第27話

「親父さん良い仕事してくれたな。これならバッチリだ」

「そうか? いやー、やっと完成かい」


 随分と暖かくなってきた五月末の土曜日、俺は朝早くから街にある鍛冶屋へ発注していた監禁グッズを受け取りに来ていた。

 今まで納得がいかず三回ほどリテイクを出していたが、この仕上がりなら俺も満足できる。ついに完成だ。


「それでお前さんよお、金は貰ったから言う通りに作ったけどよ……これほんとに悪い事に使うんじゃねえだろうな」

「もちろんだとも。世の為人の為俺の為に使うことを約束しよう」

「う~ん、そうかい……? ほんと頼むぜ? 犯罪の片棒を担いだとあっちゃ師匠に顔向けできねえや」

「だから大丈夫だって。この俺の顔がそこまで悪人顔に見えるとでも言うのか?」

「見える」

「ウハハハハ、そうかそうかこの節穴め。もう完成したなら貴様に用など無いわ! 二度と来るかこんな店!」


 あまりにも酷い侮辱を受けた俺は憤慨して鍛冶屋を立ち去る。

 たしかに元々のゲルドは悪人顔だが、俺という精神で上書きされたゲルドは内面から溢れてくる良い人オーラに満ち満ちているはずだ。


 ミリーを監禁する際、俺はちょうどあの部屋に置いてあったベッドにでも縛り付けておくつもりだった。しかし用意してあった荒縄のようなロープでは肌に傷が付いてしまう。

 そう考えた俺は肌に優しいシルクのような繊維で作ったロープを特注してみたのだが、試しに自分を縛ってみて気が付いた。そもそもロープで縛り付けるという行為には鬱血というリスクが伴う。


 そこで俺が心血注いで設計したのが今日完成したこの一品。ミリー専用の手枷と足枷だ。

 ミリーの手首と足首を直接この手で計ることによって、可能な限り負担が少なくなるようにとの願いを込めて設計させてもらった。特に内側に仕込んだゲル状のクッションには並々ならぬこだわりがある。

 設計にあたって特に苦労したのは足首をこの手で掴むことだった。手首は思い立ったその日に実行できたほど容易だったのだが、さすがに足はどうしても自然に掴む機会が訪れず、ミリーには悪いが少々強引にせざるを得なかった。

 完全アウトなセクハラなだけに嫌われてしまうかもと思ってなかなか踏み出せなかったが、どうせ後で拉致監禁して嫌われるんだから同じことだと気付いた瞬間、俺はミリーの目の前ですっ転んで足首を掴んでいた。


 はっきり言ってここまでする必要は全く無かったのだが、いかんせん暇過ぎてやる事が無かったので仕方ない。是非ミリーには使用感をレビューしてもらって、次の周回での新製品開発に役立てたいところである。


「あ、ゲルド君?」


 ミリーが手足を拘束されながら「フィットはしてるけど感触は良くないかも」「そもそも拘束されたくない」などとレビューしている姿を想像していると、現実にミリーの声が聞こえてきた。

 ミリーのことを考えすぎていよいよ頭がおかしくなって幻聴が……などと思いつつ振り返ると本当にミリーがいて、その隣には見知らぬ男が―――


「………………」

「やっぱりゲルド君だ。あれ? おーい」

「……え?」

「あ、動いた。お買い物してたの?」

「あ、ああ。それで……そっちは……」

「私は今からパーティーのみんなと外に出るの」


 パーティーと言われてやっと気付いたが、ミリーと男の他に金髪ツインテールの女と赤髪ポニーテールの女がいる。

 …………ハーレムパーティーだこれ……! 三年以上探し求めたハーレムパーティーだ……!

 慌てるな俺……落ち着け俺……もう顔は覚えたからここは適当にやり過ごせば問題無いはずだ……。


「外に? 何しに行くんだ?」

「毎週土曜と日曜は外でモンスター退治してるんだけど……え? ゲルド君は行ってないの?」

「行った事無い……え? それは皆行ってるものなのか?」

「そうだと思うけど……あっ」


 そんな風習があったとはとんと知らなかった。友達ゼロ人だとこういう弊害があったとは。ミリーも俺が知らなかった理由を察したのか気まずそうな表情をしている。

 にしても外か。そりゃ学校でぼーっと待ってても進展しないわけだ。このタイミングで街へ出てきて本当に良かった。下手するとずっと気付かないまま三年間無為に過ごしていた可能性すらある。途中で若干飽きかけてたけど、作って良かった手枷と足枷。


