第25話
地下室の家探しに夢中になり、大幅に門限を過ぎて寮長にしこたま叱られた翌日。
ミリーのハーレム入りを見逃さないよう、俺は朝からミリーを観察し続けていた。
まだ入学して一週間かそこらなので気が早いとはわかっているのだが、もう他にすることも無いためついついミリーを目で追ってしまう。
あまりジロジロ見ては不自然なのでは、と思いもしたが、俺より何倍も露骨に見ている男が大勢いたため何の問題も無かった。何なら俺は上手く隠せている方だと思う。
そうして放課後までずっとミリーをストー……観察を続けた結果判明した、現状で最もミリーに近しい男、それは―――
「あ、ゲルド君。今日も真っ直ぐ帰って勉強?」
「まあ……そうだな。アイツにだけは負けらんねえからよ……」
「えっ、何それっ。そんなライバルがいるみたいな……だ、誰なの?」
「野暮なこと聞くんじゃねえよ……これは俺とアイツだけの誇りを懸けた勝負なんだからよ……」
「それ何キャラなの? はー、まあいいや。じゃーね、また来週っ!」
「おーう」
―――俺だった。
これは自惚れなどというものではなく本当に俺だったが、別に特別好かれているのかというと多分そういうわけではない。
ミリーは大天使であり無自覚サキュバスでもあるので、全く同じ扱いとはいかないまでも男女ともに分け隔てなく接するし、顔の美醜やスクールカーストの地位もお構い無しだ。
そんなミリーでも、入学して一週間も経つ頃には同じクラスの男とほとんど会話しなくなっている。その原因はミリーではなく、男側にあった。
ミリーに話しかけられた男の取るリアクションは概ね二種類に分類できる。
まず一つは、とにかくキョドるタイプ。目線をぐるんぐるん泳がせながらひたすらどもり続け、もはや何を言っているのかわからないほど挙動不審になる。あれではもう話しかけない方がいいかも、とミリーに判断されても仕方ないだろう。
そしてもう一つは、意識し過ぎてぶっきらぼうになるタイプ。クールを通り越して冷淡な対応になってしまっており、話しかけたミリーの方はしゅんと落ち込んでしまうことになる。ミリーも一回冷たくされた程度で関係を断絶するような子ではないが、それが何度も続けばもうほとんど話しかけられることは無くなってしまう。
あとは残った一人が俺。どちらかと言えば後者のクール寄りになってしまうときもあるが、一応意思疎通が可能だというクソ低レベルなラインを通過できているのはクラスで俺一人だ。
しかし、俺はそんな空回りしている男子達を笑うことはできない。俺だって普通の十五歳の頃なら彼らと同じようになってしまっていただろう。多分かなりキツいぶっきらぼうタイプになっていたはずだ。
とにかくそんなわけで、このクラス内には未来のハーレム野郎は存在しないということがわかった。ここから一発大逆転をかませる奴はいないだろう。
となると他クラス、ひょっとすると他学年ということになるが……今のところ目立つ接点は確認できていない。
ミリーを一目見ようと他所から男がやってくることは多々あるし、その中には勇気を振り絞って話しかける男、いや漢もいた。しかしその後に親密な関係を構築することに成功した男は存在しない。
「うーむ……」
ここまで順調に進んできたが、これからはじっくり腰を据えて待ち続けるフェーズに入ったようだ。
あと少しというところで停滞してしまったことで気が急いてしまうが、幸い待つことは慣れている。ウキャック学園での無駄にハーレム野郎を探し回った三年間は俺の忍耐力を大幅に鍛え上げてくれた。あとは―――お。
校舎を出て寮に帰ろうとしたところで、数人の女生徒に囲まれているいけ好かない野郎を発見した。
これはもしやと思い、さりげなく近づいて様子を確認する。
「…………違うか」
美少女ハーレムRPGである以上、当然ヒロインは全員が美少女に違いない。その観点から見るに、今俺の目の前にあるハーレムは何がとは言わないが少々不適格だった。見なかったことにしてスッと距離を取る。いけ好かないとか思って悪かった。
しかしいつの間にかミリー中心で物事を考えるようになっていたが、ここは原点に立ち返ってハーレム野郎を探すのも良いかもしれない。
ハーレム野郎さえ発見してしまえばあとは楽なものだ。それ以降はそいつとミリーが接触することだけを注視していればいいし、いっその事こっちで強引にくっつけてやってもいい。
