第28話

 ミリーがハーレムパーティーに組み込まれていることを確認したらあとは簡単。

 ささっとミリーを誘拐してあの部屋に監禁すれば、あとは残りの連中が助けにやってきて、俺が適当にボコられてイベント達成。

 その結果どうなるのかは知らんが、きっと何かしら原作の物語に進展があるのだろう。仮に何も無ければ日時をずらしたりとか、何かの条件を変えてやり直すだけなので気楽にやってみればいい。

 というわけで休み明けの月曜日、放課後にミリーを人気の無い場所に呼び出して待ち構えてこっそり攫ってやるぞ……というところで気が付いた。


 こっそり誘拐してしまったら誰にも気付かれないんじゃないか?


 原作だと都合の良い何かが起こって事件を察知し、都合良く手掛かりが見つかって都合良く救出できるのだろう。しかしここはゲームを模したとはいえどあくまでも現実。誰にも気付かれないように誘拐すれば誰にも気付かれないまま終わる。

 ミリーは寮暮らしなので門限を過ぎても帰って来なかったら不審に思われるだろうし、やがて捜索も始まるだろう。その時点で何時間経っている? 俺はそんなに長い時間ミリーを監禁したまま何もせず待つのか?

 そして捜索が始まったとして、あの旧校舎の地下室に辿り着くまでに更にどれだけの時間がかかるんだ? 夜の暗い中で、手掛かりも無しにあんな所に? 無理だ、そんなに長い時間監禁しておいて何もしないなんて不自然過ぎる。というより長時間の監禁はミリーに申し訳無い。


「ゲルド君、お待たせ。……それで……用って」

「あ、あぁ」


 呼び出していたミリーがやってきてしまった。用意してきた誘拐セットをサッと後ろ手に隠す。


「えーっと……ここに来る事を誰かに言ったりは……」

「……うん、言ってないよ」

「そうか……」


 一縷の望みも絶たれた。これでもう誘拐するわけにはいかない。となるとこんな辺鄙な場所に呼び出した別の理由が必要になる。

 一年校舎と旧校舎の間にある小さい林の中。マジで何も無い場所だ。人気が無く周囲の目に付き辛い、という点しか特徴がない。

 何かないか、それっぽい理由が。こんな所に呼び出すに相応しい理由が。


「…………」


 ミリーは俯きがちになって黙って待っている。間が持たない。

 こんな状況に相応しい用事は何か……いや、ある。あるぞ。人気の無い場所。そして若い男女。気付いてしまえばもうこれしかないと思えてくるぐらい相応しいものがある。


 そう、告白である。


 ……え、俺は今からミリーに告白するのか?

 というかよく見たらミリーもただ俯いているんじゃなくてどことなく恥ずかしそうな気まずそうな……これはどう見ても告白されるつもりでここに来てる……! そりゃそうだ、このシチュエーション、そして呼び出しておいて何も言わない俺。こんなん告白以外の用事だったら逆に驚くところだ。


 というか気まずそうだと……? そうだ、よく見たらそんな表情だ。少し困っているような申し訳ないような……ミリーのやつ、俺をフるつもりでここに来てる……! しかしこれも当然と言えば当然の事。ミリーはハーレムの構成要員なんだからあの主人公の女なわけで、ショボい悪役の俺から告白されてOKしたなら逆に驚くところだ。


 つまり俺は今からフられるのがわかってて嘘の告白をするのか? たしかにそれが手っ取り早くて一番収まりが良いが……冗談じゃない。それなら多少不自然に思われようが適当な嘘をでっち上げてやる。


「えーと、ここに呼び出したのはな」

「うん……」

「えーと……そうだ、土曜日にな、街で会っただろ」

「え? ……うん、会ったけど」

「そのときにほら、変態とか何とか」

「あっ、ごめんね。メリッサちゃんが変なこと言っちゃったから、私もつい」

「そう。その誤解を解きたくてな」

「う、うん」


 ミリーは何故そんな話でこんな場所に、という不思議そうな表情をしている。そりゃそうだ。俺も不思議で仕方ない。


「あれはほら、俺が火だるまになって水浸しになった日があっただろ。それで服を脱いで乾かしてたらあいつが来てな」

「火だるま……あー! あったねそんな事。そっか、それで裸に」

「そうそう。服を乾かそうとして振り回してたら踊ってるとか思われてな」

「なるほどね~……。あっ、じゃあ足を掴んだのは?」

「へ? 足?」

「う、うん」


 そういやミリーからの変態認定は主に足を掴んだのが理由だったか。本題に入ったら俺が素っ頓狂な反応をしたものだからミリーが困惑しているようだ。そして足については例によって何も考えていない。


