第26話

 親指から小指まで、五本の指の先に『ムル』で小さい火を灯す。それを両手で合計十発。


「こおおぉぉぉ…………むぅん!」


 それら全てを同時に発射する。勢いよく撃ち出された火の玉は、真っ直ぐ綺麗な赤い軌跡を描いて狙い違わず全弾が的に命中した。


「もー、また変なことして。ちゃんとしないと駄目だよ」

「変なことじゃない。これは男なら誰しもが一度はやってみたくなる事だ」

「えー……? でも他の男子はやってないよ?」

「あいつらは男じゃねえ」


 火だるまになった俺を心配したのか、ミリー先生のドキドキ密着レッスンはより一層親身になり、そのおかげもあってかこうしてマニュアル操作でも出力を抑えれば自由自在に操れるようになった。

 服が乾いてくる度に適宜水を追加でかけてくれたミリー先生にはしばらく頭が上がらないだろう。


「はい、じゃあ今日はここまで~。みんなお疲れ様~。でもゲルド君は服が乾くまで廊下に出ちゃ駄目ですからね~」

「な、なんだと……?」


 言われてみればたしかに服はビッチャビチャで水滴がボタボタと滴っている。このまま廊下に出てしまっては迷惑極まりないだろう。


「うーん。でかい火の中に飛び込んでさっさと乾かすか」

「そんなんだから何回も火だるまになっちゃうんだよ……」


 他の生徒がゾロゾロと実習室を出て行く中、俺はハレンチにならない範囲で服を脱いで軽く絞る。


「ゲルド君、そのまま持ってて。『レイ』で乾かすから」


 ミリーは風の魔法も使えるらしい。たしかにそれなら早いかもしれないが、さすがにそこまで付き合わせるのも忍びない。


「いやいや、いいって。昼飯食う時間無くなるぞ」

「それはゲルド君もでしょ? 私はいいから」

「俺は席が端の一番後ろだから飯ぐらい授業中に食えるし」

「授業中に……? え、授業中にご飯食べるの……?」


 最も目に付きにくい席な上に、前に座ってる奴のガタイも良い。そこに俺の素早さがあれば飯ぐらいどうとでもなる。汁物は厳しいかもしれないが、パン程度なら落ち着いて食えてしまうだろう。というか既に食ったことがある。

 真面目なミリーはその行為が理解できないらしく困惑しているようだ。


「とにかく大丈夫だから。ほら、行かないとこのまま抱き着くぞ」

「え……? じょ、冗談だよね……? ちょ、ま、わー!?」


 水浸しのまま手を広げてにじり寄り、バッと飛び掛かるとミリーはキャーキャー言いながら走って逃げだした。濡れることを嫌がっての逃走だと信じたい。単純に抱き着かれるのが嫌で悲鳴を上げたわけではないはずだ。決して。


「……ふぅ」


 再び戻ってくる様子もないことを確認して嘆息する。

 ミリーは優しい大天使なのは良いが、こういうときは手間がかかってしまうのがネックだ。これからやる事をミリーに見られるわけにはいかないため、ああやって追い出す以外に選択肢は無かった。


「……よし、背に腹は代えられん」


 残りの服も粗方脱いで軽く絞ると、部屋の隅にあるロッカーから箒を取り出してこれを剣だと思い込む。

 あとは服が伸びないよう気を付けて両手に持ち、剣術スキルレベル四で覚えた『回転斬り』の進化版、レベル七の『回転斬り・改』を発動する。


「うおおおおおおおッ!」


 『回転斬り』とはただ高速で回転するだけの技だ。あまりにもダサ過ぎて封印していたが、素早く服を乾かすならこれしかないだろう。

 その進化版である『回転斬り・改』ともなるともう自分がどれほどの速さで回転しているのかもわからない。唯一わかっているのは技を発動してからきっかり二十秒経つと止まるということだけだ。


「おおおおお……お?」


 やばい、誰か実習場に入ろうとしている気配がある。そして俺はまだ止まれない。

 ああ、入ってきた。絶対に俺を見てる。しかし俺は高速で回転しているから何もわからん。


「…………」

「…………」


 やがて規定の時間が経つと回転が止まり、視界が戻る。実習場の入り口にいたのは一人の女生徒。あまりにも目立つ容姿。見覚えのある金髪ロングツインテール。

 彼女は呆然とした表情で俺を見ている。パンツ一丁の男が箒を持って高速で回転していたんだから無理も無い。


「うおおおおおおおッ!」

「なんでよ!?」


 まだ服が乾き切っていなかったので再び『回転斬り・改』を発動する。あまりこのダサい姿を人に見られたくはないが、一度見られたならもうそれ以降は何回見られても同じことだ。