「ちょっとミリー、いつまで話をして……って、あ、あ、あんたは変態! あの時の変態!」


 ずかずかと割り込んできた金髪ツインテールが、戦慄きながら俺を指差してとんでもないことを叫んだ。朝っぱらから何を言い出すんだ。


「メ、メリッサちゃん、へ、変態って急に……え? どういう事?」

「私、あいつが裸で箒を持って踊ってたのを見たのよ! 間違いなく変態だわ!」

「えぇ……? ゲルド君が……? あ、でもそういえばこの間ゲルド君が私の足に―――」

「おいちょっとどういう事だよ! その男は何なんだ?」


 なんか大変なことになってきた。様子を窺ってたハーレム野郎まで混ざってきて収拾がつかんなこれは。


「やれやれ……」

「この状況で他人事みたいな感じ出してるのヤバいね君」

「あん?」


 横から話しかけられたと思ったら赤髪ポニテの女だ。カッコ良い系な印象を受ける長身の美人で、細身の割にごつい斧を担いでいる。こんな物を振り回して戦うのだろうか。


「あ、私はシズラ。君は……ゲルドだっけ? それで、ミリーとはどういう関係なんだい?」

「どうもこうも、クラスが一緒なだけだな」


 金髪ツインテがメリッサで、赤髪ポニテがシズラと。うーん、覚えられる気がしない。


「ふーん? なんかメリッサが裸で踊ってたって言ってるけど」

「あれは俺が室内で着替えている途中、あいつがいきなり部屋の中に突撃してきたんだ。とんだハレンチ女だぜ」

「はあああ!? あんた何言ってんのよ! シズラ、そいつ適当な事言ってるだけだからね!」


 少し離れてギャーギャー言い合ってるから聞こえないだろうと思っていたが、凄い地獄耳の持ち主がいたらしい。せっかく離れて関係無い位置取りを保っていたのに巻き込まれてしまいそうだ。


「じゃあミリーの言ってた足を、って話は?」


 くそ、なんだこのポニテ女は。関係無いくせに根掘り葉掘りと聞いてきやがって。足だと? 足は……足は……やばい、言い訳が思いつかんぞ。まさかミリー専用の足枷を作るためだったとは口が裂けても言えんし、どうしよう。


「足は……えー、ほら、あれだよ。……まず転ぶだろ? んで、ミリーの足が目の前にあったら……そりゃ掴むだろ?」

「目の前にあったら……ん?」

「ゲ、ゲルド君……?」

「ほらやっぱり変態でしょ!」

「おいお前! ミリーに何をしたんだ!?」


「あれ? あーいや違う、今のは間違えた。えーと、足が綺麗だったから……これも違うな。うーん……」

「今考えることじゃないと思うなあ」

「そ、そんな……ゲルド君が変態……」

「それよりさっきのを取り消しなさいよ! 私が、ハ、ハ、ハレンチ女とか言ったの聞こえたわよ!」

「ミリーの足を? 足を掴んだのかお前!」


 くそ、ポニテ女め。シズラだったか? 引っ掻き回してくれやがって。おかげでもうどうにもならん。何よりミリーに変態認定されたのが思いの外ダメージがある。早く部屋に帰って横になりたい。


「あーほら、お前らあれだろ、外に行くんだろ。こんな所でのんびりしてていいのか?」

「あー、たしかに。そろそろ行こうか」

「そうだ、こんな奴は放っといてもう行こう!」


 シズラとハーレム野郎が引っ張って行ってくれるようだ。あんな騒がしい集団には付き合ってられないから助かった。

 それにしても……あれが探し求めていたハーレム主人公か。


 日本人の少年が感情移入し易いようにとデザインされたのか黒髪で黒目。中途半端な長さで逆立っているのか下ろしているのかよくわからん謎の髪型。悪くはないけど飛び抜けてイケメンかというとそこまでではない顔。

 口が上手いわけでもなさそうだったし、機転が利いたりするタイプにも思えない。受けた印象は直情的で真っ直ぐ。要するに馬鹿。


 ウキャック学園に所属していた三年間で一人もお目にかからなかったようなレベルの美少女だけを三人も連れ歩くに相応しい男とは……はっきり言って到底思えない。明らかに不釣り合いだ。

 そして、それこそが主人公の証。ハーレム物はとにかく主人公がモテる理由がわからないものだ。現実ではあり得ない事が起こっている。それでこそ主人公。


「絶対に間違い無い……あいつが主人公だ……」


 この世界の主役をやっと見つけることができた。

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