第29話

 誘拐に気付いてもらえるのか不安なら目の前で攫ってしまえばいい。まさに暴力的な解決策だ。

 あいにくと二人共気絶させてしまったので目撃はしていないにしても、あの状況から一人いなくなっていれば何があったかは明白だろう。


 そしてどこに誘拐したのか気付いてもらえるのか不安、という悩みも少々乱暴に解決してしまう。


「ふんッ! ふんッ!」


 一歩歩く毎に力強く地面を踏み、いや蹴りつける。人を一人抱えているから足跡が深く強く残っている―――そんな風に勘違いをしてもらいたい。

 とはいえこれはやりすぎるとミリーが途中で目を覚ましそうなので程々に、それも途中まで。


 RPGの睡眠デバフは即効性があって強力なものの、割とすぐに目が覚めてしまうものがほとんどだ。ターン経過だと精々五ターン前後で、時間にするとおそらく二分から三分程度。そして攻撃を受けた場合だが、これは一発で目が覚める場合が多い。

 つまり睡眠デバフはすぐ寝るけどすぐ起きるという代物ということになる。あまり派手な動きはできない。


 途中で何人かとすれ違ったが、「いやーこの荷物重いなあ」という心の声を動きで表現しながら慌てず自然体で通り過ぎることで特に咎められることはなかった。あと別にミリーは重くない。


 そうやって人がいるエリアを通り抜け、一年校舎と旧校舎の間にある林の手前まで来ると、そこにミリーの靴を一足落とす。


「……よし」


 これはどう見ても旧校舎へ向かっているようにしか見えない。あとは上手く発見してくれる事を祈るばかりだ。

 そしてそのまま扉を蹴破って旧校舎に入り、左へ曲がって例の部屋へ向かう、というところでもう一足落とす。これで上を無視してこっちに来てくれるだろう。

 謎の物置の扉もまた蹴破って例の穴へ…………入れない。お姫様抱っこじゃ入れない。


「ど、どうする……!?」


 袋の端を持って先に穴の中に入れてから降りれば……その間ミリーは逆さまの体勢で窮屈になるな。首とかに負担がかかるんじゃないだろうか。駄目だ。

 やっぱり普通に抱えて入るしかないか……しかしその場合は横向きになっているミリーを縦向きにする必要がある。つまり正面から抱き着くような形になり……原作はここで終わる。始まるのはエロ同人の世界だ。


「……あ、逆か」


 なんで正面から抱き着く前提になっていたんだ。背中をこっちに向けさせてお腹を抱えるようにすればまだなんとかギリギリ耐えられるはずだ。


「ほっ、ほっ、ほっ」


 あまり衝撃を与えないように、それでいて急いで穴を降り、地面を滑るように素早く移動する。もう気が急いて仕方がない。

 部屋のドアを開けて灯りを点けて、ベッドの上に寝かせて袋を外して、手枷足枷―――完了だ。誘拐がここに完了した。


「はあああぁぁぁぁ…………」


 長かった。ここに至るまでにどれだけの年月がかかっただろうか。レベルを上げたのもこの状況を作るための下準備だった、と考えると……六年か。六年と二ヶ月かかったわけか。なんか全部で九年ぐらいだった気もするが気のせいだろう。


 とりあえずドアをパタンと閉めてソファーに深く腰掛ける。なるべく早く来て欲しいが、さすがに五分十分では無理があるだろうし、ずっと身構えていても仕方ない。一旦落ち着いて心と体を休めてしまうことにする。あれだけ痕跡を残してきたのだから、できれば一時間以内には来てほしいところだが……。


「う……ん? ん~……?」


 未だかつてない達成感から完全に脱力して呆然としていると、ベッドの方から可愛らしい声が聞こえてきた。睡眠時間は約五分ほどだろうか。思ったより長く効いたようだ。


「え? あれ? 何が……そうだ、シズラちゃんとメリッサちゃんが……!」


 さて、ここでミリーとどう接するのかだが、俺はもう悪役でいくと決めていた。どうせ原作でも悪い奴だったはずなのだから、開き直って悪役に徹して少しでも原作に近づけていこうという考えだ。

