方何もしないと思っているが、残り二割の可能性に恐怖心を隠しきれない、といったところだろう。
さて、こうして顔と顔を近づけて脅してみたはいいものの、すぐにこれが失敗だったと悟った。何せここから再び離れたら、いよいよ何もするつもりが無いという宣言をしてしまうのに等しい。かといってこれ以上近付くともうそこから先は止まれる気がしない。つまり俺は今からこの距離を保ったままひたすら時間を稼ぎ続けなくてはいけないわけだ。
ミリーの髪を一房、そっと掌で持ち上げる。空の色をした美しい髪で、つやつやしていて、ふわふわしていて、ずっと触っていたくなるような髪だ。少しずつ手からさらさらと落として弄ぶことで、可能な限り時間を稼ぐ。
「…………」
「……やっぱり何もしない」
あっ、くそっ。これはもう九割以上、ほとんど見切られてるか?
かくなる上は……肌に、肌に触れてやるぞミリー……!
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