「足……足はほら、あれだよ。特に深い意味は無いというか……」

「……? 意味は無い?」

「そ、そう。決してミリーの足を掴みたくてああしたわけじゃないというか」

「うーん……?」

「偶々。そう偶々なんだよ。偶然掴んだ足がミリーだっただけで」

「えっと……? 誰の足でもいいから掴みたかったってこと……?」

「うん? そういうことに……なる……のか?」

「うーん、そっか。……じゃあもういいかな? そろそろ寮に戻らないとだから」

「あ、あぁ」


 なんか度し難い脚フェチということになってしまった気がする。

 そしてミリーに軽蔑された気がする。今まで感じたことのない隔意、心の壁を感じた。

 そうかー……嫌われたかー……。


「さすがにちょっと行動が勢い任せ過ぎたな……。でも、いや。そう、これで良かったと思おう」


 どうせリセットされるのだから、という油断からか、どうも俺には考えなしに取り合えず行動してしまうという癖が付いているようだ。これは要反省。

 そしてミリーに嫌われたことで気付いた。俺はどうやらあのサキュバスの魅了にかかっていたらしい。

 最終的に誘拐するから無意味だとわかっていても、どうしてもなるべく嫌われないようにしたかったらしい。

 しかしそれももう終わりだ。何せ既に嫌われてるんだから。


 修羅だ。俺は修羅になる。

 もう知らん。もう知らんぞ。

 こうなったら最早小細工は抜きだ。

 この場を切り抜けたらミリーの予定を調べてその直前に……等と考えていたがそんなまだるっこしい真似はもうしない。してやらないぞ。

 覚悟しておけハーレム軍団め……!



 そうして悲愴な決意を固めた俺は暗黒の一週間を過ごし、待ちに待った土曜日。早朝から女子寮前の茂みで身を潜めてさらに待つこと一時間。


「ん~……! 眠たー……」

「まーた夜更かししてたのかい」

「おはよーみんな! じゃ、行こっか。もうハルト君待ってるよ多分」


 例のパーティーの女連中が女子寮前で集合している。ここから男子寮の方へ向かってハーレム野郎と合流する流れのようだ。

 楽しそうにしているところを申し訳ないが、今日の予定は全てキャンセルしてもらおう。


「よーう、朝も早くからご苦労さん」

「ッ! ゲルド君……」

「あっ、変態! な、何か用?」


 金髪ツインテ、確かメリッサだったか? こいつは俺の剣呑な様子に気付いたのか、若干身構えて警戒している。なかなか鋭い勘を持っているらしい。


「んー、なんか眠たそうだから寝かせてやろうと思ってな」

「はあ? ……グッ! な……」


 鳩尾に拳を軽く一撃。王都近辺でモンスターを狩っている連中ならこれで十分だ。


「え? な、何を―――ガ、ハッ」


 そしてこいつはシズラだったか。賢そうな見た目とは裏腹に咄嗟の判断力に欠けるらしい。こいつも同じように眠ってもらう。


「ゲ、ゲルド君……? 何、してるの……?」


 ミリーはクラスメイトの突然の凶行に怯えて震えてしまっている。叫ばれると少し面倒だったからこれは助かるな。


「いやー、やっぱこれが一番手っ取り早いよな。暴力最高だわ」

「ゲルド君……い、嫌……」

「はい、お休み」


 とは言えミリーは殴りたくないので、用意してあった昏睡の粉で眠ってもらう。崩れ落ちる前に抱きかかえて一旦地面にそっと寝かせる。これで制圧は終わったのでここからが誘拐だ。

 まず一応殴った二人に『ペフ』をかけておく。こいつらにはこの後俺を倒してミリーを救出するという大事な役目がある。放っておけばしばらく目を覚まさないだろうが、どうせすぐハーレム野郎が様子を見に来るだろう。そのときに起こしてもらえる筈だ。


 そしてミリーだ。…………修羅になるあまり綿増量ミトンを持ってくるのを忘れてしまった。しかしもうやるしかない。

 まずは上半身を起こして綿の柔らかい大袋を被せる。そしてこのままだと上半身しか収まっていないので、一旦寝かせて……こ、腰を持ち上げて袋を下半身にも……よし、全部入った。


 あとは袋に収まったミリーを…………膝の裏と肩の下辺りに手を差し込んで持ち上げる。いわゆるお姫様だっこの形だ。

 この持ち方だと中に人が入っていることがすぐバレそうな気もするがもう知らん。肩に担ぐとミリーに負担がありそうだし、抱きしめるような形で抱えると俺の理性が砕け散る。こうする他に無いだろう。


 しかし未だ早朝ということもあってか、幸い目撃者はいないようだ。いたら同じようにぶん殴って寝かせようと思っていたが、手間が省けて何よりだ。

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