 ソファーから立ち上がり、ベッドの脇へとゆっくり歩み寄りながら話しかける。


「おはようミリー。気分はどうだ?」

「え? ゲルド君……そうだ、ゲルド君が……!」

「思い出したか。今の状況はわかるか?」

「状況って……何が、これ、動けなっ」


 この部屋の隅の方に置いてあった簡素なベッドを部屋の中央奥側に移動させ、その上でミリーを仰向けの状態にして拘束している。これでハーレムの残りの連中がこの部屋に突入したときに俺が中央で迎え撃つと、その真後ろにミリーがいるという配置になる。やはりこういう状況だとこの形が一番王道なはずだ。あの娘を助けるためには目の前のこいつを倒さなくちゃいけない、という状況を視覚的にアピールしていきたい。


 ミリーをどういう体勢で拘束するかは悩んだのだが、やはり一番負担が少ない形が良いだろうと思って手は腰の横、つまり真っ直ぐ伸ばした位置で固定することにした。これなら多少は肩を動かしたりもできるはずなので、そこまで窮屈にはならないんじゃないだろうか。


「ゲルド君、助け…………え? これ、ゲルド君が……?」

「そうそう。俺がやったんだよ。いや~、苦労したわ」

「な、なんで……なんでこんな……」

「なんでか……クックックックッ……なんでだろうなあ。クックックッ」


 俺が聞きたい。なんでゲルドはミリーを誘拐したんだろう。そしてわからないときはとにかく怪しく笑って誤魔化す。それしかない。


「嫌だ、嫌だよ……っ! こんな……なんでっ」

「クックックッ……ちなみにここがどこかわかるか?」


 知らないことを繰り返し聞かれても困るので話を逸らす。ここがどこかは俺だって知ってるんだ。

 ミリーはハッとした表情をして、仰向けにされたまま首を動かし周囲を確認する。とはいえさすがに見てもわからないだろう。


「ここはな、旧校舎なんだよ」

「旧校舎……」

「そう。人が全然来ない旧校舎、その地下室だ。何日待とうが、何ヶ月待とうが。だーれも助けなんか来やしないだろうなあ」


 俺はできる悪役なのでフラグ建設も忘れない。今ちょうどこのタイミングで主人公たちが突入してきてくれたら完璧なんだが。


「……ッ! それで、わ、私を……どうするつもりなのっ……!?」

「え? ああ、いや……クックックックッ……どうなっちゃうんだろうなあ」


 別にどうするつもりもなかったのでうっかり素で返事をしそうになってしまった。

 ミリーは涙目になりながらも、力強い目で俺を睨んでいる。じっと力を込めて、それ以上近付くなと目で訴えている。

 何をそんな……そうか。ベッドに拘束されてたら普通はエロい事をされるんじゃないかと警戒するか。若い男が若い女を捕まえてるなら、もうそれ以外には考えられないと言ってもいいかもしれない。ましてやその男が変態脚フェチ野郎だとくれば尚更だ。


 というか俺はなんでベッドに寝かせて両手両足を拘束したんだ? 普通に座らせたりしても良かったはずなのに……同人誌のイメージに引っ張られたか。これ以外の形を全く考えていなかった。


 とりあえずベッドの脇にずっと立って見下ろしているのも疲れるし、ちょっとこの光景も目に毒だったのでミリーに背中を向ける形でベッドに腰掛ける。主人公たちがいつ来るのかわからんのだから、適宜休憩を挟んでいかないと。


「い、嫌っ、来ないで、来ないでっ。う、ううぅぅ……」

「ん?」


 何故か急にミリーが動ける範囲で必死に身じろぎして泣き出してしまった。さっきの目は精一杯の虚勢だったのだろう。ただ急に泣き出した理由がわからん。


「ん~?」

「やだやだっ、こんな……友達だとっ、思ってたのに……」


 何かあったのかと少し顔を近づけて覗き込んでみると、より一層反応して涙を……ああ、ベッドに座ったからいよいよヤられると思ったのか。その心配は杞憂なんだが、しかしこんなに怖がらせることになってしまうとは……。次があったら気を付けよう。


「友達……友達ねえ」

「違うの……? あんなにっ、仲良く、してたのにっ」

「うーん。でも最初からこうするつもりだったしなあ」

「え……? 最初……から……?」

「そうそう。その手枷が完成したのがほら、先週の土曜日に街で会ったときでな。それを作り始めてから完成するまでにかかったのが一ヶ月とかだから……まあほとんど最初だな」

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