「ちょ、この変態……! 何して、あ、水が飛んで……!? ちょっと、止まりなさいよ!」


 止まれと言われても一度発動してしまったら俺にもどうする事もできない。ただ二十秒経つのを待つしかない。


「床もなんかビチャビチャだし、変態もいるし……! 何なのよ一体!」


 二回目の『回転斬り・改』が終わると、さすがにもう服は手に持っていた部分以外はすっかり乾き切っていた。これぐらいで十分だろうと判断していそいそと服を着る。できれば昼休みにハーレム野郎を探したかったがもう厳しいか。


「あー、やっぱちょっと焦げてんな……入学して一ヶ月も経ってないのに、もう新調か……」

「ちょ、ちょっとあんた、何が……えっと」


 金髪ツインテールはさっき見た光景の意味がわからなさ過ぎて、問い詰める文句すら出て来ない様子だ。ここはもうさっさと撤退するに限る。


「あ、もう終わったんで。それじゃ」

「え? あ、ちょっと待ち……いや……うーん」


 待ちなさいと言おうとしたが、本当に待たれるとそれはそれで困る。そんなところだろうか。

 気が変わって文句を言われる前にそそくさと立ち去ろうと思ったが、入り口の辺りではたと立ち止まる。


 俺が探そうとしてたのはこの金髪ツインテールだ。こいつと一緒にいる男がハーレム野郎だと決め付けていたのだが、こいつ一人で何やってんだ。

 振り返ると、魔法を的に向かってバンバン発射する金髪ツインテの後ろ姿が見えた。どうやら空き時間を使って魔法の練習をしに来たらしい。しかし真面目なのは結構だが、貴重な交流時間である昼休みを一人で過ごすとは青春真っ只中の乙女としてどうなんだ。主人公くんのハーレム要員の一人としての自覚を……あれ。


 ……そういや、この金髪がハーレム要員だったとしても、ミリーと同様にまだハーレム入りしたとは限らないのか。というよりこの様子だとまだしてない可能性の方が高い。

 そして仮にハーレム入りしていたとしても、どうもこの金髪は人前で男にベタベタするタイプの女だとは思えない。


 このあまりにも目立つ少女を取っ掛かりにして探そうとしていたが、残念ながらそれは甘い目論見だったようだ。

 そうなるともうただ待つしかないのか……? いや、今はせっかく周りに人がいない状況だし、いっそ直接聞いた方が手っ取り早いか。


「なあ」

「……ん? え? あ、あんた出て行ったんじゃないの!?」

「いや、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「聞きたいこと? 何よ」

「今好きな男はいるか?」


 俺の質問に金髪ツインテは固まってしまった。さすがに唐突過ぎたか?


「好きとまではいかなくても気になってる男とか。もしくはよく一緒にいる男でもいい」

「はあ!? な、なんであんたにそんな事を……」

「あっ。もしかしてもう彼氏がいるのか?」

「か、か、彼氏なんかいないわよ!」


 金髪は顔を真っ赤にして激昂している。本当にいないんだろうか。こういうタイプの女はこの手の話題は照れて本当の事を言わない可能性が高い……いや、どんなタイプの女でも見知らぬ男にこんな事を聞かれても答えないのでは……? もしかして質問の仕方を間違えたか?

 しかしもう聞いてしまった以上後戻りはできない。できる限り聞き出す努力はしておくべきだろう。


「うーむ」

「その、す、す、好きな人がいたら、どうだっていうわけ!?」


 あっ、これはマズい。


「あー、その相手に用があったんだよ。別に彼氏とかがいないなら俺がお前にアタックするとかそういう話じゃないから」

「はあ!? わかってるわよそんな事!」


 ふぅ、危ない危ない。勘違いから変なフラグを立ててしまうとこの先どう転ぶかわかったもんじゃない。恐らく万に一つも無い可能性だとは思うが、ゼロではない以上きっちり潰しておかないと。


「それで? 本当に好きな男はいないのか? 別に言い触らしたりはしないから安心して教えてくれていいぞ」

「だ、だからいないって言ってるでしょ!」

「本当か? 隠すとためにならんぞ」


 こういう気が強くて威圧的な相手への俺なりの対処法は、より気が強く威圧的に接することだ。

 圧倒的な武力と大貴族の権力、そして何度でもやり直せるという利点を背景にすれば、どんな相手に対しても気後れすることは無い。


「えぇ……? だから、本当にいないんだってば」


 そんな俺の圧力に対して金髪は若干尻込みした様子を見せるが、やはり返事はいないの一点張りだ。これ以上は粘っても無駄だろう。完全に手掛かりが途絶えてしまった。


「そうか……いないか……」

「そ、そんなにガッカリすることなの……?」

「ああ……練習の邪魔して悪かったな……それじゃ」


 いつまで待てばいいのかわからない待機が確定してガックリと肩を落として立ち去る。待つのは慣れてはいるものの、やっぱり早く済むならそれに越した事はなかったんだが……。

 実際に、それから一ヶ月以上何も進展しなかった。

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