土曜と日曜は街へ繰り出し、拉致監禁するための新たなグッズを雑貨屋等を巡って物色して、明けて迎えた月曜日。今日からハーレム野郎の捜索である。
前回のウキャック学園のときのように各教室に突撃して虱潰しに探してみても良いが、今回ハーレム野郎の発見はあくまでも努力目標ということもあって、あまり強引な真似はせずスマートにやっていきたい所存だ。
探し方は簡単。とにかく目立つあの金髪ロングツインテールを探し、その隣に男がいればそいつがハーレム野郎だ。さすがにそれだけで決め付けるのは乱暴過ぎるかもしれないが、少なくとも有力候補には躍り出るはず。
「うおおおぉぉぉ…………ずああぁっ!」
裂帛の気合を込めてマニュアル操作で『ムル』の魔法を発動すると、指の先端からバレーボール大の火の玉が勢いよく飛び出す。
煌々と燃え盛る紅蓮の炎は、すぐに失速するとへろへろと頼りない軌道であらぬ方向へと飛んでいき、目標の的とは遠く離れた壁に当たるとぽふっと音を立てて儚く消えた。
「…………」
「……う、うん。ちゃんと前に飛んだねっ。ここからだよゲルド君」
月曜日と言えば午前は魔法学と魔法実習αだ。魔法学は七日でなければ何の問題も無いが、魔法実習αはそうもいかない。俺はまたしても一人だけ盛大に躓き、最も盛大な成果を挙げたミリーにまたしてもマンツーマンでレッスンされてしまっている。
他の男連中も前回あんな無様を晒したんだから今回もできないフリをすればいいものを、あの男だけの虚しい心理戦に懲りたのか揃いも揃ってできる側に回ってしまった。今も恨めしそうな顔で俺を睨んでいるが、たった一回失敗しただけで諦めるような奴にうちの可愛いミリーはやれん。というかあいつらマンツーマンになっても、どうせロクに話せないだろうにどうするつもりだったんだ。
「あとはマナの流れをできるだけ細く強く、それと真っ直ぐにすれば大丈夫だと思うよ」
「ふむふむ。細く強く、真っ直ぐ……」
「そうそう。慣れちゃえば指先だけ意識すれば十分なんだけど、まずは手首の辺りからね、こうして手の甲を通って指の先から真っ直ぐ撃ち出すイメージかな」
「むむむ……」
「それができるようになればワンドからでも狙い通りに飛ばせるはずだから。頑張ってねゲルド君、あとちょっとだよ!」
しかし男共が殺意を抱くのも無理もないことだった。今まさにミリーは無自覚サキュバスの本領を発揮しており、片方の手で俺の手を持って支えながら、もう片方の手で俺の手首から指の先をつつーっと指でなぞっている。
二人同時に消しゴムを拾おうとして指と指が一瞬触れ合うだけで恋に落ちるのが思春期の男子だというのに、こうも躊躇無く男に触れるとは実にけしからん娘である。
もし他の男子がこんな事をされてしまえば、一瞬で勘違いして悪質なストーカーになることは間違い無いだろう。距離を取るためにマンツーマンレッスンは避けるべきだと考えていたが、ミリー先生の教えを受ける役目は俺が独占した方がいいのかもしれない。
「ぬうううぅぅぅ…………どりゃああぁっ!」
次こそ成功させる―――そんな確信にも似た決意を込めて撃ち出された必殺の火弾は、指から離れた瞬間真下に撃ち出され、俺の足元で弾け飛んだ。
「ぐわあああぁぁぁっ!」
「ゲルド君!? じ、じっとしてて! すぐ消すから!」
火だるまになって転げ回っていると、バシャバシャと水がかけられてすぐに消化できた。ミリーが『トワ』の魔法で水を出してくれたらしい。
「大丈夫!? 火傷してない!?」
「あー……大丈夫大丈夫。うっかり何回か火だるまになったことあるけど、今回の倍ぐらい燃えた時も無傷だったし」
「そうなんだ……ゲルド君はもう火を使うのはやめようね」
「いやいや、今なら水浸しになってるから安全だって。むしろ最初からこうしとけばよかったな」
「うーん……? そうかな……?」
俺の理に適った考えに納得がいかないのか困惑した表情で首を傾げるミリーの向こう側に、こちらを指差して笑い合っている男子生徒達が見えた。とんでもない失敗をした俺を虚仮にしているらしい。
連中は何もわかっちゃいない。実に愚かだ。物事の本質を見誤っている。
あいつらの中にミリーの水でずぶ濡れになったことがある奴はいるだろうか? いないだろう。そして俺はある。つまり俺の勝ちだ。
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